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第40話 君の笑顔が見たい

 踏み込みは俺が一番速かった。


 一体の僧衣霊ビショップを最後まで詠唱させずに切り裂くと、横に身を開いてもう一体に切り付けた。


 サクラと魔族のザ……何とかも猛然と敵に切り込んでいく。

 この二人もかなりの使い手だ。


 特にサクラはの動きは目を見張る。

 演武でもするかのように僧衣霊ビショップの間をすり抜け、次々と切り捨てていく。


 ほんの数呼吸。

 半数程の敵が消し飛んだ。


 経文の詠唱を終えた残りの僧衣霊ビショップの足元が黒く染まり、地面から影のような無数の手が湧きだしてきた。


 黒い手はまず手始めに“僧衣霊ビショップを”飲み込んだ。


「っ?!」

「こいつら、自分を贄にしてる!」

 

 僧衣霊ビショップを平らげた黒い手は俺達に向かってきた。


 サクラは手首を返すような独特の刀法で、襲い来る黒い手を次々に切り払う。

 俺も黒い手を切りながらも、敵の我が身を顧みない戦い方に奇妙な違和感を感じる。


 サクラも何かを感じたか。大振りの一撃で前を塞ぐ触手を一気に薙ぎ払った。


「涼太! 無窮卿の所に――」

「分かった!」


 ……しくじった。

 こいつらは無窮卿が大魔法を詠唱し終わるまでの―――時間稼ぎだ。


 俺は伸びてくる黒い手を突っ切り無窮卿に迫る。

 呪文の詠唱は続いている。


 不死のリッチを包む黒衣は波打つように揺らいでいる。


 皮が張り付くばかりの口元から聞こえていた軋むような詠唱音が――――止まった。


 俺の剣の切っ先が届く寸前。

 呪文が閉じられ、意味を与えられた巨大な魔力が形となる。


 ――夜闇よりも黒い炎が吹き荒れた。

 

「――――っ!」


 鎧の防御魔法が起動し、一面に赤い紋様が光る。

 炎に息が詰まり、足下から地面の感触が消える。


 自分が吹き飛ばされていると気付いた時には、上下の感覚すら失っていた。

 ……これはあれだ。西部劇で出てくる丸い草の気分だ。


 地面に思い切り叩きつけられ、息がつまる。


 が、ぼやぼやしてはいられない。

 ふらつく足に悪態をつきながら、立ち上がる。


 白銀色に輝いていた鎧が鈍い灰色にくすんでいるのに気付く。

 先ほどの一撃で魔力を使い果たしたか。


 ……それよりシノノはどうなった。


 慌てて見回すと、手を伸ばせば届く距離に残りの4人が固まっていた。


 サクラを庇うように魔族の男が覆いかぶさり、その前でニルギリが杖を構えている。

 ニルギリのローブに身を隠すように、シノノが所在無げにしゃがみ込んでいる。


「小娘……術式の展開が遅い」

「……はい」

「お前の腕なら障壁は2層までだ。次はお前がサクラ様を――」


 言いかけて、糸が切れた操り人形のように地面に倒れるニルギリ。

 

「ニルギリ!」


 サクラは自分に覆い被さる魔族の男を乱暴に押しのけると、赤い残像を残してその場から消えた。


 いや、俺がその動きを目で追えなかっただけだ。


 たった一蹴りで無窮卿との距離を詰めたサクラは、身体に光を纏わせながら刀を抜き打つ。


「――絶技――――徒桜あだざくら


 数歩の距離を飛び、薄薔薇色に光る斬撃が幾重にも無窮卿に襲い掛かる。

 無窮卿の黒衣がバラバラに刻まれ、光の渦に飲み込まれる。


 ……なにそれ、かっこいい。俺にも何か必殺技的なものが欲しいぞ。


 流石に今の攻撃は通ったはずだ。

 上がる土埃に目を凝らす。


 ゆらり。

 力無く揺らめく黒い影。


 俺は一気に踏み込むと袈裟に切り下げる。


 手応えが無い。

 剣圧に黒い影が吹き散った。


「っ!?」


 ――幻影だ。

 こんな単純な手に掛かるとは。


 膨れ上がる気配に振り向くと、サクラの眼前。無窮卿が立っている。


「サクラっ!」


 サクラに身構える暇を与えず、無窮卿は彼女の頬に手をあてた。


 ―――ただそれだけで。

 サクラは膝をつき、そのまま顔から地面に倒れる。

 

「お前っ!」


 斬りかかる俺をあざ笑うかのように、寸前で姿を消す無窮卿。


 戸惑い、辺りを見回す俺から数歩の距離。

 無窮卿が呪文を唱えながら俺に手を向けている。


 その瞬間、黒炎が俺を包んだ。

 鎧は沈黙したままにも関わらず、黒炎は俺に届かず吹き散らされた。


「っ!?」

「ごめんなさい……次は……無理です」


 シノノが杖にしがみ付いたまま膝をつく。

 彼女が守ってくれたのか。


 この助けを無駄にはできない。

 俺は再び無窮卿に切りかかるが、今度も直前で姿を消される。


 その姿を探す間、詠唱を終えた無窮卿の放つ炎が俺を包む。 

 炎を剣で散らしながら、大きく飛びのく。


 魔法の威力は詠唱時間に比例する。

 最初の大魔法に比べれば、威力は雲泥の差だ。


 ……しかし、これって詰んでないか。

 俺って突っ込むしか能がないし、突っ込んでも無窮卿は魔法で瞬間移動してしまうし――――


 俺の考えを読んだのか。

 無窮卿は俺をあざ笑うかのように手を広げると、またも呪文の詠唱を始める。


 迷っている暇はない。

 遮二無二突っ込む俺の視界に白い影がよぎった。


「危ない、リョータ様っ!」

「うぐっ?!」


 急降下してきたサロマエルが突撃してきたのだ。

 今日一番の衝撃に、俺はサロマエルともつれ合って地面を転がる。


 ―――速度×質量=運動量


 授業で習った公式が頭をよぎる。

 

「痛たた……」

「サロマエル、なにすんの?!」

 

 こいつめ。

 羽根でもむしってやろうと思った刹那。


 俺と無窮卿の間に巨大な炎の塊が落ちてきた。


「うわっ!」


 激しく燃える黒い塊は――黒い竜だ。

 炎の勢いに、溶けるように形が崩れていく。


 ―――燃え盛る炎の中。白い装束をはためかせ、一人の少女が立っている。


「――お待たせ。寂しかった?」


 からかう様に笑うフィオナに、俺はしかめっ面でかぶりを振った。

 

「フィオナ、遅いって」

「行きずりに手を貸してたら、ちょっと遅くなったわ。よく頑張ったわね」


 興奮気味に丸く見開いたフィオナの瞳。

 炎の輝きが揺らめいている。


「フィオナ、そこって熱くない? こっちおいでよ」


 フィオナは黙って杖を振るう。 

 炎が消し飛び、燃え残っていた黒竜の身体も灰になって吹き散らされた。


 フィオナは顔から笑顔を消すと、無窮卿にゆっくりと向き直る。


「魔王軍第三方面軍、不帰ディマイズ総督――無窮卿。初めまして。そして――長い付き合いになりそうね」

 

 無窮卿は眼窩の炎をひと際燃え立たせ、フィオナを見据える。


「破壊の女神フィオナよ……」


 ……こいつ。喋れたのか。まあ、呪文を唱えてるんだから不思議はないんだけど。 


「いや、私って癒しの女神って称号だから。変なあだ名付けないで」

「……フィオナ。今はそこはいいじゃん」

「良くないわよ! 人に勝手なあだ名をつけるなんで、ハラスメントよ!? 事案発生よ!」


 ……サクラにFreeWi-Fiってあだ名をつけたくせに。


 無窮卿は苛立ちを含ませながらフィオナに手を向けた。


「貴様。我にそのような口をきいていられるのも――」

「やかましい。殺すぞ」


 ……直球ドストレートだ。

 

「フィオナ、もう少しオブラートに」

「リョータ。面倒だし軽く切ってやんなさい」


 やっぱり俺か。

 まあ、フィオナもいるし。どうにかなるだろう。


 一つ覚えで突進をするが、予想通りに無窮卿は姿を消した。


 ……ああ、もうキリがない。


 無窮卿は離れた場所に現れ、呪文の詠唱を始めている。

 それをフィオナが杖で指す。


 感じる既視感デジャブ

 空からクリスタの放った矢が雨のように降り注ぐ。


 矢は弾かれ、無窮卿の周りの地面に突き刺さる。


 しかしフィオナはそれを待っていたのか、呪文を唱える。


「――――拘束リストレイン


 無窮卿を囲むように刺さった矢を巡るように、光の輪が現れる。

 一瞬、無窮卿の動きが止まる。


「リョータ、今よ!」

「了解!」


 俺は一気に踏み込むと、思い切り無窮卿に切りつけた。

 ローブと骨を切り裂く確かな手応え。


 やったか――――そう思った直後。

 不意に気配が消える。


 ――嫌な予感。


 振り向いた俺の視界、フィオナの前に立ち塞がる無窮卿の姿。

 触れられただけで倒れたサクラの姿が脳裏をよぎる。


「フィオナ!」


 間に合わない。

 恐怖にも似た感情が襲い掛かる。


 相手の顔に手を伸ばし、力任せに掴んだのは――


「捕まえた!」


 ――フィオナだ。


 フィオナは無窮卿の眼窩と鼻孔に指を突っ込み、ぎらつく瞳で睨みつける。

 その掴み方は……あれだ。ボーリングの球を掴むときのあれだ。


 球扱いされた無窮卿は両手でフィオナの腕を掴むが、その手がボロボロと崩れ落ちる。


「この数十年さんざ追いかけてきて、ようやく捕まえたわよ! もう逃がさない!」

「……フィオナ、貴様! この世界のことわりを乱す害悪が!」

「世界がどうとか知るか馬鹿!」


 圧倒的だ。フィオナは無窮卿の力を完全に抑え込んでいる。


 ……いや、違う。

 俺の目に浮かんでいる光景はそんな単純なものではない。


 無窮卿が送り込む瘴気にフィオナの肌が緑色に泡立っては、次の瞬間には元に戻る。

 フィオナは全ての瘴気を身体で受け止め、力尽くで抑え込んでいるのだ。


「――あんた。これまでどれだけ殺した?」


 反対にフィオナの力を送り込まれた無窮卿が悲痛な叫びをあげる。


「教えてやる! 10万4257、だ! お前が殺した人間、亜人、魔物だけでも! 魂が端まで削れるその瞬間まで全部! 数えさせてやる!」


「あ、数えたの私です」


 サロマエルが俺の後ろからひょっこり顔を出す。

 ……今、そんな話はどうでもいいです。


 フィオナに押し込まれた無窮卿が大きくのけ反る。


「フィオナァッ! 我の魂を削ってでも貴様を道連れにしてやる!」

「やれるもんならやってみな」


 フィオナの足元が青く光り出す。


「私の世界で――――とことん削り合いましょう。私、気が長い方だしね」

「貴様! 貴様ああっっ!」

「――――言ったでしょ。長い付き合いになるって」


 フィオナと無窮卿の姿が青い光に包まれる。


 この光景に圧倒されていた俺の足がようやく動く。


 俺は無窮卿の背後に回り込むと、真一文字に斬り下ろした。

 今度こそ何かを断ち切る確かな手応えが伝わった。


 地響きのような唸り声が空に響き―――無窮卿の身体が溶けるように砕けていく。 


 俺はホッと息を吐くと、剣を鞘に納めた。 


 ……手を突き出したまま、呆然と立ち尽くすフィオナ。


「リョータ、あんた何やったの……?」

「もういいじゃん。フィオナ、怪我はない?」

「殺しちゃそれでお終いじゃん! こいつが! 今まで! どんだけのことをしてきたと思ってるの?!」


 フィオナの目に涙が浮かぶ。


「やってきたのと同じだけのことを、何年かかっても私がこいつに――」


 俺は、突き出したまま震え出したフィオナの手を掴む。


「そんなに深い意味は無くてさ」


 俺はフィオナの震えを止めようと、絡めた指を握りしめる。


「フィオナ。君が苦しむところを見たくないだけだよ」


 俺の言葉に毒気を抜かれたように、フィオナの身体から力が抜ける。


「……呆れた。ホント、リョータは大概ね」


 根負けしたのか。フィオナが力無く微笑んだ。

 大きな瞳から零れた涙が頬を伝う。


「……かもね。猛省するよ」


 俺はフィオナの涙を指で拭った。


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