第27話 このぶぶ漬け美味しいね。お代わりもらえる?
「だから言ってるじゃない! フィオナが来たって言ったら侯爵だろうが王様だろうが顔パスよ顔パス!」
……転生早々厄介事だ。
この地域を治める侯爵の屋敷の前でフィオナがもめている。
俺は溜息をつくと、青空で弧を描く桃色の飛行物体を何とはなしに眺める。
……なんだあれ。
「分かりました。取次させていただきますので、本日は一旦お引き取り下さい」
うんざり顔の眼鏡メイドが門扉を閉めようとすると、フィオナが素早く足を入れる。
「痛い痛い痛いっ! 足挟まってるって! みなさーん! 侯爵様のお屋敷はいたいけな少女に暴力をふるってまーす! 拡散してくださーいっ!」
大声で叫ぶフィオナ。
俺達は一歩また一歩とフィオナから距離を取る。
「……って、ちょっと本当に痛……ちょちょちょっ! あんた本気で閉めてるでしょ! イタタッ! やめなさいって!」
無表情のまま力いっぱい門を閉めようとする眼鏡メイド。
いいぞメイドさん、もっとやれ。
「……あの日、あれから大丈夫だった? フィオナが迷惑かけたんじゃ」
俺はシノノに話しかける。
「へっ?!」
目が合ったシノノは顔を真っ赤に染めると、わたわたと杖を取り落としそうになる。
「さ、さあ! わ、私、あの日の事は全然覚えてなくて!」
「え、そうなの?」
「そ、そう! 蟹ほじってたら、次に気付いたのは朝でしたっ!」
それは覚えてなさ過ぎだ。
「あれあれー、本当に覚えていないんですか? シノちゃん、ずいぶん積極的だったじゃないですか」
パタパタと上空から横槍を入れてくるサロマエル。
「そんなんじゃないって。リョータさんをお世話していただけだよ?」
「えーっ? あーやしーなー」
ニヤニヤ顔でからかうサロマエル。
……ふと、シノノの顔から笑顔が消える。
「サロマエル……あとでちょっと話があるから少し黙ってようか。……ね?」
「よ、喜んで……」
パタパタと引き下がるサロマエル。
……なんだろう、このパーティー内の微妙な力関係。
門に挟まれてもがくフィオナのところに、初老の執事服の男が歩み寄る。
「ミーシャ。入れてやりなさい」
「え、いいんですか。このような――」
ミーシャと言われた眼鏡メイドはフィオナを冷たく見やる。
「――えも言われぬ感じの者をお屋敷に」
メイドさん、言いたい放題だ。全面的に同意ではあるが。
「構わぬ。このような――」
言いかけて、気まずそうに咳払い。
「聖職者の方には礼を尽くすよう旦那様から仰せつかっている。さあ、皆様お入りください」
執事が深々と頭を下げると門が開いた。フィオナが仰向けにすっころぶ。
――皆様、か。
他人のふり、もう少し練習しとこう。
俺はフィオナの後を付いて門をくぐった――
――
サルヴァレー侯爵。
港町アリステルの代表であり、この地域一帯の領主でもある。
交易の中心地を押さえているだけはあり、相当に裕福なのだろう。
屋敷中に豪奢な調度品が並んでいる。
何番目かの応接室に通された俺は、高い天井を感心しながら眺める。
「旦那様は取り込み中でございます。どうぞ、こちらでお待ちください」
執事が合図をすると、メイド達がお茶とお菓子を運んできた。
フィオナは焼き菓子を口に放り込みながら、ソファに深く腰掛ける。
「最初からこうしてればいいのよ。ま、あんたらの不始末は侯爵には黙っといてあげるわ」
お茶を淹れている眼鏡メイドの舌打ちが聞こえた。
「さあ、今朝焼かせたケーキもお持ちしろ」
執事は次々と指示を出すと、フィオナに歩み寄る。
「司祭様」
「ふあ? 私のこと?」
口の周りにカスをつけたフィオナが顔を上げる。
「マイルランドから届いたワインがございます。よろしければご準備いたしますが」
「あら、気が利くわね。ねえサロマエル、折角のお誘い断るわけにはいかないわよね?」
「はい、喜んで!」
部屋を物色していたサロマエルが笑顔で飛んでくる。
……今、何か隠さなかったか?
「ねえ、フィオナ。侯爵と大事な話があるんじゃなかったっけ?」
「やーね。侯爵ともなればアポが詰まってるのよ。待つのも強者の余裕ってやつよ」
……こいつ、お菓子と酒で簡単に篭絡されたぞ。
まあ、騒ぎを起こされるよりよっぽどましだが。
「リョータさん、お菓子美味しいですよ」
「そうだね、俺も頂くよ」
まあ、焦っても仕方ない。
俺はシノノに薦められた焼き菓子を齧った―――火が通っていることを念入りに確認してから。
――――
――――――
「……つまり、相手を限界まで追い込んでから優しくすればいいのよ。タイミングなのよねー」
「はい、フィオナ様の言う通りです~」
……こいつら何の話してるんだ。
――あれから2時間は経っただろうか。転がる空き瓶は4本を超えた。
フィオナとサロマエルはソファに寝転がりながらチーズを齧っている。
「ねえ、フィオナ。さすがに遅くないかな? 俺、聞いてこようか」
「きっとディナーの準備中よ。リョータ、苦手な食べ物あるんなら、早めに言っておきなさいよ」
こいつ、夜まで居座るつもりか。
シノノもウトウトしながら舟を漕いでいる。
折角だし俺もひと眠りしようかな。
目を瞑ろうとしたその矢先、フィオナとサロマエルが勢いよく起き上がる。
「フィオナ様」
「……ん。サロマエルも気付いた?」
フィオナはチーズとマドレーヌをまとめて口に放り込むと、冷えた紅茶で流し込む。
「え? 何かあったの?」
フィオナはそれには答えず、ワイン染みのできた神官服をパタパタはたきながら立ち上がる。
「なにかあったんですか……?」
目をこすりながらシノノが欠伸を噛み殺す。
「みんな起きて。事態は思ったより深刻よ。今すぐ侯爵のところに行くわ!」
「はい、フィオナ様!」
勢いよく応えたサロマエルの服の下から、銀の燭台がごとりと落ちる。
「――あ」
皆の視線が集まる中、サロマエルは目を逸らしつつ足で燭台をテーブルの下に隠そうとする。
――憎むのは人ではなく、罪である。
そんな言葉を思い出しつつ、俺は燭台を拾い上げる。
「……サロマエル。元の場所に戻しとこうね」
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