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第38話 わざとじゃないからノーカンです


 黒い靄から溢れ出た、形を持たぬ亡者達を迎え撃つのは、ニルギリ率いる魔術師達だ。

 まるで高射砲の様に打ち出される光の筋が、漂う黒い影を消していく。



 騒乱ディスバンス軍の歩兵はまだ動かない。


 想像よりも静かな幕開けに俺は却って不安になるが、フィオナは特に気にするでも無く無心に豆菓子を齧っている。


 ――三波に及ぶ亡者達の攻撃が退けられると、次は黒い靄の中から大量の死鬼達が前に押し出されてきた。


 要はオークやコブリンを始めとした魔物のゾンビだが、見る間にも数がどんどん増えていく。

 下手をすれば生者の側より多い程だ。


「最初にこっち側の魔力を消費させてから、次は物量で力押しするみたいねー。やーらしー」


 女神は他人事みたいに言うと、騒乱ディスバンス軍に寄せていく死鬼達を眺めている。

 と、それまで動きの無かった弓兵が一斉に矢を射かける。


「あれって、矢で止まるの?」

「見てなって」


 ややあって、死鬼の前衛が燃え上がる。ゾンビ、確かに良く燃えそうだ。


「矢に火魔法を付与エンチャントしてるのよ。それにしても良くあんだけ揃えたわね」


 燃える仲間を踏み付け、巨大な影が前に出る。

 

「うわ、トロルの死鬼だ。初めて見たよ」


 ポリポリポリ。豆を食べながら言うフィオナ。

 

「……あー。あれ、火矢じゃ止まんないよね?」

「そ、ようやくあんたの出番。撫で斬りにしてやんなさい」


 ゾンビかー。

 最近、結構暑くなってきたから、出来れば相手にしたくない。


「ねえ、フィオナも手伝ってよ」

「やーよ、あんな腐った連中。服汚れるし。私はここで死霊どもを相手にしてるわ」

「こっちの敵なら、さっき俺が全部――」


 言いかけて俺は息を飲んだ。

 迎撃を逃れて宙に漂っていた黒い影がこちらに向かって来ている。

 それもかなりの数だ。


「……なんでこっちに?」

「寄せてんのよ」


 フィオナの持つ杖の先が、ぼんやりと白い光を放っている。


「乱戦の中にあーゆーのが混じってると被害が大きいのよ。こっちで私が始末してやるから、リョータはデッカイのを片付けてきて」


 ……なんか貧乏くじを引いてる気がするが。

 まあ、あれをどうにかしないと、どっちみち帰れないしな。


「分かったけど。フィオナ、無事に戻ったら――」


 俺はフィオナの顔を見る。

 大きな目をぱちくり。彼女は俺の目を見返す。


「なに?」

「―――有給もらえる?」


 フィオナは白い前歯で、小気味いい音を立てて豆を噛む。


「特別休暇、申請しといてあげる」


 ちょっとやる気出た。


 さて、さっさと片付けよう。

 俺は残業はしない主義だ―――


「そうと決まれば。リョータ様、じっとしていてくださいね」


 いきなり、サロマエルが後ろから俺の身体に手を回してギュッと抱き着いてくる。


「っ?! どうしたのサロマエル?」

「私が前線まで運んであげます。シノノ、風魔法をお願い!」

「……了解です」


 あ、なるほど。サロマエルが飛んで運んでくれるのか。

 

 ――ゴスン。

 俺の背後から聞こえる鈍い音。


 ……ん? 何が起きた。


 振り向くとサロマエルがこめかみを抑えてうずくまっている。


「ごめんなさい、サロマエル。間違って杖が当たっちゃったみたい」

「だ……大丈夫、です」


 暗い瞳で見下ろすシノノを、涙目で見上げるサロマエル。


「シノノ……? わざとじゃ……ないよね?」

「もちろんです。……それよりさっき、リョータさんに随分とくっついていましたね?」


 ……待って。こんな時にもめないで。


 俺は溜息をこらえて間に入る。


「シノノ、これは運ぶために仕方なくだからね? 変な意味はないからね?」

「……じゃあ、私も」

「え?」

「帰ってきたら……私もギュッとしてもらっていいですか?」


 言いながらサロマエルを小突いた杖を握り、恥ずかしそうに顔を伏せるシノノ。


「ああ、いつでも抱きしめてあげるから」


 ……なに気にモテ男のセリフだ。

 嬉しそうに顔を上げたシノノの口元から八重歯が覗く。


「シシッ……じゃあ、張り切って行きますよ!」

「あ、シノノ。こないだの特級魔法とかいうのは止めてね」

「もちろん使いませんよ。あんな危ない魔法」


 サロマエルが俺の背中で「え?」と呟いた。


「じゃあ、サロマエル。リョータさんをお願い」


 ――シノノが呪文を唱えると、俺達の周りを風が渦巻き身体を持ち上げる。


 サロマエルが翼を大きく広げて風を叩き付けるように羽ばたくと、一気に高く舞い上がった。


 ――おお、これは結構凄い。


 翼がもう一度大きく空を叩くと、風を切って眼下の地面が流れ出す。


 サロマエルが翼をはためかせるたびに速度が増していき、みるみる間に最前線が近付いてくる。


 トロルの死鬼が周りを蹴飛ばしながらゆっくりと前進するに従い、前衛のオークやコブリン達が後退していく。


 まずい、このままだと戦線が崩壊する――

 

「サロマエル、奴らに近いところに降ろして――」


 その時、両軍の間の地面から土煙が上がった。

 地響きを上げて地面が盛り上がる。


「ゴーレムです! しかも、なんて数!」


 サロマエルが叫んだのも無理はない。



 向かい合う両軍の間を線を引くように土煙が上がり、無数のゴーレムが地面から這い出したのだ。


 そしてサクラの率いる“騒乱ディスバンス軍に向けて”身体を起こす。



「あれ全部、敵なの?!」


 ……よし、帰ろう。


 俺は頑張った。

 帰ってシノノの故郷で慎ましく畑でも作って暮らすんだ。


 ――と、俺の身体がズルズルと滑りだす。


「? ちょっとサロマエル、落ちるって!」

「リョータ様……盲点でした」

「え?」

「飛ぶのは問題ないのですが……腕の力が……限界で……」


 ズルズルズル。俺の身体が更に下がっていく。


「取り合えずその辺に降ろします!」

「ちょっと待って! あんなところに降ろさないで!」

「きゃっ! どこ掴んでるんですかっ!」


 やばい。

 あんなところに降りたら、いくら何でも命が無い。


 怯えて視線を向けた先の光景に、俺は言葉を失った。



 大量のゴーレム達が起き上がった地面は、長く深い地面の溝になり、そこに不帰ディマイズ軍の死鬼達が積み重なるように落ちていく。


 そして地面の窪みに死鬼達が溢れんばかりに折り重なると、ゴーレム達は生まれた先の地面に身を投じ、再び土塊に戻ったのだ。



 ……ほんの数十秒。

 死鬼達の大半が地面の下に生き埋め――ではなく、埋葬されたのだ。



 サクラ軍の陣から鬨の声が上がる。

 反転し、前進するサクラの兵達。


 生き残った死鬼や、状況を把握できずにうろつく骸骨兵スケルトン達にオークとゴブリンが襲い掛かる。


 腰まで土に埋まってもがくトロルの死鬼に、解き放たれた生者のトロルが飛びついた。



 一気に戦況が動いた。



 そして俺はサロマエルにしがみ付きながら、敵陣深くにきりもみしながら墜落していった――

 

 

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