愚なる翼のマスタング 1ー7
一ヶ月ぶり…くらいの投稿です!今日からしっかりまたやっていきます!
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「終点、光燐山麓森林、光燐山麓森林です。バスが停車してから席よりお立ちください。」
「…。」
山間のくねくねした道を縫っていくこと十数分。
森の中でも少し開けた平地にそのバス停はあった。
光燐山麓森林。
そこが、私がアレフの要求に相応しいと思った場所である。
普段は紅葉、新緑の木々、雪解けが始まった生命の息吹を感じるハイキングスポット、など多くの観光スポットに恵まれた場所であるのだが、冬だけこの森は賑わうことがない。
理由は簡単。冬の間は誇れるものが本当に何もないからだ。
まぁ一部の場所は針葉樹林だったりと、常緑なところもあるので真に何も無いわけではないんだけど、わざわざ見にくるほどのものじゃあないのが正直なところ。
時折ここを通り過ぎる時のいつもの私であればガラガラダナー、と笑ってやる所だが…しかし。
今日は少々趣が違う。
私とアレフは、それを狙ってこの森に来たのだ。
何をやるのかは知らされてないけど…それでも何か大事なことをする気らしいので気は抜けない。
「…さて…。」
バスから降りた人は思った通り私一人だった。
このシーズンのここの人気の無さは尋常じゃないな、やっぱり。
ジョギングとか散歩には良い場所だと個人的には思うんだけど。
「…かなり良いコンディションだな。これなら神経を尖らせてやる必要もあまりなさそうだ。」
「うん、要求通りの場所でしょ?」
「そうだな。人目が無いに等しい点に関しては完璧だ。」
「人目が少ない点に関しては…って、他に何か求めてる要素でもあったの?」
「んー…まぁもう少し木々で俺たちの姿が偶発的にも見えないようにできてたら完璧だった。でもこれ以上の贅沢は言えないだろう…割と緊急な用事だし。」
「なーるほどねぇ…。」
完璧にアレフの言葉を流すこともできず、私は周りを見回しつつ遊歩道を歩いていく。
元より遊歩道から少しルートを外れて、迷子覚悟で森の奥の方へいく気だったから私はそこまで気にしていなかった。
一応後ろを振り返ってみても、森の入り口に設置してある案内所とお土産・売店街はもう見えない。
贅沢も何も現状ですら最高だと思うのは私の無知のせいか。
…まぁ、これからのこと何も聞いてないのがダメなんだろう。
「ねぇねぇ、これから何やるのかもうそろそろ教えてくれない?」
「…。」
アレフは何かを悩んでいるかのように口をつぐむ。
ダメ…なのか?
「アレフ?」
「…あぁ、すまない。少し考え事をしていた。」
「大丈夫?」
「もちろんだ。そんな頭を痛めるほどの問題は今のところ無いしな。…と…そうだ、ここまで来たのだから、もう隠しておく必要もないか。簡単に説明させて貰おう。」
…ちょっと周りくどい言い方してるけど、承諾はしてくれた。
あれかな、私の反応を周りに見られるのが嫌だからここまで言わなかったのかな。
それならここまで引っ張るのも分かる。
自分の反応を理性で全て抑えられるほど、私は精神が頑強な人間じゃない。
非現実的なものを知り得たとて、考え方がそれらに一瞬で追いつくなんてことはあり得ないからね。
「…うん、じゃあお願いします。」
「よし、じゃあ最初にやる事だが、色々と現状だと不便なのでお前に俺を実体化してもらう。」
じったいか。十体か?実態下?え?
…。
……。
………いや。
「実体化できたのアレフ⁉︎」
「できるわ!…まぁ、俺がお前の頭の中から出ていくわけでもないし、厳密に言えば実体化とはまた違う技術を使うんだが、それは言葉の綾だな。やり方は簡単、俺の言った通りにお前が動いて、お前の今持っている物の一つに俺の力を伝導させる、それだけ。」
「はぁー…。」
知識が無いからよく分からないけど、憑依、みたいな?感じ?
だとしたら、何に乗り移るんだろう。
私は首を傾げ色々な候補を頭に浮かべつつ遊歩道の柵をひょい、と越え脇道に逸れていく。
「うーん…。」
私の足裏から体重が伝わり、辺りに落ちているもう腐ってきた葉や枝が悲鳴を上げた。
カサッ、と私の肩掛け鞄の中でビニール袋が擦れる音が同時にする。
どちらの音も非常に小気味良く、自分が歩いている、ということを快感を以って教えてくれた。
「…なんだ、何か考え事か?」
「いや、何に乗り移るんだろう?ってさ。」
「何にって…あぁ、ふーん…。」
静寂。
「…これは言わない方が面白そうだな。」
アレフが小声で呟く。
「は?」
私のちょっと大きめの声が森に響いた。
「おいおい、そこまで声色変えるところか?」
「ごめんごめん、妙に耳に障る言い方だったから加減が飛んで行っちゃった。…でも何だって急にそんな私を弄り始めるのさ…。」
「うるさい、そんな特に理由なんて無いに決まってるだろう。」
「えー…まぁ、じゃあ分かったよ。考えておく。」
まぁそんな沢山選択肢が思い浮かぶわけじゃないけど。
「は、そうしとけ。正解が出ることを祈ってるよ。」
「…。」
ちょーっと声音が投げやりなアレフくん。
多少なりとも、マジトーンの返答で気分を害しちゃったのかな?
いつもはこんな簡単に沸点蒸発したりしないんだけど…。
不思議だ。
「…まぁ、とりあえず、気を取り直して次な。俺が思うに、この作業が一番の山場だと思う。」
「山場?」
「そうだ。ここでお前に授けられた人智を超えた力、を説明する。だから、その場で能力馴れをする為に試運転を同時にして欲しいんだ。」
「の、能力…。」
ゾクゾクッ、と全身が震える。
それは、小説や漫画等を筆頭とする“物語”に一度でも傾倒したことがあるのなら、聞けば誰もが心を躍らせてしまうようなものだ。
つい二日前までは、それが自分に向けられる日が来るなんて予想することすらなかったけど…。
「クロウリーから聞いてるだろ?宿ってるって。」
「まぁ…別れ際にそういう話はしたよ。印象的に覚えてる。」
あの時の魔術翁の底知れない雰囲気はずっと頭から離れない。
「まぁ、腰を引く必要は無いさ。お前に与えられた能力は非常に単純明快だからな。お前なら一瞬で理解し、すぐにお試しへプロセスを移せるだろう。」
「そんなに簡単なの?」
「あぁ、俺が思うに、あらゆる能力と比べたとしても最も簡単だろう。」
「漫画とか小説に出てくるのと比べて、ってこと?」
「もちろんだ。」
「へぇ…。」
そこまで言われると結構楽しみになってきた。クロウリーに人智を超えた力を手にして、とか言われた時からずっと自分に使いこなせるか不安で仕方がなかったけどこの感じならなんとかなるかも?
「…それで慣れてきたところで、最後、お前に与えられた“アテュ”。愚者についての説明をさせてもらいたい。」
「説明するだけ?」
「あぁ。退屈だとが思うが必要な勉強だ。どうにか耐えてほしい。」
退屈…か。
苦手な教科の授業と比べれば全然楽しめそうだけど。
アレフの言う通り、必要なことってのは良く理解できるしね。
「…分かった。ここでやることはその三つかな?」
「そうだ。そうしたら今日は家に帰ってお前の身体を休めるとしようか。エスメラルダの面倒を見る必要もあるだろう。」
「うん、そうだね。間違いない。」
ふと、アレフの言葉を受けてエスメラルダちゃんのことを思い出す。
彼女を追っているのは、クロウリーとペスト医師が被る仮面をつけ、黒色の外套を羽織った中背の男だったっけ。
クロウリーはまぁ、確かに腹に一物抱えててもおかしくない底無し沼のような人物だったから初めは絶句したにせよ、今となっては不可解ながらもまだ理解できる。
でももう一人の方は更に不可解だ。
名前は分からないようだし、他の特徴や印象すらも聞いたとて首を振って答えてくれないし。
何となく口のつぐみようを見るに、話したくてもできない、といったようだったのでそれ以上の詮索はやめたけど、にしてもやはり彼女のソワソワした感じは違和感を感じ得なかった。
彼女のような小さな女の子が、私やお姉ちゃんを騙して取り入ろうとする悪い人だった、なんてことは思いたくないし…なぁ…。
どこぞのホラー映画じゃ無いんだぞ。
「…どうした、下向いて。木にぶつかるぞ?」
「え?…あ、おっと。」
目の前に迫る大木から私を救うと同時に、アレフの声が、急激に私の意識を現実に引き戻した。
…あー、危ない。考えすぎて周りが見えなくなるのは良くないな。
思考しなければならない時ならまだしも、そうじゃ無い時は分からないことを考えても陥っちゃいけない沼にハマっていくだけだ。
もっと言えば今は他に大事なことがある。…とりあえずは…。
「いや、なんでもないよ。…説明はもう、終わりだよね?」
「あぁ、これ以上は無い。あとはいい感じの場所を探すだけだが。」
「良い感じの場所…ねぇ。」
アレフが杞憂すらせず安心して用事を済ませられる場所、となるとこの森でも候補は限られる。
例を挙げようとしても思い浮かぶのは、このまま光燐山を登っていって今や廃屋となっている元山荘群に向かうか、それとも針葉樹があるエリアで、かつある程度危なくない場所を探すか、くらいだ。
前者に関しては立ち入り禁止であったり、処理されていないだけで未だ私有地であったりして少々危ない。現実的なことを言えば後者を選ぶのが安定…なんだけど。
「うーん、これから探すのもなぁ…。」
「根気が必要になりそうか?」
アレフが少し心配そうに問いかける。
「そうだね…少し時間がかかるかも。」
「…手間をかけてすまない。」
「はは、良いよ。こちらこそあと数十分は待たせることになりそう、ごめんね。」
お互いに謝罪しつつ、私はアレフによって課される面倒ごとを笑顔で承諾していく。
何だろう、こういうちょっとしたことでも謝り合える関係って、私は理想だと思っている。
まぁ私はそれほど理想的な人間ではないので、そういう夢想とは程遠い女なんだけど、とはいえこのナビゲーターとは良く付き合っていける様な気がやっぱりした。
「…。」
自然と笑顔になる。
…多分この瞬間誰かと会っていたら赤面してなりふり構わず逃げ出していただろう。
だって、あり得ないほどに、もしくは気持ち悪いほどに、私は笑っていただろうから。
期待と希望。
それがその時の私の心にあった要素の「全て」であった。
…。
……。
さて、これはただの与太話だが。
アレフの声は、非常に爽やかな聞いていて心地よい音をしている。
あまりにもどストレートすぎて、彼を私の中にインストールした人は私の声の好みを熟知しており、その上でこの声にしたのでは無いか、と勘繰ってしまうほどだ。
もしかしたら、私だけで無く皆が等しく感じる良い効果が元より付与されているのかもしれない。
聞いたところによれば、人が聞きやすい波長の声、とか人が安らぐ波長の声、とかあるらしいし。
…とまぁ、とにかくそういう低くも高くもない微妙なラインの好みな声質なのである。
で、だ。
そんな声で、もし。
申し訳なさそうに、謝られては、どうか。
私はそこまでアニメやボイスに深く通じているわけでは無いけど、咲のおかげである程度は分かる。
──つまるところ。
抗うことは不可能なのである。
…与太話終了。
まぁこの話は先程アレフを許したこととは何一つ、欠片一つ関係ない。
糸一本関係性が存在しないのである。
勘違いはしないで頂きたい。
もしここで私に指を差し笑おうものなら越えてはいけない壁すら越えて、当事者に蹴りかかる所存である。
「…はぁ。」
特に理由もなく、感情のない息を吐く。
何がきっかけの吐息だろう?
目の前に広がる無限の森林を視界に入れ直したからか。
それとも、変な思考に走った自分への呆れからか。
…まぁ。
恐らく両者ともに的外れ。
私が思うにこの溜息は、明るい言葉と雰囲気に騙られて、無駄に高揚してしまった自分の脆弱な心への無意識のうちの諌めであった。
どうしようもない。
まだこの時の私は、寝ぼけていたのだ。
未だやりたいことが全然進められてないのが悲しいけど、こういう部分も大事なこといっぱいなので根気強く書き進めていきます。次回辺りにはようやく能力の詳細が判明…?