最終話 頑張り過ぎない異世界生活
俺は枯れたリーフレタスの芽を抜くと、ゴミ袋に入れた。
――前回転生する前に植えた種の内、綺麗に育ったのは一株だけだ。
枯れたレタスは、やはり水が足りなかったらしい。
俺は瑞々しく育ったリーフレタスの葉に触れた。
緑色の葉が光を透かし、葉脈がクッキリと浮かび上がっている。
……いい出来だ。
一株だけとはいえ、初挑戦にしては上出来だ。
「課題は水の安定供給だな……」
地面の中に吸水ポリマーを仕込むのはどうだろうか。
手製の給水装置と組み合わせれば、今回のような長期の出張にも対応できる。
「そうと決まれば……」
隠し持っているタブレットを取り出すと、Amazonで検索をする。
「こっちの方が高いけど評判がいいな」
「――へーえ、それで買い物してたんだ」
「!」
――――油断した。
固まる俺の手元、タブレットを覗き込むフィオナ。
「久しぶり。いーよ、続けて続けて」
フィオナが俺の隣に腰を下ろす。
「最近、覚えのない変な広告ばかり出てくるから、なんでかなーって思ってたんだけど」
フィオナがニヤニヤ笑いながらiPadの画面を見せてくる。
「こういうの好きなんだ。」
「え、いや、その……ちょっと、どんなんかなーってクリックしただけで……」
……しまった。俺のタブレット、フィオナのアカウントでログインしているのを忘れていた。
「知ってる知ってる。NTR系って奴でしょ? リョータ、いい趣味してるねー」
……ここは沈黙する他ない。
ちょっかいを黙って耐えていると、ようやく飽きたのか。俺の畑に目をやるフィオナ。
「んー、なんか新しいの増えてない? これなに」
「リーフレタスだよ。これも生で食べられるし、スープや炒め物に入れても美味しいんだ」
「ふーん。……じゃあ、あーん」
ツバメの雛のように大口を開けるフィオナ。
俺はリーフレタスの葉を千切ると、フィオナの口に放り込む。
「どう?」
「うん、これも結構いけるねー」
シャリシャリと音を立てながらレタスを咀嚼するフィオナ。
さて、それはそうとフィオナが来たということは。
「また転生するの?」
「んー? もうしばらくは休暇だから、ゆっくりすればいいよ」
フィオナは腹ばいになると、楽しそうにリーフレタスをつついている。
「いやー、さすがに疲れたわー。今日なんか実質3時間しか寝てないわー」
「へえ。それはタイヘンダネ。で、他の皆はどうしてる?」
……あれから一週間。
謎空間に戻った俺はのんびりと有給休暇を過ごしていたが、さてあれからどうなったのか。
「シノノは久しぶりに故郷に帰るってさ。収穫祭に出たいとか言ってたし。サロマエルもやること無いから着いて行くって」
良かった、久々に故郷に帰れるんだ。水竜は目を覚ましているんだろうか。
ほんの一週間だが、シノノの人懐っこい笑顔が少しばかり懐かしい。
……サロマエルは暇なら働けばいいのに。
まあ、彼女とは一か月ずっと一緒に居たから、当分は会わなくても大丈夫かな。
具体的には5~6年くらい。
「クリスタは……まあ、どっかにいるんじゃないかな。茂みさえあれば、生きていける娘だから」
本人は一回だけしか目にしていないが、クリスタも最後の戦いでは活躍してくれた。
……俺達が旅していない時、彼女はどこで何をしているのだろうか。
「サクラは新たな領地の復興で大忙しよ。それに死に土地だった不帰の版図がぽっかり空いたでしょ? 浄化すればいい穀倉地帯になるって、そっちの開発にも手を出すらしいわ」
サクラには今回、随分いいように使われた気がする。
……どうにもサクラ一派の押しの強さはちょっと苦手だ。
「西の国境で魔王軍の第一方面軍とイザコザも起きてるらしいし――――」
「あー、それは面倒だね」
「ほんと。サクラの奴、良くやるわ」
ほんと、サクラは働き者だ。
俺とは大違いだし、勇者ってああいった人がやるべきだよな。
「……昔から、あーゆー奴なのよ」
フィオナは少し自慢げにそう言うと、俺の服をクイクイと引っ張る。
「ねえ、レタスお代わりー」
あー、っと大きく開いた口に次のレタスを放り込む。
もしゃりもしゃりとレタスを食べながら、フィオナが俺をつついてくる。
「ねえ、あっちの世界にも随分慣れたでしょ? そろそろ本格的に転生しちゃわない?」
「あー、そうだね……」
まあ、その話は出るよね。
何と言ってごまかそう。俺はポリポリと頬をかく。
「んー。でも、色々植えちゃってるし」
「他にも植えたんだ。次は何ができるの?」
「トマトに挑戦してみたくてね。肥料や水の絞り方で、随分味が変わるみたいでさ」
ここには土が無いが、それでも作れる作物はたくさんある。
野菜嫌いなはずのフィオナも結構喜んで食べてくれるし。
「それに、フィオナとこうやってんのも割と楽しいしね」
「……へ?」
種の袋を眺めていたフィオナの動きがぴたりと止まる。
……ん。俺、なに言った?
いやいや、そういう意味じゃないから。
こうやって謎空間でダラダラしているのが好きな訳で――――
「……え……それって、その……」
なんかフィオナが顔を真っ赤にして俺を見ている。
俺は慌てて手を振った。
「いや、ちょっと、そういう意味じゃないから! ここの生活にも慣れたって意味で、その」
「そ、そうよねー! そーゆーんじゃないよねー」
フィオナは真っ赤に染まった顔をパタパタと仰ぐ。
「いやー、分かる分かる。うんうん、ここの生活も慣れれば快適だもんねー!」
「ま、まあそんなとこ。分かってくれた?」
「……うん」
何となく気まずい沈黙。
照れ隠しに平静を装いながら横目で見ると、フィオナが俺をじっと見上げている。
「どうしたの?」
「えへへー」
フィオナはゴロンゴロンと転がると、俺の膝に頭を乗せてきた。
「フィオナ、だからどうしたのさ」
「疲れたから寝るのー。リョータ、枕になれー」
そういえばフィオナはたまに甘えん坊になる。
仕方ない。俺はフィオナがしたいようにさせてやる。
「……ねえ、リョータ」
「ん? どうした、フィオナ」
フィオナは小さな手で俺の膝を掴みながら、ポツリと呟く。
「――もうちょい、このままでいいんじゃないかな。……私達」
俺はフィオナの頭をポンポンと叩く。
「……そうだね。もう少し、このままで居ようか」
俺の言葉にフィオナはニマリと微笑んで、目を瞑る。
膝の上。
しばらくするとフィオナは安心しきった顔で小さく寝息を立て始めた。
……まるで子供だ。
俺はフィオナの頭を撫でながら、心の中でもう一度繰り返した。
――――もう少しだけ、このままでいいんじゃないかな。
最終話までお付き合い頂いた皆様。
こうして皆様に貴重な時間を割いて読んで頂き、感謝の言葉しかありません。
良ければ今後の勉強の為に本作の感想や評価等、お寄せいただければ幸いです。




