第6話 まずは時短転生から始めます
……寒い。
あまりの寒さに目を覚ました。
布団代わりになりそうな物を探したが、人を駄目にするソファと煎餅の空袋くらいしか見つからない。
おまけにあたりも薄暗い。快適空間に何が起こったのか。
俺がビーズソファを布団代わりに震えていると、
「おはよー」
現れた女神様はなんかベンチコートを着ている。
しかもナイキのロゴ入りだ。
「女神様、なんかえらく寒くありませんか?」
「ごめんねー、天界にも経費節減の余波が来てて」
「はあ」
「契約者がいない部屋は、ある程度時間がたつと空調が切られちゃうのよ」
え、この空間、空調管理されてたんだ。
「外気はマイナス2度くらいだと思うから、もう少し寒くなるかもね」
「天界って寒いんですね」
悪魔達が堕天する気持ちも分かる。魔界ってなんだか温かそうだし。
女神様が悪魔のような笑みを浮かべて近付いて来た。
「私もリョータの気持ちを尊重したいとは思っているのよ」
「ははあ」
「でも、このような場所にリョータを置いとくのは忍びなくて」
おー、寒い寒いとか言いながらコートの上から自分を抱きしめる女神様。
「まあ、女の子に恥をかかせるような男にはこんなところがお似合いかしら」
うわ、なんかこないだのこと根に持ってる。
「えーとこないだのことは」
「契約さえしてくれたら、空調も戻せるんだけどなー、契約さえしてくれたらなー」
ネチッコイ目つきで俺を見つめる女神様。なんか嵌められている気がする。
というか確実にそうなのだが、背に腹は代えられない。
「……じゃあせめて週2で3時間から」
「週3で4時間。賄い付き。軌道に乗るまでは私が同行してフォローしたげるし」
「……まあ、それなら」
俺がため息交じりに頷くと、女神様は笑顔でコートを脱ぎ捨てた。
「じゃあ書類は後回しで、ちゃっちゃと転生しとこうか!」
「そんな軽い感じなんですね」
「そりゃもう。初回だから、まずはあっちで一緒に戦うあなたの仲間に会いに行こうよ。大丈夫、アットホームな良いパーティーだからすぐ馴染めるよ。よし、休日は皆でバーベキューとかしようか」
「仲間がいるんですね。何歳くらいの人ですか」
バーベキューの件はあえてスルーしよう。
「まあ色々よ。そこに片膝をついて。じゃあ、両手は胸の前で指を組んで。はい、そう」
どこから取り出したのか女神様の手には抜身の剣が。
跪く俺の肩に剣をあてる。
「妻夫木涼太。異世界シャクティアの理に身を委ね、契約に基づき転生を受け入れし者よ。神聖なる力をその身に宿せ」
まばゆい光が俺の身体を包み、体の感覚が一瞬無くなる――
――眩暈に似た感覚が収まった頃、俺は緩やかにうねる野原の真ん中に立っていることに気付いた。
「ここは……」
「ここが異世界シャクティア。あなたが転生した世界よ」
これが異世界か。
俺は正直、拍子抜けしながら一歩を踏み出す。足元は普通の草原だ。元いた世界と変わらない。
それ以上に自分の姿に驚いた。
知らない間に銀色に輝く鎧に身を包んでいて、腰には剣まで下がっている。
「リョータ、気付いたね」
女神のフィオナは白と青を基調とした神官服に身を包み、手に白金色に光る錫杖を持っている。
「あなたが身に付けているのは、代々の勇者のみが力を引き出せる伝説の武具よ。これがあれば魔王軍など物の数じゃないんだから」
「つまり中古なんですね。やだな、汗とか染みてません?」
女神様がちょっと嫌そうな顔してる。
でもなんか染みとかあるし。
「まあ、いいけど。まずはあなたの旅の友を紹介するよ。彼女がエルフ族のクリスタ」
いつの間に仲間が。あたりを見回すが、見渡す限り誰もいない。
知ってか知らずか女神様は構わず紹介を続ける。
「彼女の放つ矢は岩すらも貫き、飛ぶ鳥の羽根一枚をも狙うことができるの。彼女の弓の射程にいる者は、生殺与奪の全てを握られていると言っても過言ではないわ。神速の射手クリスタ。頼もしい仲間よ」
女神様は大きく杖を振ったが、はて、どこにも人っ子一人見当たらない。
「それで、女神様。彼女はどこに居るのですか」
「クリスタには一つだけ問題があって」
ここで女神様は大きく溜息。
「彼女は人見知りなのでほとんど姿を見せないの」
「え、そんなのありなんですか」
「私の女神の力をもってすれば、この界隈にいるんじゃないのかなってのは大体分かるわ」
女神様、言いながらも何となく自信なさ気だ。
「本当にいるんですよね?」
「うん、この界隈。えーとまあ、この地域のどこかしらには」
女神様の目が泳ぎ、段々自信がなくなってきているのが分かる。
「むしろこの世界が彼女、彼女がこの世界といっても過言ではない気がする」
最後にはなんか変なこと言いだした。
「えーと、俺の味方って彼女だけなんですか? その、いるかどうかも不明な」
「私もいるよ」
「なるほど、彼女だけなのか」
これはひどい。転生早々不安しか無い。
「しかし、パーティーのメンバーがこれだけって随分少ないですよね。今まではどうしてたんですか」
「他にも仲間はいたよ。なにより、リョータの前に一人、女性の勇者がいたの」
「俺の前に勇者?」
そういった大事な話は早めに言っておいて欲しい。
「彼女の名はサクラ。あなたと同じ世界から転生してきたの。私たちパーティーは一丸となって魔王軍を追い詰めたのよ」
「その彼女はどうしたんですか。まさか、死んだとか」
「それなら良かったんだけど、彼女はあろうことか魔王側に寝返ったのよ」
なんか女神様、さらっと怖いこと言ったぞ。
「彼女と私との間には確かな絆があったわ。しかし彼女の裏切りがきっかけでパーティーは空中分解。そう、見ての通り世界は闇に閉ざされたの」
チチチチチ。
可愛い小鳥が俺の肩にとまった。
あ、むこうのお花畑ではウサギが追いかけっこをしているぞ。可愛いなあ。
「なるほど、そうだったんですね。なぜ彼女は裏切ったんでしょう」
「分からない。なぜ彼女が、と今でも自問自答する日々が続いているわ」
女神様は杖を胸に抱きしめながら、切なげに空を見上げた。
「彼女は勇者でありながら、誰にでも分け隔てなく優しく、誰とでも仲良くなれる娘だったわ」
そんな素敵な人が、なぜこの女神の下で勇者をする羽目になったのか。運命とは残酷だ。
「彼女の故郷の言葉を用いて、FreeWi-fiとあだ名まで付けて目をかけてきたのに」
「完全にそのせいです」
「恐らくは魔王の卑劣な罠で誘惑されたに違いないわ」
俺の突っ込みは完全無視だ。
「分かり合っていた頃の気持ちを思い出してもらおうと、あだ名を国中に広めたりもしたわ。今ではFreeWi-fiのサクラと言えば、子供でも知っている魔王軍最強の黒騎士よ」
「ひどい。なぜそこまで出来るんですか」
「そんなこと言って。あなたこそ、黒騎士ってどこが黒いんだ、とか思ってるでしょ」
うわ、ひどい。完璧なセクハラだ。全方面に失礼だ。
「思ってません。強いて言えば鎧とかが黒そうです」
「いいのよ、恥ずかしがらなくても。人というのは本能で動く虫みたいなものだから。私をいやらしい目で見ているのも、見て見ぬふりをしてあげてるんだからね」
これ見よがしに胸元を隠す女神様。
そもそも頼みもしないのに肩出しの服とか着てるのはあなたでしょ。
しかもそんなに大きくないし。
「俺が言うのも憚られますが、女神様は色々とひどいです。反省した方がいいです」
「あー、はいはい。そういう暴言吐くのって、あなたの世界ではオレサマ系って言うんだよね。私だって知ってるんだから」
「えー、女神様ポジティブ過ぎやしませんか」
もちろん、悪い意味でだ。
「いいですか、今後私があなたに話しかけるときは、常に頭に「悪い意味で」って付いているものと思ってください」
「ああ、それと」
俺の言葉を冗談と思ったのか。女神様はポンと手を叩いた。
「この世界では私は一介の白魔術師に身をやつしているし。遠慮せず名前で呼んで頂戴ね」
「そうなんだ。じゃあ、フィオナだったね。よろしく」
「……え、タメ口なんだ」
一瞬、真顔になる女神様。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
とはいえこのメンバーで魔王に戦いを挑もうというのか。不安しか無いぞ。
「フィオナ、これからどうするの?」
「いきなり魔王に挑むのは無謀だしねー。まずは前回同様、魔王軍の占領地を開放しつつ、仲間を増やしていくのが良いかな」
「なるほど。前回はそれでいいところまで魔王を追い詰めたのか」
「まあ、えーと、追い詰めたと言えば言えないことも。アドラー心理学的には対人関係は全て自分に帰結するので、魔王を追い詰めたかどうかは私の心が決めるのよ」
魔王との対人関係の話ではないのでその話は間違ってるんじゃないだろうか。
「今回は大丈夫。前回の失敗を生かして、人材育成のノウハウを学んできたかんね。あなたを最強の勇者に育て上げてみせるわ」
フィオナはいまいち信用できないが、この世界のチュートリアル的なことは必要だ。自分一人では右も左も分からない。
「分かった。まずは何からすればいい?」
言われたフィオナは自信ありげに深くうなずいた。
「まずは魔王軍の砦でも探して、根性をつけるために飛び込みで乗り込もう」
あれ、根性とか言い出したぞ。ノウハウはどこに行ったんだ。
「俺、戦ったりしたことないんだけど」
「確かに初陣が砦に乗り込むというのは荷が重いかもね。そこでこのような物を作ってきました」
ジャジャーンとか言いながらフィオナが何かを取り出す――