第37話 この前より、ちょっといい顔になってるよ
――――今回はこちらから仕掛けるとするか。
俺は一気に距離を潰すと、最短距離でデュラハンに剣を突き出す。
デュラハンは馬を操り俺の剣を軽くいなしつつ、肩口に斬撃を浴びせてきた。
それを払いつつ振るった剣は、宙を切る。
足取り軽く飛びのいた首無し馬は、俺を煽るように蹄で地面を叩く。
……こいつ、強い。
ゲーセンで格ゲーをやってたら、ガチ系の常連に最弱キャラであしらわれる時のあれだ。
人馬一体という言葉をエロ単語だと思っていた過去の俺を叱りたい。
……さて、次はどう攻めるか。
慎重に距離を測る。
「リョータ様、後ろ!」
サロマエルの叫びと同時、俺の背中に幽霊騎士の剣が振り下ろされる。
地面に転がって躱すと、馬の足を切り払う。
――――あれ。勝手に一騎打ちだと思っていたぞ。
次々と殺到する騎士達の攻撃を何とかしのいでいると、騎士を弾き飛ばして突っ込んできたデュラハンが巨大な剣を振り下ろす。
剣を横に身体をずらしてかわすと、一気に包囲を抜けてその場を逃げ出す。
――――これはまずい。一旦態勢を整えないと。
騎士達が馬首を巡らせ追ってくる。
相手は騎馬だ。すぐに追い付かれるのは分かっている。
なんとか敵の陣形を崩して一騎でも数を減らして――――
その時だ。
地面の草が一瞬、色を失ってセピア色に染まり、すぐに戻った。
……目の錯覚か?
戸惑う俺の耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。
「――――煉獄の荊よ―――――」
黒い装束をはためかせ、杖を横に構えて呪文を詠唱する少女の姿。
「シノノ!」
「――――荊棘の頸枷となりて禁獄の帳を降ろせ!」
詠唱を終えたシノノが杖を振り上げると、青白い荊が渦巻くように次々と地面から湧き出し、幽霊騎士達を縛り上げていく。
「今です! リョータさん!」
「分かった!」
踵を返すと、身動きの取れない騎士達を切り捨てていく。
ただ一騎、荊を引きちぎり、向かってくるのはデュラハンだ。
俺はその場で待ち受ける。
ただ、待つのはデュラハンで無く――――
――――地面スレスレをよぎる白い光が首無し馬の足を貫いた。
クリスタの矢に体勢を崩したデュラハンを下から切り上げる。
宙に浮いた首が俺を睨みつける。
俺は目を逸らさず、体を開きながらの連撃でデュラハンの首を斬り捨てた。
――――
「リョータさんっ!」
シノノが俺の胸に飛び込んできた。
熱烈歓迎ぶりに戸惑いつつも、背中をポンポンと叩いてやる。
「久しぶりですっ! 怪我は有りませんでしたか?」
「ああ、大丈夫。ありがとう、助かったよ」
俺の胸の中、キラキラとした目で見上げてくる。
「不死者との戦いに備えて、煉獄系魔法をマスターしてきました! 凄いでしょ!」
煉獄系なんてものがあるのか。
……それで呪文がちょっと厨二病っぽかったんだな。
「うん、凄い凄い」
褒めてやると、シノノはシシシッと笑いながら俺から離れて意味有り気に振り返る。
「リョータさん。……ほら」
――その視線の先。
……白い神官服に身を包んだ少女が石に腰掛け、何かをポリポリ食べている。
俺は思わず緩む口元を隠しながら、照れ隠しで頭をかく。
「……異世界、こんなに大変とか聞いてなかったんだけど」
「しゃーないじゃない。これも仕事よ仕事」
上に放り投げた豆菓子が、フィオナの鼻に当たって落ちる。
「仕事ならフィオナも働いて。さっきから俺ばっか戦ってない?」
「私って可愛いのが仕事、みたいなところがあるから」
ニンマリと笑うフィオナを、俺は挑戦的に見返す。
「ないよ? 働いて」
「へえ。言うようになったね」
言ってフィオナは豆を指で弾く。
「この前より、ちょっといい顔になってるよ」
俺は舞い上がった豆を顔の前で受け止めた。
「……衛生的に、どうかと思うな」
ちょっと迷ってから、俺は豆を口に放り込み、噛み砕く。
砂糖の甘味の中から、青い苦みが舌に広がる。
「これ大丈夫? ちょっと変な臭いがするけど」
「失礼ね。私の懐で一か月温めてたのよ? 女神の馨しい香りってやつよ」
「……え」
一か月って。倒れた時からずっと服に入れっぱなしだったの?
「うわ、ちょっと。誰か水、持ってない?」
「リョータ様。この水、まだ一口だけ残ってます」
サロマエルが差し出した水筒を口に当て、大きくあおる。
「?!――って、これいつの?!」
「さあ? ずっと翼に入れっぱなしだったから……」
ああもう、これだから異世界の衛生観念は信用ならないんだ。
「リョータさん! 敵が動き出しました!」
「今はそれどころじゃ――」
シノノの指差す先。
不帰の本拠でもある巨大な黒い靄がうねり、無数の小さな影が溢れ出している。
「……なんだあの数」
半ば呆れて眺める俺の後ろから、気の抜けたフィオナの声がする。
「ありゃ。あれから来るのか」
「フィオナ、俺達も早く行かないと!」
「私らだけで全部は無理よ」
焦る俺をチラリと見ると、フィオナは呑気に豆をボリボリ齧る。
「……サクラのお手並み拝見、といきましょう」