17話 光を
そこは執務室のようだった。
書類の山の向こうで何か作業している赤髪の男、顔を上げてこちらを見る。
「ほ~、噂通り美しいお方だ、来ていただきありがとう。」と言うと立ち上がり
ソファーの方へ誘導した。
エイリアとランスは前へ進み、対峙した。
まずランスが「こちら様がお伝えしていたハイエルフのエイリア様です。」と緊張した顔で報告する。
するとエイリアの前に立つ男が軽く一礼して
「お初にお目にかかる、私はウェールシア王国のクレスト辺境伯領の領主クレスト・ロジャー・
ガーランド伯爵です。」と名乗った。
微塵も表情を変えず聞いていたエイリア。
そして感情のこもっていない声で
「初めまして伯爵、私はエイリアと言います。」
と簡潔にあいさつした。
あまりにも感情の無い声と表情にクレストは少し息をのむ、そしてソファーの座るように
言うと3人はソファーに座り、すぐさまクレストが頭を下げた。
「ちょっ、クレスト様なにを・・・」とランスが言う。
貴族が、それも伯爵と言う立場の人間が頭を下げる、それも初めて対面した女性に深々と
頭を下げるのはありえない事とランスがその姿を見て思っていると。
「何に対して頭を下げてるんですか?」と冷めた声で言うエイリア。
「街の子供たちの事だ。前領主、私の父が孤児院を無くしたのだが、
私はその時王都で暮らしていて、父が危篤となった時にこの街に戻ってきて父が亡くなり
私が領主を引き継いだのだが、孤児院を無くしたことを知ったのが今回のランスの報告で知ったのだ。
」と頭を下げたまま言うクレスト。
無表情のまま見ているエイリア、しばらくして「はぁ・・」と溜め息をつく。
「頭を上げてください、人の上に立つものが簡単に頭を下げてはだめですよ。」
そう言うと、クレストは頭を上げた。
「ありがとう、私にできる事があれば何でも言ってくれ。」
「あ、でしたら元孤児院の場所で新たに私と子供たちと生活しようと思ってるのだけど、あの辺の
土地使っていいかしら?」とレイリアが聞く。
「あぁ、いいとも。土地は王国所有になって売る事はできないが貸すことはできる、賃貸料は
私が領主をしている間は無料でいい、商業ギルドに伝えておくのであの辺の土地なら必要な広さの申請をしてくれてかまわない。」
「あら、破格ね。」
「子供たちにつらい日々を過ごさせてしまったせめてもの償いだ。」
と言うクレストの前にエイリアが手を差し出し、2人は固く握手をした。
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3人で紅茶を飲んでいる時に、ふとエイリアが庭で会った奥様と娘の話しをした。
「娘さん、目が見えないんですってね。」
「あぁ、幼少の頃高熱を出してな。なかなか熱が下がらなくて、そのせいか視力が
な。」と少し目を細めて言うクレスト。
「神官の回復魔法や回復薬では治せなかったの?」とレイリア。
「あぁ、王都の教会本部の神官に頼んだが治らなかった、薬も私が手に入れられる中で最高
のポーショⅥを使っても駄目だった。」
「そう。」
少し考えてエイリアはクレストに
「娘さんの治療、私に任せてみない?」
「・・・!」
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執務室にクレストの妻アリスと娘サーシャ、そして執事のセバスが来て
「あなたどうされたのかしら?」とアリスが尋ねる。
「あぁ、こちらはハイエルフのエイリアだ。話しの中でサーシャの事が出てな、
もしかしたらエイリアが治せる可能性があるらしいのだ。」
とエイリアの方を向く。
「!」とびっくりするアリスとサーシャ。
「先ほど庭で会いましたね、エイリアです。クレストさんの言われた通りサーシャさんの
目を治せるかもしれません。」とサーシャの方を見て言うエイリア。
「ほ、本当ですか?」と前のめりに聞くアリス。
アリスの方を見て首を縦に振るエイリア。
そしてサーシャの方に向き直り
「サーシャさん、どうしますか?私はあなたの目を治せるかもしれない、しかしそれには
絶対に治りたいというあなたの強い願いが必要です。」と聞くと
「はい!お父様お母様そして屋敷の皆さまいつも私を助けてくれるみんなのお顔が見たいです。
」とエイリアの方を真剣な顔で言った。
しばらくサーシャの顔を見たエイリアがソファーから立ち上がる。
「一つ約束していいかしら?」
と言うと緊張した面持ちでクレストが
「なんだろうか?」
「今から見る事を秘密にできる?」というエイリア。
「知られたくない事が何かわからないがサーシャの目を治せるのならこの胸に閉まって置こう。」
とクレストが頷くと妻のアリス、執事のセバスも静かにうなずいた。
「わかりました、あなた達を信じるわね。」と言うとソファーの後ろの開けた所に移動して
振り返ると
「サーシャさんこちらへ。」と呼んだ。
執事がサーシャの手を取りエイリアの方へ連れていきエイリアの前に立つサーシャ。
「サーシャさん後ろ向いてくれますか。」と言うとサーシャはくるっと
クレスト側の方を向く。
「それじゃ始めるわね。」
エイリアは片膝を着き右手でアリスの両目をふさぎ、左手をアリスの心臓辺りの置く。
発光しだすエイリアの身体、すると背中から純白の光の羽が現れる。
その姿を見て目を見開くクレストたち。
最初は2枚1対の羽だったが4枚になり、そして6枚3対の羽が顕現した。
部屋の中は全てが白く見えるほどの明るさに包まれていく、しかし眩しくて目を瞑る事はない。
すると3対6枚の羽のうち2枚が静かに広がるとサーシャの身体を包み始める。
緊張して立っているサーシャ、目が見えないため普段は色ももちろん空間の奥行きも感じた事はない、
ただひたすら黒の壁を感じるだけだったが、その黒い壁のから小さな光を感じ始めた。
その光は徐々に広がっていきサーシャが感じていた壁すべてを埋め尽くす。
初めて感じる白と言う色の感覚、驚いていると白いものの奥から何かが近づいてくる気がした。
その近づいてくるなにかに色んな色の感覚をサーシャ感じる。
そして4~5歩くらいの距離になってくるとさっきの色んな色の感覚から白よりさらに白い
純白、いや極白という感覚の何かが近づいてくる。
ついに目の前の距離まで来た何かに意識を向けるサーシャ。
歓喜。
心の底から湧き上がるが声に出せないほどの喜び。
母に抱かれた時以上の幸福感。
どうしていいのか、ただその何かに意識を向けていると、目に何かが触れる感じがする。
暖かい何かを感じてると目に触れていたものは離れ、そしてそっとサーシャの両頬に触れる。
まるで母が我が子を慈しんでる時のような優しい感触。
「マイ・・・」何かを言おうとした瞬間、真っ白な感覚は消えた。
いつもなら何の色も空間も無い黒だけの感覚だったが、かすかに何かを感じる。
その時耳の横から「サーシャさま、少しづつ目を開けてみてください。」という声が聞こえる。
おそるおそ瞼を開く、自分の身体と床のじゅうたんが見える。
それから顔を上げると驚いた顔のクレストたちが見えた。
「お父様?お母様?」