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愚なる翼のマスタング 1ー5

六話目です。よろしくお願いします。

アレフとの会話後の眠りは非常に深いものだった。

多分、かなり疲れていたんだろう。

クロウリーとは目を合わせるだけで、メンタルが圧迫されているような気持ちになるし。

今まで味わったことのない感覚に幾度となく襲われたし。

終いには、脳内自動ナビゲーターの登場ときた。

体力精神、ともに疲弊しない方がおかしい。

その上、昨日はどことなく勢いに任せて様々なことを半ば脳死で受け入れて行ったからこそ夜まで頭が持った感があったけど、一晩挟むともう、そうはいかない。

昨日のことをどうにか要点だけでも思い出そうとするだけで、頭がズキズキと軋んでしまう。

「…。」

鳴り響く目覚まし時計の音と、リビングの方から流れてくる調理音が耳に入ってくることで、私はだんだんと意識を昨日の追想から今日の予定の方へと移行していく。

決めたことにあれこれ思ったところで何にもならないしね。

出来るだけ前を向かなきゃ。

…と、いうわけで…

今日やることは、以下の通り。

一、姉にお願いして学校を休ませてもらう。

ニ、アレフとの約束通り都心に向かう。

三、そこで情報を仕入れて、これからに備える。

以上、三点。

抜けている点は…あればアレフが補足してくれるか、後々。

それならまぁ──

「…うん、いい感じ。」

自分の今日の目標を捕捉した私はゆっくりと上半身を布団から出して起き上がらせ、クローゼットの方に向き直る。

今日着るのは制服じゃないから、少しくらいは吟味したものを着ないといけないだろう。

人間、身だしなみは大事だよね。

「…意外とあんた、そういうこと気にするんだな…。」

あの男の声が脳内に響く。

なんて失礼な言葉なんだ。

人間の矜持を潰されたかのような怒りに思わず駆られる。

私はそこまで短気ではないのだが、こればかりは怒っても許されるよなぁ⁉︎

過去に何度身体の大きさから来る偏見に困らされて来たか、精神体であるアレフには分かるまい。

デカブツはやることなすことが杜撰、などというイメージ、誰が付けたんだ。

出てこい。私直々に成敗してくれるわ。

「…はぁ…。」

…まぁ、とはいえ、だ。

朝から血管を額に浮き出しているようじゃあ疲れるだけなので、今は耐えるしかなかろう、と私は思い直す。

こういう血迷ったことを考え始めた時は、ご飯を食べて元気を養うに限る。

脳も栄養がなけりゃ、回らないし、一旦回れば多少冷静に思考できるのだ。

…そして、リビングに向かうには、まず服装等を整えなければ。

「…。」

直感で“これだ!”と思った服に勢い良く手を伸ばす。

手に取られたのは、足首が出るくらいの長さの柔らかめのジーンズと、紫色の半袖Tシャツ、それと灰色のパーカー。靴下はくるぶしが隠れない奴。

今日は冬だけど、太陽が出ていて暖かいので上に着るものを一緒に持っていけばこの薄めのコーデでも問題ないだろう。

それに、これくらいラフな格好ならば着替えるのにもそれほど時間もかかるまい。

私は、二度目のベルを鳴らす時計を黙らせつつ、服を着終えたら直ぐに洗面台の方に向かえるように、とドアを開けた。

「…本当に私は知らないからね?」

姉が玄関に立ち、大学へ行く準備をしつつ心配そうな目でこちらを見る。

まぁ、それも仕方がない。

馬鹿正直に私は、姉に“ズル休みさせて”とお願いして、何とか風邪を引いた、と学校に嘘をついてもらったのだから。

事情すら伝えてないのに、頭を下げただけで要求を呑んでくれる辺り彼女の私への信頼が見え隠れしているのは少し嬉しかったけど、それにしても不思議なものは不思議だし、不安なものは不安だろう。何か隠していると思われたって無理もないよね。

事実隠してるし。

「大丈夫。今日の授業の内容は後々賢治に聞くから。」

「賢治くん…なら私も安心だけどさ…。ズル休みとか、本当に今日だけだからね?」

「うん、もちろん。」

ここは笑顔で、慎重に、かつどうにか深追いされないようにしよう、という私の思いがバレないようにしなくてはならない。

まぁ正直バレてると思うけど。

それでも、口に出されなければまだ勝ちだ。

「…じゃあ、行ってくる。」

「うん。」

「どこかに行く場合は、私より早く帰ってくるか、出なければどこに行ったのかだけメモ書き置いておいてね。」

「もちろん。心配はかけさせないようにするよ。」

「…本当かなぁ…?昨日も紫菫、結構な疲労で帰って来たじゃない?結構心配だったんだよ?あれ。理由聞いても上の空だしさ。」

「え?うん、それはごめんね。」

…知らなかった。わざわざ「昨日の帰って来た時の私、どんな感じだった?」って聞くの不自然すぎるから敢えて聞かなかったけど…。

疲労困憊の状態で、質問に上の空な私が帰宅、か。

そりゃこう、いつも巫山戯けているはずの姉が真剣になるわけだ。

「謝ることはないけど…まぁ、いいや。じゃあ、今度こそ、行ってくるね。」

「行ってらっしゃい。」

私は、昨日の自分は何の意思で動いていたのだろうか、と考えつつ、扉の向こうへと歩いていく姉に手を振り、背中を見送る。

不安が抜けていなさそうな、その後ろ姿はどこか小さい。

でも、今度という今度はすっと消えていった。

…。

…家の中に、静寂が訪れる。

「…お前の姉、いい奴だな。」

「でしょ?イカれてるところはあるけど、自慢の姉だよ。」

「シスコンか。」

「違うよ…純粋なリスペクト。」

アレフと他愛もない会話をしつつ、扉の鍵をかけようと前方へ歩み寄る。

姉のことを語ろうと思えば、まぁ一時間は固いけど、それでも私は自分をシスコンとは思っていない。あんな面倒くさくて自慢するに値する姉はそこらにはいないけど、それでもどちらかといえば私が抱いているのは愛情というより、目上の人に対する尊敬だ。

敢えていうなら、シスターリスペクト?

かな。

「いつの間にかもう足音が聞こえないな。行ったんじゃないか?」

「…じゃあ、鍵掛けておこうか。まだ準備あるでしょ?」

「そうだな。まずはお前に家で事前に調べて欲しいことがだな…」

アレフの言葉が頭の中に流れる。

タロットカード、とか愚者、とか聞こえたのを頭に入れつつ小窓から一応誰もいないのを確認した私はチェーンに手を伸ばして…

「紫菫!」

と、思えば、姉の焦りの混じった大声と共に再び扉が開いた。

おい、私が小窓から目を離して、そしてチェーンに手を伸ばすまでの間にどんな速さでここに──

「あんたに用事があるっていう女の子がマンションの下の所に座ってる!」

「…。」

…え?

10

さて、早速だが状況を説明しよう。

場所は我が家、リビング。特に、四角の木製テーブルを間に挟んだ二対のソファにて。

左側に座っているのは、無論私。右側に座っているのは…

「…。」

家の中に招いて以降、一言たりとも口を開かない、黒色の綺麗なドレスを着た、褐色肌の金髪女の子。ちなみに、姉は大学に遅れる、と言って私にこの子を託し、既に退出済み。

アレフの声は私の脳内にしか響かないので、頼れない。

つまりは。

すっごく気まずい雰囲気なのだ…!

「…あ、あの…。君は、何の用があってここに来た…のかな?」

「…。」

俯いて、膝の上に拳を二つちょこん、と乗っけたまま口を開こうとしない金髪ちゃん。

正直なところ、私にはどうしたらいいか分からない。

というか、嫌な予感しか先程からしない。

こんな西洋系の可愛い子が私に用がある、なんて昨日夕方あった出来事と関係ないわけないのだ。

どうせ、クロウリーの言っていた“テトラグラマトン”の関係者に違いない。

何かいきなり私の知らない難しい単語の応酬で、私を混乱の渦に叩き落とすに決まって──

「…私を、助けてください…。」

「…え?」

「お願いします…私を助けてください…!」

た、助けて…だって?

それは、SOSってことだよな。

それ以外の意味知らないし。

もしかして、専門的な意味が…

「無いぞ。もしあるとすれば、俺でも知らないマニアック中のマニアックだ。」

…だよね。

じゃあ、この子は純粋に私に助けを…?

「…だめ、ですか?」

「い、いやいやいや。そんなことはないよ。…たださ、余りにもいきなりのことだったからちょっとびっくりしただけ。」

「そうですか…?それは良かったです…。」

顔を勢いよく上げて、柔らかい安堵の表情を浮かべる女の子。

声も透き通っていて、美しい。

何だろう、聞いていて落ち着くようだ。

「…えっと、さ。まずはお名前をお姉さんに教えてもらえるかな?」

「エスメラルダ、って言います…長いと思ったら好きなように短くしていいです…。」

「エスメラルダちゃん…ね、分かった。…えっと、助けて欲しい、って言っていたよね。」

「はい。私、追われているんです。」

「追われている?何に追われているの?」

「…。」

言いにくそうに、エスメラルダは顔を顰め、目を伏せる。

…少し、怯えているように見えた。

「…言えない?」

「い、いや、大丈夫です…。…追ってきている人は二人いて…片方は名前が分かってて、もう片方は見た目の特徴しか分からないんですけど…。それでもいいですか?」

「良いよ、もちろん。」

できるだけ、彼女が話しやすく。私は、優しい、気の置けないお姉さんを演じる。

まぁ、年上は年下に優しくしないといけないよね。

その相手が怯えている子供だったのなら尚更…。

…でも、私はその後に飛んでくる名前にお姉さんキャラが消え去るほどの疑問を隠しきれなかった。

結局彼女を助ける、ということには合意したし、しっかりエスメラルダを狙う相手の特徴とかは覚えたけど。

それでも、“テトラグラマトン”に参加してより十数時間にして、私は昨日聞いたことの多くに疑問を持つようになってしまった。

どれを信じていいか、もしくは全部信じるべきか、嘘と吐き捨てるか、そこのラインとすら言っていい。

だって、そこで耳に入った名前が…

「アレイスター・クロウリー…。そして、もう一人はペスト治療の為の仮面を被って黒い外套を羽織ったお姉さんより少し小さいくらいの男の人…です。」

かの魔術師の名前だったのだから。

終わりです、お疲れ様でした。新キャラエスメラルダちゃん、堂々登場!という回でしたね。これからも幾度となく紫菫との交流シーンは出てきますので、お見逃しなく。それでは!

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