第29話 私もあれから学びました。――ブラウザゲーとかで
サクラは皆に構わず部屋を横切ると、一番奥の豪奢な椅子に腰かける。
「ニルギリ。いいね、この椅子」
「――分かりました。後で運ばせましょう」
赤いローブの人影が、いつの間にかサクラの隣に並んでいる。
鈴のように澄んだ女の声。
ニルギリと呼ばれた女はフードを外す。
切れ長の目、長い耳に褐色の肌。
「ダークエルフ……?」
この間の晩、サクラを迎えに来た人影だ。
エルフより先にダークエルフを見るとか、ソシャゲに使いたい引きの良さだ。
「あの魔術師……怖い」
シノノが俺の背中に隠れる。
張り詰めた緊張感の中、最初に均衡を破ったのはサクラだ。
「侯爵は賢明だよ。領民を守るため、我らの庇護を受けることを選んだ」
サクラは芝居かかった口調で言うと、侯爵に向かって微笑みかける。
こわばった笑みを返したサルヴァレー侯爵は、フィオナと目が合うと怯えたように目を伏せた。
「……サルヴァレー侯爵。これがあなたの選択?」
フィオナの口調は冷たく静まり返っている。
返事もできずに黙る侯爵の姿に、何だか不憫になってくる。
「フィオナ、でもまあ、戦争にならないならそれに越したことは無いよ。魔王軍に降伏したなら、戦闘だけは避けられるんだし」
そう言った途端。
部屋の皆が毒気を抜かれたように俺を見つめる。
……あれ。なんか俺、空気読めない発言でもした?
「……あなた。本当にフィオナに何にも聞かされてないのね」
「え?」
呆れ口調のサクラは、出来の悪い子に言い聞かせるように話し出す。
「我々、騒乱は、第三方面軍――不帰に対抗するためにサルヴァレー領に入ったの。同意を得て、平和的にね」
平和的、か。
サクラの左右を固める魔族とダークエルフは俺達を油断無く睨みつけている。
「魔王軍の三つの軍団は全て敵対しているのよ。お互い、隙を見せれば喰い殺す間柄」
この世界、平和そうに見えたけど、そんな物騒なことになってたんだ。
黙って聞いていたフィオナが、苛々と足を組み替える。
「じゃあ私の標的にあなた達も入るだけよ。リョータが全部叩き潰すわ」
……勝手に俺の敵を増やさないで?
「フィオナ。あなた前回の戦いでどれだけ周りに迷惑をかけたと思ってるの?」
「なに言ってるの。魔王軍を半壊にまで追い詰めたじゃない。やったのは他でもないサクラよ?」
「……あなたの言う通りにひたすらぶっ壊した後の後始末、どれだけ大変だったと思う?」
静かに、しかし怒りのこもった口調。
サクラはゆっくりと立ち上がる
「戦は勝って終わりじゃない。その後をどうやって治めるか。魔物、亜人、故郷を無くした人間……どうやって雨露をしのがせるか、どうやって食べさせるか。私がこの2年間、どれだけ苦労したのか」
サクラは頭を振りながら、自嘲気味に笑って見せる。
「……ま、その『成れの果て』が今なんだけどね」
震える声。
ニルギリが気遣わしげにサクラの肩に手を置いた。
「サクラ様……」
「大丈夫。あとで慰めて」
ニルギリの手を軽く撫でると、サクラは正面からフィオナを睨みつけた。
「フィオナ。今回もただ壊すだけ壊して手を引くつもり?」
「いや、それは……ちゃんと責任とるわよ!」
「出来るの?」
「わ、私も前回の失敗から学んで勉強してるのよ! その―――ブラウザゲーとかで!」
……ひどい。フィオナは口を開かない方がいい。
苦笑いをするサクラの顔に浮かんでいるのは懐かしさなのか。
緊張気味の目元が緩む。
「――既に私の兵が領民の避難と誘導を行っているわ。避難民の受け入れ計画も予定通り進んでいる」
「それはそれは用意周到ね。”自分の領民”になるんだし、当然よね?」
「確かに同じようなものかな。――でも、フィオナ。私達、協力できるんじゃない?」
「協力?」
フィオナは不審げに目を細める。
「知っての通り、第三方面軍、不帰は不死者による軍隊。フィオナの力は是非とも借りたいわ」
「……悪くない話ね」
「じゃあ――」
手を振りながら気怠そうに立ち上がると、サクラを睨みつけるフィオナ。
「奴らとは戦うわ。私たちだけで」
「――え。協力しようよ?」
思わず口を挟む。
「は?! だってサクラたちは魔王軍よ?! 共闘なんてできるわけないじゃない!」
「だってサクラ達、強そうだし。敵は同じなんでしょ?」
……それにあっちの方が言ってることまともだし。
しばらく俺を睨みつけていたフィオナは、根負けしたかのように肩を落とすと、大きくため息をついた。
「サクラ、協力はできない。でも、不帰との戦が終わるまではあんた達とは休戦よ」
「ありがとうフィオナ。私もあなたを敵に回したくないわ」
フィオナは背を向け、部屋を出ていこうとする。
それに続こうとした俺の背中に思いがけずに声が掛けられる。
「ねえ、リョータだっけ。フィオナの相手は大変でしょ。うちに来ない?」
「……え? 俺?」
「サクラ様!」
魔族の男が驚きのあまり声を張り上げる。
サクラは手振りでそれを制すると、俺に向かって一歩踏み出した。
「この世界のことを何も知らされず、ただ戦の駒のように使われる。そこに信頼関係はあるの?」
「えーと、信頼……?」
いやまあ、確かにそんなもの無い気がするが。
「私ならあなたのことを受け入れてあげられるわ。きっと、不安にさせない」
サクラは大胆なほど無防備に、俺達の前に歩み寄る。
俺に手を差し出す。
「――お願い。この手を取って」
「……えーと」
困った俺は頬をかきながら、口をポカンと開いたフィオナに目をやる。
「えーとまあ、悪くない話ではあるし」
あ、なんかフィオナの表情が変わったぞ。
「それに、フィオナは確かに信用できないけど」
「リョータっっ?!」
ん。あれ、思わず本音が出たぞ。
「でも、信用できないことを知っているというか。フィオナがこんな子だってのは分かってるから、いまいち気にならないというか」
掴みかかってくるフィオナをあしらいながら、サクラに向かって言葉を継ぐ。
「腐れ縁だからね。もう少し一緒にやろうと思う。――こら、俺の小指ばっかり狙わないで」
怪我でもすると大変だ。俺は暴れるフィオナを肩に担ぐと、サクラに向かって笑って見せる。
サクラもついに堪え切れなくなったのか。笑いをかみ殺しながら、ひらひらと手を振った。
「――オッケイ、分かった。掻き回してごめんね」
「ああ。こちらこそ、御免」
仲間のところに戻りながら、サクラがぽつりと言い残す。
「――頑張ってね、涼太」




