第26話 そんなことやってるから彼氏がいないんだと思います
「これ、危ないからとっちゃうね――」
シノノは腰の剣帯をするりと外すと、ベッド脇に放り投げる。
「ここもきついでしょ? 外しちゃうよ」
……なにこの手際の良さ。
きっとあれかな。介護の経験とかあるのかな。
「ついでにここも外しちゃおっか……」
「え、あの……」
シノノの指がわき腹をなぞる。
俺は慣れない展開に固まるばかりだ。
「シ、シノノ……さっきからなにをしてるのかな……?」
「鎧……外すんでしょ?」
「え、うん。そうだね」
だよね。鎧を外すんだよね。
……あれ、俺がおかしい?
なすがままにされていると、勢いよく扉が開いた。
「こーこーかーっ!」
威勢のいい声とは裏腹。
現れたフィオナは杖にしがみつきながら、青い顔でようやく立っている。
「あ、あんたらっ! 二人でこそこそ何やってんのよっ!」
「え、いやいや、誤解だ! 何にもしてないって! 」
慌ててベッドから飛び降りる。
まずい、こんなところを見られたら言い訳が――
――いや。それよりも断然気がかりなことがある。
フィオナの杖の先。何故か回転灯のように回りながら光っているのだ。
「……その杖のグルグル、なんなの?」
「私の開発したオリジナル魔法よ。近くにいい感じになりそうなカップルがいると、こうやって警告を発してくれるの」
「……何のためにそんな魔法を」
「私を差し置いて幸せになろうとか許せないでしょ! 私がどれだけのカップルの成立を阻止してきたと思ってるの?」
そんなことやってるから彼氏がいないんじゃないだろうか。
「分かったからそれ消して。眩しいから」
「うん」
本人も眩しかったらしい。フィオナはあっさりと回転灯を消した。
「そんなことよりシノノ! い、一体、リョータと、なっ、何を!」
フィオナはひどくキョドリながらシノノにかみついた。
軽く笑って、裾から覗く白い足をベッドから降ろすシノノ。
「どうって……。リョータさんの鎧を外すのを手伝っていただけですよ?」
「と、とてもそんな風には!」
「じゃあ、フィオナさんも一緒に……します?」
「へ?」
フィオナは顔を青赤く染めると、金魚みたいに口をパクパクさせる。
「いや、あの、物事には順序が……まずは服の上からとか」
……フィオナ、やたら服の上からにこだわるな。
「鎧を外すお手伝いですよ。フィオナさん、何の話をしてるんですか?」
「え? あの、その……」
フィオナの顔の色がいよいよ怪しくなった。フィオナはグラリとよろめくと、口を押えながら部屋を出ていく。
「……ちょっ、私、トイレ……」
静かにそれを見守っていたシノノは、机の帽子を手に取ると埃を払う。
「邪魔が入っちゃったかな……」
「え……邪魔? 鎧を外してくれてたんじゃ……」
シノノは答える代わりにほほ笑むと、帽子をかぶる。
「私、あっちの部屋で寝ますね」
「フィオナと一緒で大丈夫なの?」
「相変わらず彼女のことは苦手ですけど」
苦笑いをしながら帽子の鍔を大きく跳ね上げる。
「……あっちの方はまだ『お子様』みたいだから、平気です」
「そ、そう……」
何なんだ一体。
もしフィオナが来なかったら今頃――?
ん、なんかシノノが俺の顔をじっと見つめている。
「な、なに?」
シノノは不意打ちに俺の頬にキスをする。
「っ!!」
「シシシッ……リョータさん、おやすみ」
さすがに照れたのか。顔を伏せながら部屋を出ていくシノノ。
出る直前、一度だけ振り向く。
「……もし寂しかったら、鍵を開けておいてくださいね」
閉じた扉の前で俺は呆然と立ち尽くす。
――――そして、俺は念入りに鍵をかけた。
――――――
目を覚ました俺は白い謎空間にいることに気付いた。
フィオナが送り返してくれたのか。
……それにしてもよく寝た。
さすがの俺も疲れて、宿のベッドですぐに寝付いたほどだ。
今回の転生は色々あったな。
サクラとの再会。
そして――――他はまあ、全部酔っ払いがらみだ。今更、悪霊に襲われたとか、ちょっとネタとしては弱いな。
俺は二度寝をしようと寝返りを打つ。
ふと、転生する前に仕掛けた「あれ」を思い出した。
「あれ、どうなったかな」
俺は少し歩いて、ほわほわの小山の裏を覗き込む。
そこに豆苗の種を仕掛けたのだ。
豆苗。
要はカイワレ大根の親玉みたいな野菜だ。
豆を水を吸わせたスポンジに乗せておくだけで良いし、白いほわほわが苗床にピッタリだと思っていたが。
「当たりだな……」
豆苗は10cmくらいの長さまで伸びている。
色といい、茎の太さといい申し分ない。
「ねえ、これってどうやって食べるの?」
「ごま油で炒めたり鍋に入れたりがメジャーかな。お勧めはサラダで、これが意外と――」
フィオナがひょっこりと顔を出してくる。
あー、俺の秘密基地。早くも秘密じゃ無くなった。
「へー、生で食べれるんだ」
断りもなく手を伸ばすと、もしゃもしゃ食べ始める
「うわ。この種、硬っ!」
「あーもう、種は食べないで。もう一回くらい収穫できるからさ」
しかも口から出した種を俺に手渡さないでくれ。
「結構、癖になるわね。うまいうまい」
「それにもうちょい伸びるから、それまで待ってよ」
伸びきるまでに食べつくされそうな勢いだ。
俺はフィオナの手からガードしつつ、ペットボトルの水をかける。
「そーいや、リョータ。これ、どうしたのよ」
「……えーと」
バレた。
目を逸らす俺に、フィオナがグイグイと顔を寄せてくる。
「私のカードで勝手に買ったね?」
「……えーと、どうだったかな」
フィオナの顔が至近距離に迫る。
「買ったね?」
「……はい」
ヤクザに弱みを握られた気分だ。骨の髄までしゃぶられるに違いない。
自分の将来に絶望していると、フィオナはパクパクと豆苗を食べ始めた。
「仕方ないなあ。給料から天引きしとくからね」
「え? 給料出るの?」
「まあ、パート扱いだから安めだけどね」
それは助かる。
「だから食べないで」
「まだお金を受け取ってないからね。それまでは私のものよ」
微妙に反論できない。
「よく見たらジャージも新調してるじゃない」
バレた。今度は本物のPUMAにしたんだが。
「ねえ、今度私にも貸してよ。ジャージって結構楽でいいんだよね」
「いいけど、今日は二日酔いじゃないんだ。意外だね」
「あれからもう一日たってるよ。リョータ、どんだけ寝てたの?」
え、そんなに寝てたのか。
「さて、次から忙しくなるよ」
「ん? またどこか他の街に行くのかい?」
「行かないよ。あの街でやることができた」
なんだろう。蟹の次は海老のシーズンでも始まるのか。
「魔王軍との戦だよ。あの街が狙われている」
「え。あの街が?」
ふと、別れ際のサクラを思い出す。
……サクラと会ったことを言うべきか。
迷う俺に気付かず、フィオナは言葉を続ける。
「ずっと動きの無かった魔王軍の第三方面軍――不帰」
フィオナは興奮を抑えきれないように目を輝かせた。
「数年ぶりに動き出したわ。大攻勢が始まる」
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