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第32話 美少女にゴリゴリに甘やかされたいばかりの人生でした

 白くフワフワした地面に指でくぼみをつけると、小さな種を撒いていく。

 ……さて、ペットボトルで自作した自動給水装置は上手く動いてくれるだろうか。


 豆苗に成功して気を良くした俺は、次はリーフレタスに挑戦中。


「こっちもそろそろ収穫時期かな」


 すくすくと育った豆苗は15センチほどの長さに伸びている。

 二回目の収穫も考えて早めに摘むか、今度の転生後まで置いておくか。


「フィオナが食べるようなら収穫しちゃおうか」


 俺はあたりを見回した。

 いつもならフィオナが現れて何かしらウザ絡みしてくる頃合いだ。




 ……

 …………

 ………………あれ? 今日はフィオナの奴、来ないぞ。



 なんか調子狂うな。

 俺は豆苗の水加減を確認してから、寝床で横になる。



 ……異世界の方もなんだか大変なことになってきた。

 

 勇者って、頼りになる仲間達と困難を一つずつを乗り越えながら信頼関係を築いて、最後には力を合わせて魔王を倒す――そんなのを想像してたんだが。


「なんか思ってたのと違う……」


 フィオナとグダグダしてたかと思ったら、異世界で酔っ払いの相手をする羽目になり、気が付けば異世界の戦争に巻き込まれているのだ。


 ……やっぱり、酔っ払いと異世界戦争とのギャップがでかすぎるな。

 どこかでアニメ1クール分くらいのエピソードが抜け落ちてるんじゃないだろうか。


 気になることはあるが、考えても仕方ない。

 野菜の世話もしたし、明日に備えてひと眠りするか。


 ……

 …………


 何か夢を見た気がする。

 ドラマチックでも何でもない普通の夢だったと思うが、やけに心に引っ掛かる。


 それでも夢の中身は欠片も思い出せない。

 俺は微睡ながら寝返りをうつ。



 ――半開きの瞼の向こう側、ぼんやりと白い影が浮かんできた。

 

 フィオナがこちらに向かってトボトボと近付いて来ている。

 俺は身体を起こす。


「お帰り、フィオナ。どうかしたの?」


 眠そうな顔をしたフィオナの足元はおぼつかない。

 思わず駆け寄った俺の胸にフィオナが倒れ込んできた。 


「……疲れたー、寝るー」

「大丈夫?」

「寝るからクッションまで連れてけー」


 フィオナの奴、酔っているわけでもないのにぐにゃぐにゃだ。

 余程疲れているのだろう。


 ぐにゃフィオナをクッションまで引きずると、仰向けに寝かせた。


「起きたら転生するよー」


 フィオナはほっと息をつくと、目を閉じる。


「ねえ、あっちはどうなってる?」

「大丈夫……どかーんって感じで……上手くいってるから……」


 ……却って不安が増した。


 フィオナの胸が規則的に上下する。

 呟くようなフィオナの声が段々、途切れ途切れに小さくなっていく。


「んー……リョータは安心して……私に任せとけば……いいの……」


 すぴーすぴー。

 可愛らしく鼻を鳴らしながら眠りに落ちるフィオナをしばらく眺める。


「えーと、手――」


 フィオナは俺の手を握ったまま眠ってしまった。

 諦めて隣に横になる。


 ……フィオナを担いだので少し疲れた。

 どうやら俺はこの空間ではただの少年らしい。



 異世界では自分が相当強いことは分かってきた。

 大してそれを確かめる機会があったわけではないが、サクラのお付きの魔族やダークエルフ――そしてサクラ本人。


 理由はないが、後れを取らない自信がある。

 この先、何と出くわすかは分からないが――――


 俺の手を胸に抱きしめ眠るフィオナの顔を見ながら、フンワリ気味に覚悟を決めた。



 ――――フィオナと一緒なら、どうにかなるんじゃないかな。


 

 ……多分。




 ――――

 ――――――――



 ――南に向かう避難民の行列は先頭が土埃にかすれ、見えなくなるほど連なっている。

 行列についていけない老人や病人はトロルの曳く連結荷車に乗せられている。


 ……事情を知らなければ救出必須の光景だ。


 俺達は行列と逆行して北上していた。

 不安な気持ちで荷車を振り返る。


「その……魔物が人間を先導するのって、大丈夫なの?」

「この任務に就く魔物には、人を襲えないような誓約ギアスがかけられているみたい」


 誓約ギアス。前にフィオナが砦のオークにかけたやつだ。


「その魔法は昔、私がサクラに教えたから」


 フィオナは少し自慢げに言ってから、怪我でもしたのか足を引きずる避難民のところに向かった。


「――――加えて、不可識インビジの魔法を使って魔物を目立たないようにしているようです。住民と接する時には侯爵領の兵士や聖職者を表に立てて、出来るだけ不安を与えないように気を遣ってますね」


 言いながら、シノノが俺の隣に並んできた。


「お帰りなさい、リョータさん。身体は休まりましたか?」

「おかげさまで。ごめんね、シノノ」

「……なにがですか?」


 不思議そうに首をかしげるシノノ。


「色々大変な時なのに、俺はたまにしか来てないし」

「リョータさんがいない時は私が居ますから。任せておいてください。面倒なことは全部私がしますから、リョータさんはなーんにも気にしなくていいんですよ?」


 ……シノノ、俺をゴリゴリに甘やかす。

 多分、彼女は男を駄目にする系女子だ。


「フィオナ様ーっ!」


 大声を上げながら飛んできたサロマエルがフィオナの前に降り立った。


「この辺りではこの行列が最後です。今のところ、脱落者もいないようです」

「よし、この行列を見送ったら、今夜の宿を探しましょう」


 フィオナと天使の姿を見て、跪き、祈りを捧げる姿がある。

 故郷を追われ、魔物と兵士の混合軍に連れられていく状況に、天使と聖職者の姿は心の支えになるのだろう。


 フィオナが印を切りながら、皆に祝福を与える。


「……フィオナ達、結構人気があるんだね。」


 少し感心してそう言うと、意外にも真面目な顔で答えるフィオナ。


「この機会にうちの派閥の信者を増やしておかないと」

「信者にも派閥とか、そんなのがあるの?」

「もちろん! ……こっちの方ではうちの派閥は……その……人気が……」


 うなだれるフィオナ。神の世界も色々と大変だ。



 ――――――


 ――行列を見送り、俺達は街道から外れて無人の集落に入った。

 一軒の建物に入ると、フィオナは目ざとく一番大きなソファに腰を下ろす。


「いいのかな、勝手に入って」

「サクラや私達が負ければ、帰ってくる人すら居なくなるのよ」

「でも、宿もやってないので背に腹は代えられませんし」


 シノノはテーブルの上に銀貨を数枚重ねる。


「……受け取ってもらえればいいんですけど」

 

 フィオナは投影魔法を起動すると、地図をじっと見つめた。


「奴らの瘴気にあてられて、遠くは映せなくなってきたわ。昨日まではそんなこと無かったのに」

「……住民の避難は上手くいってるのかな」


 俺の言葉に大きく頷くフィオナ。


「サクラの避難計画は予想以上よ。途中途中に事前にキャンプを設置しておいて、数万の住民を順々に送り出している」

「逃げ遅れた人は?」

「いないとは言い切れないけど。今回の避難計画に無い亜人集落やどこにも従属していない少数部族は、そもそも僻地に居るから今回の不帰ディマイズの進路にはいないと思う……」


 自分を納得させるように言うフィオナの姿に不安が高まるが、これ以上は考えても仕方ない。

 まずは自分たちにできることを――


「どうぞ、暖まりますよ」


 シノノが俺にお茶を差し出してくる。

 お礼を言って受け取った時、何かの影が窓の外を通り過ぎた。


 少し遅れて、建物がビリビリと震える。


「今、空を何かが飛んで行った?」

「サクラの飛竜隊ね。はぐれた避難民が居ないか、残ってる住民がいないか見て回ってるんだと思う」


 サクラもきっと同じように不安なのだ。


 取りこぼしは絶対に0には出来ない。

 それでも指の間から零れ落ちる雫を少しでも少なく――


 その時、窓からサロマエルが飛び込んできた。

 そのままタンスに激突すると、服まみれの姿でむくりと立ち上がる。


「たっ、た、食べられるかと思いましたーっ!」

「どうしたのよ、騒がしいわね」

「フィオナ様! わ、飛竜ワイバーンが私を追ってきたんですよ?! 誰も乗ってなかったら食べられてましたよ!」


 確かにサロマエル、見た目は鳥っぽいけど。


「……フィオナ、魔物は人には危害を加えないんじゃなかったっけ?」

「え? ほら、サロマエルは人というよりエサ寄りだから」


 ……段々扱いが酷くなっている。


「ん。あれ?」

 

 投影画像を操作していたシノノが不思議そうな声を出す。


「誰か、この村に向かってきてますよ」

「逃げ遅れた避難民かな。サロマエル、迎えに行ってやりなさい」

「えーっ! 私、食べられちゃう!」

「美味しいんだからいいじゃない」


 フィオナが映像を拡大する。

 街道から外れ、こちらに向かってフラフラと走っている人影がある。


 上半身裸のたくましい体、緑の肌――オークだ。

 何故こんなところを走っているのか。


 

 と、眺める俺達を押しのけ、シノノが画像に身を乗り出す。


「トドメロ?!」


 シノノが大声を上げる。

 呆気にとられる俺達を尻目に、シノノが帽子の鍔を跳ね上げ、勢い良く立ち上がった。



「――彼、砦で一緒にいたオークの一人です!」




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