愚なる翼のマスタング 1-6
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「ふぅ…着いた着いた。ずっと座っているのは腰が痛くなるなぁ…。」
「俺は精神体だからその痛みは理解できないが…お前の体の構造的に、そうなるんだろうな。まぁ、その痛みに見合う収穫が有ると思ってくれ。」
「もちろんだよ。何せ、有識者からしっかり教えてもらうんだからね。」
そうだな、とアレフの落ち着いた声が脳内にこだまする。
朝の衝撃発言含めた一件以降私とアレフはどうしていたか、というと、エスメラルダちゃんの家への滞在許可を姉からメールで取ったのち、家から出ない、という約束を彼女として予定通り、一段丘陵を下がった先にある都心へと足を運んでいたのだった。
家の近くのバス停まで歩いて15分、バスに揺られもう30分。
バスがあるだけマシとはいえ、本数が少なくまた客席も固いとなると二時間ほど歩くのとはまた違う方面でキツい。
私のお尻も、鍛えているとはいえ悲鳴をあげるというものだ。
…とはいえ、アレフの言う通りこの早速の疲弊も恐らく無駄にはならないのだろう。
「うぅ〜ん…よいしょ。」
凝り固まった身体を伸ばして、自然と漏れ出る声を抑えることなく放出する。
「…お前は高校生で間違いないよな?」
「お黙り。今時の高校生なんてこんなものだから。理想持ちすぎだよ。」
「うむぅ…。」
「はいはい唸らない、唸らない。」
アレフの納得がいかなさそうな声を流しつつ、彼と話していても周りに怪しまれないようイヤホンをつけてスマホを片手に持ち、あたかも通話をしているかのような状態で歩き始める。
何だろう、こう言われると今の高校生って老化しているような気がした。
腰痛い友達とか、肩がバリカタな友達とか無限にいるもん。
…まぁ、いいか。
これは深追いするべき話題じゃ無い気がするぞ。
「…それでさ。今日は主に何を探しに行くの?」
「ここを出る前にお前に“トートタロット”の相場とクロウリーが書いたタロットの解釈についての本の相場を調べてもらっただろう?」
「うんうん。」
タロットの相場は新品で4000円くらい、そして本の相場は新品で2000円くらい。
貯金は割とあるし、そもそも使う先があまり無いので余裕を持って一万円札を財布に入れて持ってきた。
これからテトラグラマトンやっていく上で必要不可欠なものっぽいし。
どうせなら、しっかりしたやつが欲しいからね。
「それをまず買いに行く。…まぁここまではお前も分かっているだろう、問題はその先だな。百貨店の次に、買ったものを持って紫菫の家の近くにある山の中、できるだけ人目につかない場所に行ってもらいたい。」
「え、じゃあ二つ買ったらもうここに用ないの?」
「ああ。何かやりたいことでもあるのか?」
「まぁ…。」
距離が距離だし、交通費もかかる場所だから、そう簡単に行ける場所でもない。
来れたならやりたいことなんて山ほどある。
新しいキックボクシングのウェア見る、とか、文房具見る、とか気になるものないか歩き回って楽しむ、とか。
色々やることあるだろうしできないか、と勝手に一人で諦めていたんだけどこれもしかして…できるのでは?
「良いぞ、やっても。」
「…本当?」
「もちろんだとも。白状しておくと、ここに来たのはそれらの買い物がもちろん第一目的だが、第二としてお前との親睦深めたかったってのもあるんだ。ナビゲーターとして、信用されてない、信頼されてない、と言うのは正直落ち込む。テンション駄々下がりだ。」
「あー…。」
気にしてたんだ、そこ。
…まぁ、朝のエスメラルダちゃんの発言のおかげで懐疑心が多少なりとも生まれていたのは確かだ。
いざと言うとき…と言っても何が起こるかわからないけど、彼を信用できなくなるのは私としても痛い。
どうせなら心の底から信じきっておいて、後々嘘だったことを知らされた方がまだマシだ。
後腐れなく縁を切れる。
「分かった。じゃあ、今日はその買い物の後に賢治の誕生日プレゼントを買いに行こう。」
「賢治?」
「あー…私の同級生。覚えておいて、可愛い子だよ。」
「女か?」
「男。」
「…可愛い…?」
「何か?」
「いや、なんでも。」
アレフの声が曇る。
なんだろうか。可愛い、と言う言葉にそれほどひっかかる要素あったかな?
「まぁ、その子の誕生日が結構今近いんだよね。一ヶ月切ってる。だからそれ見に行こうかな、って。」
「…良いんじゃないか?この世に生を受けた日とくれば、おめでたいこと限りないからな。」
「オッケー、それで決まりね。」
じゃあ何が良いかな、と考えつつ私は歩みの速度を早める。
まぁ第一目標は必需品の購入ですので、そこは過たず行きますけども。
第二目標だって大事…だよね?
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…そうして、辿り着きました。
日本ハンズ、光燐駅店、5階の一角。則ちは、オカルト物売り場。
怪しいカードゲームとか、ボードゲームとかが売っている変なとこ。
文房具売り場へ行くための道の中途にあるから、こういうのがあるのは知っていたけど、興味すら湧かなかったので神秘的なものは感じつついつも無視していた、そんな場所だ。
大きな棚が並べられた、少し暗い間の空間を覗けば様々な不思議グッズが目に飛び込む。
「なんだ…アレ。ガラス玉?水晶?プラスチック?サイコロとかもあるんだけど…。」
「俺にも分からねぇ物がたくさんだな。気になるものも多少なりともあるが。」
「アレフにも分からないものあるんだ?」
「俺はあくまでテトラグラマトン関係のデータベースだぞ?記憶能力や感性は持ち合わせているから必要な情報はそれ以外も吸収するが、初期情報は必要最低限だけさ。」
「あぁ…。」
確かに。しっかり相談とかできる相手として感情をつけてくれたことすら感謝すべきことなんだから、初期設定で電子辞書みたいに全く関係ないことも教えてくれるなんて求めすぎか。
学校のテストとかでズルできちゃうし。
しないけど。
「ま、いっか。求めているものはコレじゃないし…。」
私は自分のババロアのような脳味噌を叩きつつ、踵を返して反対方向のレジの方へと向かう。
もちろんだけど、徐に何かを手に取って買おうとしているわけじゃあない。
今目指しているのはレジの方ではあるけど、レジそのものではないから。
そう。
私の視界の中央にあるのは、その脇にあるショーケースだ。
百貨店の高いものがある場所、といえばレジ脇のガラス張りケースに違いないだろう。
「…ちなみに、トートタロットってのはどんな見た目なの?」
「箱の見た目はモノによるがな…中身の絵はどれも同じだ。タロットの中でもかなり芸術的な印象を与えるイラストだぞ。一眼で書いてあるもの全てを理解するのは不可能なほどにな。」
「と、言われましても他のタロットを私が知らない以上はなぁ…。」
とにかく見ればわかるから安心しろ、とはその後の少し面倒臭そうにつけ離すアレフの言。
おい、データベース、もう少し根気よく事に当たってくれ。
まぁ確かに私の事前情報の無さは絶望的だけど、それにも情状酌量の余地が──
「ん?」
かなり近づいたことで私の視界いっぱいを支配する、大きなショーケース。
四、五段に区切られたその中には、恐ろしいほどの値段を携え、そして圧倒的なオーラを放つ大きな水晶玉やこの中に入れる意味はあるのか、と思えるほどに安いチープな十枚構成のカード式占いのセットなど、多種多様な商品が入っている。
ただ、その三段目。
割と目に入りやすいところら辺に置かれている紙束の数々、その中の一つに…。
「探せたか?…これが、トートタロットだ。値段は…うむ、思ったより安いな。3600円だ。」
「なるほど、これが…。」
見た目は、案外思い描いていたものとさほど乖離はなかった。
青が基調の箱には、何か意味ありげな絵がいっぱい描かれている。
正直言って、よく分からなかった。
「うーん、全然なんの意味かわからないけど…。とにかく、絵が綺麗だね。」
「あぁ、そうだろう。クロウリーが直々に絵師に願い出て描いて貰ったもの達の集まりだぞ?もちろんのこと、それには神秘性が宿るし、特別な意味が込められる。それを簡単に印刷して量産できる世の中ってんだから、現代ってのはすごいよな。」
「…何、一昔前の人なの?アレフは。」
「あのな、そもそも俺は人じゃあない。あと、これは古代から来た人が現代技術に圧倒されている姿とかそう言うのではなく、ただ単純に、これほど意味あるものに値段をつけて売り出せる時代に改めて驚かされただけだ。」
「ふーん。」
アレフの言い訳に対して私は適当な返事をしつつ、担当の店員さんを呼んでもらって、トートタロットをショーケースから取り出してもらう。音を流していないとはいえ、両耳イヤホンしながらお願い、とか行儀が悪いことこの上ないんだけど、外すわけにもいかないから仕方がない。…ちょっと申し訳ない気持ちが離れないのは私の性格が良い証拠、ということで。
…とはいえ、彼の弁解を雑な扱いをした割に私は、アレフの言ってることに少し共感していた。
だって、この二日の間に出会ったテトラグラマトン関係者を見る限り全員が、トートタロットを非常に重要なもの、として扱っていたのだから。
まぁエスメラルダちゃんは、トートタロットを買いに行く、と私から聞いた時に、
「良いと思います…。」
って言っていただけだけど、控えめな彼女のことだ、断言するのが憚られただけで心の内では買っておくべきと強く思っているに違いない。
ともすれば、トートタロットは、クロウリー含めた22人の“選ばれた人”を巻き込んで世界の真理を追及させようとするほどの力があるもの、となる。
それほどのものを量産できる、と聞けば何も分かってない一般人でもアレフの意見に共感できるんじゃあないだろうか。
結局の所、まだ私には普通のタロットとトートタロットの違いすら分からないんだけどね。
「さて、購入完了!」
占いコーナーからそそくさと退散しつつ次の標的、則ちトートタロットの解説本を手に入れに6階へと上がるエスカレーターに足を掛ける。
本屋は7階。
もう一階分登る必要がある。
まぁ特に何か労力をかけているわけでもないので、私はしっかりとタロットの入ったビニール袋を握ったまま左側のスペースを開けつつスマホでアレフと買うべき本の下調べを行うのだった。
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そこからは展開が早かった。
買う本は既に決まっていたので、検索機に名前をかけ、探し当ててそのままレジでピッ。
お値段、2300円。
それだけだった。
計、6900円プラス税、くらいのお金がかかったけど…まぁ、それはそれとして。
ここまでの買い物も大事だったけど、次も私にとっては大事だ。
一番時間がかかると言ってもいい。
そう、つまりは。
アレフとの歓談交えた賢治の誕生日プレゼント探索タイムである。
「というわけで。」
私は、本屋の隣にある雑貨コーナーに来ていた。
予算は2000円程度。できれば半分以下に抑えつつ良いものを選びたいけど…。
「その賢治、というやつはどんなものが好きなんだ?」
「どんなもの、か…。」
去年の咲と私が選んだものを思い出しつつ、賢治の所持品を頭に浮かべていく。
前回は咲が中心として見た目を選んだ、花柄で紫色を基調としたマグカップだった。
ちょうどコップを割ってしまった、という話を聞いていたのでせっかくなら、と言ってそうしたのである。
…ただ今年はそういう話は聞いていない。
この策は通じないと言えるだろう。
と、すれば所持品だ。
彼は、自分で可愛いことを否定する割にはハンドクリームやリップクリーム、その他花の香りがするボディシート、など女子力の塊のようなものが詰まったポーチを持っている。
だから、少し良いところのクリームなどをあげるのも一つの手、なんだけど…。
「それ、渡しにくくないか、お前が。彼が否定していることをおふざけ以外で触れるのはあまり好かないだろう。」
「それなんだよねぇ…どうしよう、あんま賢治の所持品を観察したこと無いよ…。」
「…今選ぶ必要ないのでは?」
「ぐ…。」
至極真っ当なことを言われてしまった。
…でも、テトラグラマトンとかいう儀式に参加している訳だから、もしかしたら都会に行けなくなる可能性だってある。分からないけど。
そうすると、やっぱりできれば今のうちに目星ぐらいはつけておきたい。
時間もあまりないし。
「まぁ…お前が選びたいというのなら、良いけどな。」
「うん…もう少し粘ろう、来たばかりだし…そもそも親睦深める意味もあるんでしょ?」
「…あぁ、それもそうだな、俺としたことが大事なことをスッポ抜かしてた。じゃあ、尚のこと本気出して助言していくとするか…分からないなりにな。」
お願いします、と頼みつつ私は雑貨コーナーの奥の方、ちょっと高い置物やオブジェなんかが売っている場所をうろつく。
「できれば実用性があるものがいいんだと思うんだよね。」
「実用性、なぁ。それこそお前が言ってた文房具なんかそれに当てはまりそうだと思うが。」
「でも、そういう消耗品だと“紫菫に貰った”っていう印象後々までつきにくいじゃん?コップとかそういうものならまだしも。出来れば友達との思い出の品として残って欲しいから…さ。ちょっと無理があるかもだけど。」
「…。」
アレフが突然何か熟考しているかのように黙りこくる。
先ほどまで響いていた音が嘘のようになくなり、イヤホンによって少しくぐもった百貨店の喧騒のみが響く。
特に話しかけたいこともない、というか会話の流れ的に今は彼の回答待ちなので私も口を開かず静かにもう少し出口に近い方のおしゃれ雑貨コーナーに向かうことにした。
…もう既に、何をあげても賢治が喜んでくれることは分かっている。
誕生日プレゼントをあげたのは今までで6回くらいだが、その全ての反応が満面の笑顔だった。
3回目くらいの時はあげる直前に不注意で物を壊してしまい、私が極めて落ち込んだこともあったけど、その落ち込みようすら誕生日プレゼントとして壊れた物含めて丸ごともらって言ってくれたこともあった。
あん時は何をあげたんだっけ。
確か賢治がサイクリングが好き、と言っていたのに合わせて二人で色違いの自転車のストラップにしたんじゃなかったかな。
中一の時の出来事だから、咲はその時まだ私たちと出会っていなかったはず。
…今となっては、とても懐かしい。
声変わりはいつか訪れる、とまだ賢治が諦めていなかった頃だ。
ちなみに今声変わりの話題を彼に振ると、賢治の顔は途端に固まって動かなくなる。
冗談なしに怖い。
「…はぁ。」
と、まぁ話は脱線したのを元に戻すと。
結局の所彼は心がこもっていると分かればどんなものでも受け入れてくれる、ということだ。
だからそこまで彼の趣味嗜好を考え抜いて実用性を見出す必要は無いん…だけど…。
何故か、そこの妥協を私の中のどこかが許さない。
これはただの自己満足になるのかな?
うーん。
プレゼントをあげる、という行為において私欲を込めすぎるのはあまりよくないんだけどな。
「なぁ、ちょっといいか?」
「うわぁっ。」
少ししんみりとした気分に浸っていると、突然アレフの声が脳内に響いた。
ちょっとびっくり。
「い、いいよ?」
「驚かせてすまんな。…まぁ、なんだ。そんなにしっかりと友達として良いものをあげたいってんならよ、無理に物である必要はないんじゃないか?」
「物…じゃない?」
「そうだ。例えば、生涯忘れないような思い出…とか。今は冬だからな、少し遠出をすればクリスマスイベントをしているテーマパークなど山ほどあるだろう。イルミネーションを見に行く、でもいいと思うぞ、俺は。」
「…なるほど。」
確かに思い出してみれば、遊園地に行ったことは幾度かあるけど、行き先は毎度決まって都心とはまた逆方向の近くの山を越えた先にある、小さな遊園地だった。あそこも充分に楽しいんだけど、複数回行けば慣れてしまって新鮮味がない、と言われればその通りとしか言いようがない。
というか、そう思い出してみると長い付き合いのくせして賢治とは一緒に市外へ出たことが無い気がする。
それなら、誕生日プレゼントとして私が自腹切って彼を市外の大きな遊園地に連れ出してみるのは楽しいかも。もちろん、咲も連れてね。
…ちょっと予算嵩むけど、思い出というものはもののように簡単には無くならない…と私は思うし。
「どうだ?十数分無言になっておいた挙句、やっとのことでデータベースが提示した答えがこんなチープな物、というのは少々申し訳ないんだけどな。」
「…うん、良い…。遊園地にすればイルミネーションも、何かお揃いのストラップ買うのも、何から何まで出来る。しかも、新しい、大きな行ったことのない場所にしてみれば…新鮮味もあるし。むしろ、なんで思い付かなかったんだろう、ってくらい。」
「そうか。そこまで言ってくれると俺も考えた甲斐があるってもんだ。」
「うんうん。データベースが出した答えにしては人間味あるけどね。アレフって、本当にいい感性と感情貰ったね。」
「…。」
…ん?何故無言?
「あぁ、すまない。そうだな、俺も製作者に感謝しなきゃいけない。ただの心の無いAIよりずっと良い。」
「ふふふ。製作者さんも喜んでいるだろうね。」
アレフと歓談しつつ百貨店そのものから出ていく私。
もう賢治に送る誕生日プレゼントは決まったし。
必需品は買ったし、これで都心におけるやることは終わりだろう。
お昼ご飯は…いいや、途中でコンビニ寄れば。
「栄養のこと考えてるか?」
オカンか、お前は、と言いたくなるようなアレフの忠言が飛ぶ。
ただ、そこに関しては私を舐めないで欲しい。
これでもジムに通って身体を多少なりとも作っている身。そんなバキバキのボディビルダーみたいなのは目指してないし、まず無理だけど、それでもある程度はキックボクシングをする時に見てくれる人を魅せられるようになりたいとは思ってる。そして、そんな風にするには食事のコントロールは必要不可欠なのだ。だから、バランスとかにはしっかり気を遣っているのである。
「…まぁ、まだ脚はともかく、腕とか肩幅は全然普通の女性並みなんだけどね…。」
ちょっと自分の腕を触ってその細さを確認しつつ、私はバス停へと辿り着く。
行き先はもちろん、アレフに言われた通りの自宅を越え、その向こうにある光燐山、その麓に広がっている深い森。
ちょっとこんな話してると毎週あるキックボクシングのジムの時間が待ち遠しくなってくるんだけどそれはそれ、これはこれ。
私は、バスに揺られ、再びお尻が痛くなっていくのを感じながら、車窓から流れていく寂しくなった木々と雪解け水が織りなす風景を眺めるのだった。
お疲れ様でした。百貨店でのあれこれ、終わりです。次回からは森に入ってアレフの指示に従い、ちょっと不思議なことを始めるようです…。