第41話 一緒に帰ろう
「う……あれ、ここは……?」
目を覚ましたサクラをニルギリが抱きしめる。
「サクラ様! お帰りなさいませ!」
「ニルギリ。私、一体……」
まだ意識がはっきりしないのか。
こめかみに手を当てて頭を振るサクラ。
「サクラ様、ご無事で何よりです!」
魔族のザ何とかが、サクラに抱き付こうとしてニルギリに突き飛ばされる。
「無事じゃないでしょ。助けたのは私よ、私」
フィオナは駄目押しに魔族の脛を蹴り飛ばすと、サクラに歩み寄る。
「さ、起きて。戦闘は終わったけど仕事は山積みよ」
フィオナが差し出した手を驚いた顔で見つめるサクラ。
「……無窮卿は?」
「リョータが片付けたよ」
サクラはまたも信じられないとばかりに俺を見ると、恐る恐るフィオナの手を取った。
俺は戦闘の終わった平原を見渡す。
……いつかシノノが言った通り、不帰は無窮卿の支配の元に成り立っていた軍隊だ。
支配者を失った連中は嘘のように力を失い、サクラ軍の前に壊滅した。
結果としてはサクラの大勝利だ。
とはいえ、決して被害が出なかったわけじゃない。
「ま、今回は使われてあげたわ」
フィオナはサクラの頬に貼りついた黒髪を払ってやると、指先で鼻先をコツンと弾く。
「……これで借りは返したかんね。次会うときは敵同士よ」
「フィオナ――」
背中越し、サクラに手をひらひら振って見せる。
「サロマエル、“後始末”をしに行くわ。信者獲得のチャンスよ!」
「はい、フィオナ様!」
なるほど。救護に当たりつつ、信者獲得を狙うのか。
ただでは起きない堕天組だ
……ぼんやり突っ立っている俺に魔族の男が話しかけてくる。
こいつ、名前何だっけ。
「リョータと言ったか。貴様、人間にしてはなかなかやる」
「そちらこそ。えっと……ザッハトルテさん?」
「……ザドヴィスだ」
おしい。結構近い線だった。
「君らはこれからどうするの?」
「俺は“掃除”の指揮をとる。ニルギリは負傷者の収容と被害の確認だ」
ザドなんとかは俺の肩をバシンと叩く。
「また会おう。少年」
……サクラといい部下といい、なんか圧が強くて面倒な連中だ。
「涼太」
入れ替わりにサクラが俺の傍に来る。
……丁度君のことを考えていたとこだったよ。
「サクラ。もう立っても大丈夫?」
「なんとかね。私、やっぱりフィオナに助けられたのかな?」
「まあ、控えめに言っても死んでたし。体に傷が無かったのが幸いだったってさ」
「私、死んでたか。久しぶりだなー」
……初めてじゃないのか。
二人並んで、サロマエルとワチャワチャ騒ぐフィオナを眺める。
「……フィオナの奴、なんか変わったな」
「そうなの?」
「昔はもうちょい無茶苦茶だったのよ。三國志なら呂布が引くレベルの暴れっぷりだったんだから」
……もう少し分かりやすい例えは無いのか。いや、伝わるけど。
「涼太、あんたのせいなのかな」
サクラはちょっと近過ぎるほどに顔を寄せてくると、俺の顔をまじまじと見つめる。
「え。なに?」
「……ね。フィオナとシノちゃん、どっちが本命なの?」
「は?!」
いやいや。好きとか嫌いとかそんな段階じゃ。
オフィスラブはコンプライアンス的に慎重にしないとだ。
「二人ともこれまで彼氏とかいなかったから。大事にしてやんなよ?」
茶色の瞳に映る俺は想像以上の狼狽えぶりだ。
「……え、シノノもそうなの? じゃなくて――」
「二股は男の浪漫だけどな。バレたら二人とも怖いぞ?」
――第二方面軍、騒乱。
サロマエルによれば、その名はサクラの二つ名でもあるらしい。
その名に恥じないさざ波を俺の心にたてたまま、サクラは俺の背中を叩いてニルギリの所に戻る。
……何でこいつら、一々叩くんだ。
さて。
最後に俺はぺたんと座り込むシノノの下に行く。
「大丈夫? シノノ」
「……疲れて立てないです」
シノノは両手を俺に差し出す。
……ん?
「約束、覚えてますか?」
あー、確かギュッとするとかしないとか。
まあ、約束だから仕方ないよな。
俺は特に深く考えず、シノノを抱き上げた。
あれ、これっていわゆるお姫様抱っこだな。
「ふぁっ?! リョータさん?!」
「シノノ、今回はお疲れ様。どこかで少し休憩しようか」
「……休憩っ?! はい……休憩……します」
休憩、という単語にやたら反応するシノノ。
……まさかサクラ辺りに変なこと吹き込まれてないだろうな。
「いや、休憩って変な意味じゃなくてね……」
「リョータ! 私も疲れて立てなーい!」
言いながら、俺の背中に飛び乗ってくるフィオナ。
「うわっ! フィオナ、嘘でしょ。全然元気だったじゃん」
「女神嘘つかない! そういう設定なの!」
すでに嘘じゃん。
「ねえ、後始末に行くとかなんとか言ってなかったっけ」
「そうそう。それで考えたんだけど、信者はオークでもゴブリンでも構わないじゃない。あいつら馬鹿だから、搾り取れるわよ!」
「流石フィオナ様! 冴えてます!」
こいつら何の話してるんだ。
「よーし、サロマエル! これからバンバン騙くらかしてやるから、手を貸しなさい!」
「喜んでーっ!」
シノノが俺の首根っこにギュッとしがみ付いてくる。
「……ねえ、リョータさん。早く“休憩”しに行きましょ?」
「? ねえ、もう休憩すんの? 私も着いていこーかなー」
肩越しのフィオナの言葉に、シノノが楽しそうにシシシッと笑う。
「フィオナさんはお子ちゃまだから、休憩はまだ早いんじゃないかなー」
「はいっ?! 何がお子ちゃまよ! リョータ、皆で休憩に行くよっ!」
いやフィオナ、休憩って……
……あれ、休憩って至って普通の言葉だな。
俺、一部の心が穢れた人達に引っ張られ過ぎだぞ。
「フィオナ。怪我人を助けに行くんでしょ? 早く行かないと」
「そーだった。目指せ信者獲得! よし、リョータ走れっ!」
えー、俺も疲れてるんだけど。
見ると、サクラがニヤつきながら俺に小さく手を振っている。
……ったく、どいつもこいつも。
背中のフィオナと腕の中のシノノ。
大きく溜息。
俺は二人の重さを感じながら、駆け出した。




