第33話 オークサーの姫(全年齢版)
俺とサロマエルが駆けつけると、村の入り口にオークがうずくまっていた。
サロマエルは倒れたオークを助け起こして、水筒を差し出した。
「大丈夫ですか。さあ、飲んでください」
水を飲み干したオークは人心地が付いたのか、よろよろと立ち上がった。
「ミズ、アリガト。タスカッタ」
「良かったです。これ、タロンガの滝かどこかの水なんです。忘れたけど」
笑顔で水筒の蓋を閉めるサロマエル。
……あの水、ひょっとして俺が初対面の時に飲んだ奴じゃないのか。
さて。このオーク、砦に居た内の一体とのことだが。全然見分けがつかないな。
フィオナなら焼き印の一つも押してそうだが、シノノがそんなことする訳無いし――えっと、多分しないだろうし。
……戸惑う俺の前、オークはサロマエルの翼をじっと見つめる。
「オマエラ、アノトキノ、ユウシャ?」
「あ、はい。ご無沙汰してます」
思わず丁寧に返した俺に、オークがいきなり飛びついてくる。
「うわ! ちょっと、くっつかないで!」
「ミンナヲ、タスケテ!」
「へ?」
「テキガ、キタ! ミンナ、ヤラレタ!」
オークは腰帯から一通の手紙を取り出す。
「ニンゲンノ、ヘイシ。コレモッテ、タスケヨベ、イッタ!」
受け取ったはいいが、この世界の文字は全然読めない。
「サロマエル、これ読める?」
「えっと……侯爵名で出された強制避難の命令書です。兵士達に従って避難しろと。……カレドア村?」
サロマエルは翼をバサリとはためかせる。
「知ってるの?」
「はい。前にこの辺飛んでた時、お金無くなって、その村でしばらく働かせてもらったんです」
なるほど。田舎の村での心温まる一幕だ。
村の子供達と一緒にお花を摘んだり、皆で一緒に野菜を収穫したり色々あったのだろう。
サロマエルも何かを思い出したかのように顔を伏せる。きっと彼女も懐かしい思い出を―――
「……おかげで私……何を食べても大丈夫になりました……」
え、ヤダ。なんか辛い思い出だった。
「ごめん、サロマエル。嫌なこと思い出させちゃって」
「いえ。ホントに嫌な話ならまだまだありますから……聞きます?」
ごめん、聞きたくない。
「えっとつまり、この村の住民を避難させに行ったら敵が攻めてきたんだね」
「ソウ! テキ、ツヨイ! ミンナヤラレタ!」
なんか強い敵が来ているのか。
なんか面倒そうだが、放っておく訳にもいかないな――
「ちょ……ちょっと、リョータ。走るの早過ぎ……」
「トドメロ! なにがあったの?!」
ゼイゼイと息を切らせながら追い付いてきたフィオナを押しのけ、シノノが前に出る。
「あなた一人? 皆はどうしたの?!」
「ヒメ!」
『――姫?』
思わず3人の声が揃う。
「…………」
俺達に見つめられる中、ツイッ、と目を逸らすシノノ。
「ねえねえ、シノノ! ひょっとしてオーク達に姫って呼ばせてたの?」
「…………」
心底嬉しそうな顔でシノノに絡むフィオナ。
フクロウばりに首を回すシノノ。
「そうなの? ひーめっ!」
「…………」
逃がさないとばかりに、ぐぐーっ、と顔を覗き込むフィオナ。
……お願い、もうやめてあげて。
更に絡もうとするフィオナの口を後ろから塞ぐ。
「むぐーっ! むぐぐっ!」
「ほら、誰にでも黒歴史ってあるからさ」
俺達のじゃれ合いを見ていたオークが申し訳なさそうに口を開く。
「ヒメ……? オレ、ナニカマズイコト、イッタカ?」
「…………」
シノノが黙ってオークに近寄る。
「えい」
コツン。
杖でオークの頭を叩く。
ばたりと倒れたオークは大きないびきをかき始めた。
シノノは一つ咳払い。
「彼は余程疲れていたんですね。深い眠りにつきました」
……シノノ、ちゃんと目覚めるよね?
「それよりリョータさん、何があったんです?」
「ああそれが。オーク達が住民を避難させに行った村が、敵に襲われたみたいで」
「っ! 大変、助けに行かないと――って、どこに?」
「シノノ、あんたが場所を知ってる奴を眠らせたんじゃない。サロマエル、それ見せて」
フィオナは命令書を読むと、眉をしかめる。
「サロマエル。カレドア村って知ってる?」
「はい。思い出したくない記憶が……沢山」
「じゃあ、その村のことを出来るだけ細かく思い出して」
「え」
……酷い。
「早くなさい。魔法で探査するから」
「は、はい!」
苦悶の表情を浮かべるサロマエルの肩に手を置くと、フィオナは小さく何かを呟く。
「見えた……けど。マズい、かなりマズいわ」
「マズい? フィオナさん! 何が起きているんですか?」
フィオナは焦るシノノをちらりと見ると、無視してサロマエルに顎をしゃくって見せる。
「サロマエル。あなた、先にカレドア村に向かって。私達は後を追うから」
「え? でも、さっきの飛竜に会ったら食べられちゃいますよ!」
「あんなトカゲ、ぶっちぎってやればいいのよ。シノノ!」
「はい!」
シノノは杖を構えて呪文を唱える。
サロマエルの周りに風がクルクルと渦巻き、彼女の身体がふわりと浮いた。
「うわわ。シノノ、ちょっと風が強くない?」
「大丈夫です、更に重ね掛けしますから」
大きく息を吸うと、シノノは低い声で詠唱を始めた。足元に赤い魔法陣が浮かび上がる。
――――風の王よ――我は問う――供犠をもって汝の力を与え給え――
「シノノ。それ、特級魔法じゃない? ねえちょっと、供物ってなんのこと? 受け取られちゃったら私どうなるの?」
「――――奉謝――颶風――吹き荒れよ!」
「ちょっとシノノ、だから風が強過ぎ……きゃああああっっ!」
周辺の空気を震わせ、サロマエルが驚くほどの速さで北に向かって飛んでいく。
……むしろ吹き飛ばされたという方が正しい。
「でも、サロマエル一人で行っても、役に立つとは思えないんだけど」
「サロマエルを目標に転移魔法を使うのよ。みんな、私の周りに集まって」
サロマエル、そんな便利な使い方が出来るのか。家電のリモコンを一つにまとめる機能とか付かないかな。
「……フィオナ、行かないのか?」
俺達が周りに集まってもフィオナは呪文を唱えるでもなく、周りをキョロキョロ見渡し始めた。
「クリスタ! いるんでしょ! 出てきて!」
突然、大声で叫ぶフィオナ。
「今回はあなたが必要よ! 一緒に来て!」
返事は無い。
「お願い! 手遅れになる前に!」
フィオナの声が空に響き、吸い込まれる。
返ってきたのは――沈黙。
フィオナはまだも諦めきれないのか、周りをじっと見つめる。
「……もう無理なんじゃ。せめて俺達だけでも――」
?!
俺が驚いたのも無理はない。
さっきまで無かったはずの場所に、草むらが現れたのだ。不自然過ぎること極まりない。
フィオナが無言で杖で地面を叩く。
バサバサと茂みの葉っぱが全て落ちる。
「ひゃっ!」
落ち葉の中にしゃがみ込んでいるのは長い白金髪の――エルフの少女だ。
弓で顔を隠しながら、オドオドと目を泳がせる。
「えーと、君は」
「ク、クリ、スタです。は、は、はじ、めまして……」
「あ、どうも初めまして。妻夫木涼です」
途切れる会話。
クリスタは両手で落ち葉を掬うと、顔を隠そうとする。
「だーっ! 自己紹介とかどうでもいいから! いくよ!」
フィオナが呪文を唱える。
――――縮地――転移
――――
――――――眩暈に似た感覚が頭をよぎり、気が付けば見知らぬ集落の前に立っていた。
ざっと見たところ、三十ばかりの建物が並ぶ小さな村だ。
村の中央には教会の尖塔が覗いている。
「ここが――」
サロマエルの姿は見えない。
踏み出そうとした俺の足が止まる。
――静かだ。
人の声どころか、鳥のさえずり一つしない。
心なしか青ざめて見えるフィオナの横顔。
「リョータ、気をつけて。”ヤバイ”のがいる」
「分かった。まずは俺が一人で行く。皆はフィオナの傍を離れないで」
俺はゆっくりと剣を抜き、足を踏み出した。




