第30話 布団にするぞ
「だーっ! 納得いかない!」
「落ち着きなよ、フィオナ」
――部屋を出た俺達は侯爵邸の廊下を並んで歩きながら、荒れるフィオナをなだめていた。
「いやいやおかしくない? あれじゃまるで私が頭の悪い暴れん坊で、みんなが困って、たらい回しにしてるみたいな? そんな感じじゃん!」
うん、その認識で大体合ってる。
「まあ、とにかくサクラ達とは休戦協定を結んだんだから。これから俺達がどうするかを話し合わないと」
「どうするって……私が敵を全部やっつけちゃえばいいんでしょ?!」
おっと、困った。こいつ、全然分かってないぞ。
「いや、ほら。考え無しに喧嘩ばかりしてちゃ駄目だってサクラに言われたばかりじゃん。ちゃんと考えて動かないと」
「大丈夫よ。私にだって考えはあるわ。どーんと泥船――じゃなかった。遊覧船にでも乗ったつもりで安心しなさい!」
フィオナに考えがある……。にわかには信じがたい。
「一応聞いとくよ。考えって?」
「私達がこう……敵の親玉を倒しちゃえば……その……きっと……みんな、ワーッって感じになって、上手くいくんじゃないかな?」
……思った以上に考えてなかった。フィオナ、一々ひどい。
「フィオナ、今回ばかりはちゃんと考えよう。ね?」
場合によっては、サクラにもう一度説教してもらおうか。
そんなことを考えていた俺の前にフィオナが立ち塞がる。
「……どうしたの?」
「それよかさ。さっきのあれ何よ」
さっきのあれ? なんだっけ。
「……サクラとダークエルフのお姉さんが怪しい雰囲気だったこと?」
「違うわよ! それも気になるけど、リョータが私のこと信用してないって話!」
あー、そのことか。
……フィオナ、今までの言動が信頼に値すると思っていたのか。
「えーと、あの場ではそう言う他無いというか」
「全然そんなことないよね? そう思ってるなら、お誘いを普通に断れば良かっただけじゃない!」
うん、そうだね。初めてフィオナに完全論破された。
「えーと、それは……その……」
いかん。これは面倒な話になった。
「フィオナ様、違いますよ」
サロマエルが慈母のような笑みを浮かべ、俺達の間に割って入る。
……ひょっとして仲裁してくれるのか? 頼んだぞ、サロマエル。
「さっきのリョータ様の言葉は、フィオナ様に対する覚悟を示したものなのです」
「――覚悟?」
訝し気に問い返すフィオナ。
「フィオナ様の言うことなら例えどんな嘘でも飲み込んで見せるという気高い決意――――そう、つまり愛の告白なんです!」
「はっ?!」
!? 何言ってるのサロマエル。布団にするぞ。
「え? そういうこと?」
フィオナは途端ににやけ顔になると、俺を指でつついてくる。
「えー、人前でそんな大胆な。まあ、気持ちは分かるけどさー」
「うん、違うよ。違うからね? 俺、ちゃんと否定したからね? サロマエル、ちゃんと公文書に残しておいて」
「ここで照れかー、リョータ照れちゃうかー。いま押せば行けちゃうかもしんないよ? 攻め時かもよ?」
すっかり浮かれて俺にまとわりついてくるフィオナ。これはウザい。
逃げ道を探そうと目を逸らしたその先に――帽子で目元を隠し、杖を握るシノノの姿が。
「リョータさん……今の話、本当なんですか……?」
あれれ、シノノ聞いてなかったのかな。俺さっきからずっと否定してるよね?
……なんだろう。理由は分からないけど何故だか汗が止まらない。
「もちろん違うよ! サロマエルの言ったことは全然違うからね?」
「うんうん、分かる分かる。最初はそうやってごまかしちゃうよねー」
背中にのしかかってくるフィオナ。重いし酒臭いから離れてくれないか。
「いや、ちょっと離れて……」
「うへへ。ときめけー、萌え死ねー」
うんざりしつつフィオナを引きはがそうとしていると、シノノの帽子の鍔が頬に触れる。
「……どっちですか? どっちが嘘を……ついてるんですか?」
「はい?! う、嘘というか、勘違いと言うか――」
「嘘をついているのは――――サロマエル? それともリョータ……さん?」
焦点の合わない瞳で俺を見つめ、カクッと首をかしげるシノノ。
……なにこの怖い二択。
「あの、その、これは誤解で……」
しどろもどろの俺の様子を見て、シノノは何かに納得したように頷いた。
「分かった……サロマエルに悪魔が憑りついたんですね……」
「へ?」
……シノノは、壁のランプを外しているサロマエルにゆらりと向き直る。
「サロマエルから悪魔を追い出さないと……」
「ふえ……? シノノ、悪魔ってなんのこと?」
ただならぬ気配にようやく気付いたのか。サロマエルが無邪気な表情でパチクリ目をしばたかせる。
「悪魔は火炙りにしないと……」
……ゆらり。
シノノがブツブツ呟きながら杖を振り上げる。
「ふえっ!?」
「サロマエル! 逃げてっ!」
俺はシノノを押さえつける。
「リョータさん、どいて! サロマエル燃やせない!」
「燃やしちゃ駄目だって! フィオナも止めてよ!」
「ここか、ここがええのんかー」
ああもう、脇腹をまさぐらないで。
こうなったら、まずはフィオナの動きを止めてから――
と、いきなり俺の髪を掠めて黒い棒が通り過ぎる。
「うわ! 危なっ!」
見れば眼鏡メイドが、床に刺さった火かき棒を揺らしながら引き抜いている。
「お客様――」
メイドは眼鏡越しに冷たい瞳を向けてくる。
火かき棒を振り上げながら。
「――どうぞ、お引き取り下さい」
――――――
屋敷を追い出された。
俺は背中で門の閉まる音を聞ききながら、大きなため息をつく。
「フィオナもシノノも、もうちょい――」
「もう、リョータのせいで追い出されたじゃない」
フィオナが不満げに俺を小突く。
……え、俺のせいだっけ。そうだっけ。
「お茶を飲み損ねたし、もうちょいしたらディナーの時間だったのに」
しかも侯爵邸で夕飯食べて帰るつもりだったのか。
ある意味、フィオナの面の皮の厚さは見習うべきかもしれない。
「――よーし、分かった。俺が悪くて構わないからここを離れよう」
悪いが俺の面の皮はサランラップより薄い。
なんか不機嫌そうに俺の腕にしがみつくシノノを引きずるように歩き出す。
「ねえ、リョータ。あんた、サクラとやけに仲良かったね。知り合い?」
もう片方の腕にフィオナがぶら下がる。
……自分で歩いてよ。
「まあ、同郷だしね? ある意味、知り合いみたいなもんだよ」
「「ふーん……」」
なんか左右からジト目で見られてる。
「それはそうとさ。サクラって軍団の総督とか言ってたけど。そんなに偉いの?」
あからさまな話題逸らしにフィオナが乗ってきた。
「そうね。ある意味、独立国の王様みたいなもんだし。大陸の5分の1くらいはサクラの版図かな」
何故か自慢げに言うフィオナ。
ほう。大陸の五分の一か。五分の一って……大陸の!?
「は?! 滅茶苦茶広いじゃん!」
「大陸ったって、広さはリョータの世界のヨーロッパくらいだし。チンギスハンに比べたら小粒よ?」
比べる相手が大粒過ぎる。
しまった。誘いを受けるべきだったか……?
後悔する俺の前に、踊る蟹のレリーフが現れた。
この看板を見るのはこれで何度目か。
フィオナは俺の腕から離れると、嬉しそうに酒場の扉に手をかけた。
「作戦会議、始めましょうか」
焦げ臭い臭いを撒き散らしつつ、サロマエルが元気よく叫ぶ。
「喜んでーっ!」




