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第31話 埼玉のことは諦めるとして

「……まずは説明してもらいましょう」


 フィオナは真剣な面持ちでテーブルの上を指差す。


「何故、私たちの前に置かれているのがお茶なのか」

「それは作戦会議だからだよ。お酒はそれが終わってからね?」

「え……正論DV?」

「いやいや、ただの正論だから。そもそもDが成立しないから」


 フィオナは渋々お茶を啜ると、カップを乱暴にテーブルに置いた。 


「あのね、女の子ってのは最初にそのお酒をどこで買ったか聞いて欲しいの。そしてお代わりのお酒を一緒に買いに行って欲しいのよ」

「……話、続けていいかな?」


 そもそもフィオナが考えがあるとか言ってたのに、なぜ俺が司会役をしているのか。


「敵の親玉を倒すにしても、どこに居るのか分からないし。まずは目的と、どこに向かうかくらいは決めないと」

「相手は攻めてくるんだし、一番敵が多い所に進んでいけばいいんじゃない? 前回はそれで上手くいったよ」


 最後は上手く行かなかったから、こんなことになっているのでは……?

 

 さすがに見かねたのか。手の中でカップをくるくる回しながら、シノノが口を挟む。


「今回の相手は不死者です。敵の親玉を墜とせば多くは姿を消すでしょうし、残りは浄化してあげれば良いので……前回に比べれば話は単純です」

「そうそう、それがが言いたかったのよ。流石シノノね、私の考えてることを代わりに言ってくれるなんて」


 ドヤ顔で頷くフィオナ。

 ……こいつ、絶対なにも考えてなかったぞ。


「フィオナさんの魔法で、遠くの風景を見られるのがありませんでした?」

「ああ、投影魔法ね。サロマエルが飛び回った痕跡を使って魔法で地図を作ることができるの」

「へえ、そんなこと出来るんだ」


 サロマエル、Googleカーみたいなものか。


「そんなに色々なところに行ったの?」

「最近までやること無かったんで、ひたすら飛んでましたから!」


 えっへんと胸を張るサロマエル。

 ……暇なら働けばいいのに。


「じゃあ、敵の位置が分かるんだね。フィオナ、早速見せてくれないか」

「それが……なんか最近、上手く地図が投影できなくてさ。多分、私を狙う敵の妨害魔法のせいだと思うんだけど」


 それでも何もないよりはましだ。


「妨害って、どんな感じ?」

「それがねー」


 フィオナが手を一振りすると、ホログラムのような半透明の画像が宙に映し出される。


 映し出された映像は空中から見た地図。

 Googleマップみたいなものだが、確かに大部分が四角い画像で覆われて地図はほとんど隠れている。


 ……問題は地図を隠す邪魔物だ。いくつもの四角い画像が時折場所を変えながら、見る者の視線を追うように位置を変えていく。


「これは……」


 ――バナー広告だ。


 しかも、なんというか。男性同士が必要以上に親密にしている系である。

 ……投影された映像をシノノとサロマエルが食い入るように凝視している。


「フィオナ……なんか変なところ見に行かなかった?」

「へ、変なところってどこよ! 証拠はあるの?!」


 ……図星みたいだ。


「この邪魔なのは隅っこの『×』印を触ると消えるんじゃないかな」

「え? そうなの?」


 恐る恐る手を伸ばすフィオナ。


「あ、間違って画像の方を触らないでね」

「……触るとどうなるの?」

「そのサイトに飛んじゃうから」


 ピタリと動きを止めるフィオナ。


「……後学のために聞いておくわ。この四角い妨害画像に書いてある文字……なんて書いてあるの?」

「え? えーと、読むほどの内容では。普通の広告だよ」


 シノノがフィオナの肩越し、画面に向かって身を乗り出す。


「……リョータさん。なんて書いてあるのですか?」

「だからただの広告で――」


 一斉に三人の視線が俺に集まる。

 ……なんだこの圧。


「――男同士、放課後、体育倉庫、何も起きないはずはなく……と、書いてあるね」

「…………」


 それを聞いた女性陣は互いに視線を送り合う。


「へえ……そんなことが書いてあるのか。まあ、興味があるわけじゃないけど」


 フィオナの指が吸い込まれるようにバナー広告に伸びていく。


「あ、だから画像じゃなくて『×』の方を触らないと」

「…………」


 ……なんだなんだ。みんなしてやたら真顔で俺を見てくるぞ。

 シノノがコホンと可愛く咳払い。


「フィオナさん、この情報って機密情報ですよね」

「そうね。魔王軍との戦いに無くてはならない情報だわ」


 フィオナが目配せをすると、サロマエルが大きく翼を広げて女性三人を投影画像ごと包み込んだ。


「あ、ちょっと、俺が見えない……」

『機密情報だから』


 ハモる三人娘。


 ……なんなんだこれ。

 仕方ない。お茶でも飲んで待つとするか……


 翼のドームの中から時折、歓声とも悲鳴ともつかない声が漏れてくる。

 

『フィオナさん、この続きはどうやって見るんですか?』

『大丈夫、何でも買える魔法のカードがあるから』


 ……魔法のカード、便利だな。


『カード……呪符みたいなものですか?』

『まあね。毎月、定額の支払いで済むから便利なの』


 リボだ。フィオナ、リボ払いを使ってやがる。

 ……世の中にはお金を持たせると身を持ち崩す奴がいる。きっとフィオナもそっち側だ。


 俺がしみじみ茶柱を眺めていると、魚介の煮込みが入った大鉢がテーブルに置かれた。


「あ。どうも」


 料理を置いた女将は、立ち去るでも無く俺をじっと見ている。


「えーと、何か?」

「……戦争になるのかい?」

「え」


 ……これって言ってもいいんだろうか?


「そんな話もあるみたいで。できればどこかに逃げた方が」

「……この界隈にゃ、どこにも行き場のない連中が山ほど居るからね」


 女将は頭巾を外して髪をかき上げる。


「そんな奴らに最期まで酒くらいは飲ませてやらないと」


 初めてまともに女将の顔を見たが、意外と若い。俺とそこまで違わないのではなかろうか。


「そう……ですか」

「あんたら勇者様一行なんだろ? 3年前の、あの娘達の活躍は語り草だよ」


 ”あの娘達”が雄叫びじみた叫びをあげる。


「当時のこと知ってるんですか?」

「ああ、この街を守ってくれた恩人のことを忘れるもんか。もう一人、黒髪の娘がいたけど、彼女は無事なのかい?」


 それってサクラのことかな。


 ――魔王軍第二方面軍総統。

 ここで戦ってから3年後。大陸の5分の1を有する君主になるとか、一体何があったのか。


「……ええ、元気にしてますよ。必要以上に」

「そりゃ良かった。あんたらのことは頼りにしてるけどさ――」


 俺の肩を強めに叩くと、厨房に向かう。


「――あんたらはまだ若いんだ。いざとなれば大人に任せて逃げるんだよ」



 ――――――――

 

 たっぷり1時間も経った頃だろうか。


 サロマエルの翼が開いた。

 3人とも、ホンワカした表情で目を潤ませている。


「まさか……あんなところに…………」

「機密……でした」

「喜んで……」


 ……満足頂けたみたいで良かったです。


「あの、地図はどうなったかな?」


 フィオナは火照った頬を手の平で仰ぎながら、投影魔法を起動する。

 ……あれ、バナー広告消えてるぞ。


「あー、なんかカード番号入れたら、余計な四角が全部消えた」

「……本当にそれ、魔法?」


 まあ、上手く動いてる内に見ておかないと。

 ……画面の真ん中には大きな港町。東側には海が広がっている。


「ここがこの街……アリステル?」

「そう。そして街から見て北の果てが不帰ディマイズの版図。生ける者のいない死の土地よ」


 Googleマップを見るのは嫌いじゃない。調子がいい日は半日は潰せる。

 街のスケール感からすると、侯爵の領地は南関東一帯というとこか。


「群馬から東京に亡者の軍団が押し寄せてくるイメージかな……?」


 埼玉は諦めるとして、せめて北千住のあたりでどうにかしたい。


「ねえ、群馬の県境あたりの黒いのは何?」

「……グンマ?」

「あ、いやこっちの話」


 地図の上のあたり、この街と同じくらいの大きさの黒い雲のようなものがある。

 

「多分、不帰ディマイズの本隊ね。瘴気の中に身を隠しているのよ」

「……じゃあ、俺達の標的は」


 フィオナはこくりと頷くと、サロマエルの差し出したエールのジョッキを受け取った。



「こいつをぶっ潰すわ」



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