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第28話 ヤクザじゃん。やっぱりヤクザじゃん。


「侯爵、話があるっ!」


 ズバンと勢い良く扉を開けるフィオナ。

 響く女性の悲鳴を背に、次の扉に向かう。


「お客様、お辞めくださいっ! そこは奥様の部屋――」

「何度も来たことあるから、分かってるのよ! 侯爵、ここかーっ!」


 再び響く悲鳴。


 ……無茶苦茶だ。フィオナはメイド数人を引きずりながら、次々と扉を開けている。 


「ねえ。フィオナは侯爵の居場所分かってるのかな……?」

「多分、知らないと思います」


 サロマエルは廊下に飾られた壺を思案深げに眺めている。


「これもフィオナ様の作戦なんですよ」

「作戦?」

「こうやってそこらじゅう引っ掻き回したら、根負けして誰かが侯爵のところに案内してくれるという深慮遠謀が」


 ヤクザじゃん。


「会えずとも、あわよくば足代がもらえたりする二段構えになっています」


 やっぱりヤクザじゃん。


「この壺、スカートの中に入りますかね?」

「……持って帰っちゃ駄目だよ? あ、ちょっと、そこのあなた!」


 フィオナの背後に近付く眼鏡メイドの手から、火掻き棒を取り上げる


「気持ちは分かるけど、いざとなった俺がやるから――――あー、サロマエル、絵を外しちゃ駄目だって!」


 もう何なんだ。足立区でももうちょい治安がいいぞ。


「お客様! お止めください!」


 騒ぎを聞きつけたのか。取り乱した執事が駆けつけてきた。

 メイドを廊下にばらまきつつ、フィオナが向かい合う。


「私はただ侯爵に会うだけよっ! 早く案内なさい!」

「侯爵様は現在大事な来客中で――」

「はあっ!? 私より大切な客って誰よ! むしろそいつに会わせなさいよ!」


 いやいや、目的を見失ってるって。


 押し問答の中、シノノが執事の背後に音もなく忍び寄る。

 杖でコツンと頭を叩く。


「……あれ、私はこんなところで何を……」


 ポカンと立ち尽くす執事。

 シノノは執事の前に回ると、にこりとほほ笑んだ。


「執事さん。私達、今から侯爵様にお目通りするところです」

「おお、そうでしたな。ではご案内しますぞ」


 執事は笑顔で俺達の案内を始めた。

 唖然とするメイド達に見送られながら。


 シノノが俺にだけ聞こえるようにポツリと呟く。


「シシ……最初から、こうすれば良かったのに。……ね?」


 俺に笑いかけるシノノ。

 ……助かったけど、良くはないよ? そこ大事だからね。




――――――――


 デトロア・サルヴァレー侯爵。

 サロマエルの話によると、港町アリステルを中心としたこの地方を領有する有力貴族で、国内屈指の裕福な貴族とのことだ。

 ちなみに、裕福という点については三回繰り返された。


 案内された執務室は、さっきまで居た応接室よりも更に広い。

 会合や会議も開けるようになっているのか。


 部屋の奥で落ち着かなげに歩き回っている男が侯爵だろう。

 髭を生やして垢抜けた感じの中年男性だ。前に流行ったチョイ悪おやじといったところか。


 侯爵は突然部屋に入ってきた俺達を見ると、驚きのあまり悲鳴を漏らした。

 

「ひっ! フィオナ! ……さん!」


 フィオナは不機嫌を隠そうともせず、挨拶より先に椅子に腰かける。


「久しぶり、サルヴァレー侯爵。三番崩壊の攻防戦以来かしら?」


 顔を青ざめさせた侯爵は、執事を睨みつけると声を荒げた。


「誰が通していいと言った! 酒と食べ物で釘付けにしとけと言っただろうが!」

「も、申し訳ございません! 私も、なぜこうなったのか……」


 フィオナは内輪揉めには興味がないとばかりに手を振ると、冷たく侯爵を睨みつけた、


「侯爵……随分なお出迎えね?」

「あ、いや、フィオナさん。決してそういう意味では。……おい、アルフレド。用意しておいたものを!」


 サルヴァレー侯爵が合図をすると、執事が革袋を乗せたトレーを差し出してくる。


「フィオナ様。今日のところは、これで」


 ……これ、お金だよね。もらうのは流石にまずいんじゃ。

 俺は執事を遮るように前に出る。


「我々はお金をせびりに来たんじゃありません。ね、フィオナ?」

「え? あ、ああそうよ。お金目当てで来たんじゃないわ」


 言いながら手を引っ込めるフィオナ。

 ……こいつ、もらう気だったのか。


 ついでに、お金に向かってフワフワ漂うサロマエルの足を掴んで引き戻す。


「悪いが、今日はあんたの相手をしている時間がないんだ。これから大事な客が来るんだよ!」

「私より大事な客って……誰?」


 黙る侯爵にフィオナは大きくため息をついた。


「いいわ、聞きなさい。ここに魔王軍の第三方面軍――不帰ディマイズが近付いている」


 侯爵は凍り付いたかのように動かない。


「領民の避難と王都への救援を――」

「分かった。分かったから帰ってくれないか。用事が済み次第使いをやるから――」


「――知っていた、という風情ね」


 フィオナは足を組み、侯爵の表情の変化を逃さないとばかりに凝視した。


「王都は動いて無い、教皇庁の動きも無い――じゃあ、その自信の裏付けはどこから来るのかしら――?」

「さあ、フィオナさんがお帰りだ!」

「今から会うお客と言うのも――」


 フィオナは言葉を止める。

 俺は何者かの気配を感じ、背後を振り返る。


 ゆっくりと扉が開き、黒衣に身を包んだ大きな人影がゆらりと部屋に入ってきた。

 人間離れした巨躯に、頭に生えた角。青黒い肌。


 顔立ちこそは人間の青年のようだが、黄色く蠢く瞳は見る者を圧倒する。


「魔族……」


 サロマエルが嫌悪感も露わに吐き捨てる。

 魔族の男は油断なく俺達に目を配りながら、身体をずらして道を開ける。


 大きな身体の陰に居たのは、黒い鎧に身を包んだ少女。

 面白がるような表情を浮かべ、臆することなく足を進める。 

 

「――サクラ。やっぱりあんただったか」


 フィオナは座ったまま、顔だけ向ける。


「久しぶり、フィオナ。シノちゃんもサロちゃんも元気そうね」


 言葉もなく佇む二人に微笑んでから、サクラは俺に視線を送る。


「サクラ、君は――」

「君には初めてお目にかかるかな」

「え?」


 どういうことだ?

 昨日の今日で、もう俺を忘れたなんてことは無いはずだ。


「あの、サクラ――」

「馴れ馴れしく話しかけるな。この方を誰だと思っている」


 魔族の男が、巨躯を俺と彼女の間に割り込ませた。


「え? だって彼女は――」

「この方は魔王軍第二方面軍――騒乱ディスタバンス総帥、サクラ様だ」


 ――総帥?

 裏切ったどころか、大出世してないか?


 フィオナ達に目を向ける。

 苦々し気なフィオナ。シノノは気まずそうに目を逸らす。


 視線を戻すと、サクラは余所行きの笑顔を俺に向けている。



「”初めまして”、少年。――私のことはサクラと呼んでくれ」

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