第24話 その服はダサいって誰かが言ってあげるべきだった
――あの時の少女に間違いない。
適当にくくったボサボサ髪の眼鏡姿とは別人のようだ。
艶のある髪は風に揺らぎ、顔には目ヤニもついていない。
……なにより、ちゃんとした服を着ている。
「えっと、君……この間会ったよね?」
俺の言葉に少女はスカートの裾を揺らしながら向き直る。
「そういうあなたは、誰?」
少女は俺を正面から見つめる。
どこか面白がるような表情に一瞬気圧される。
「えっと……俺は妻夫木涼太。君とはフィオナの世界で会ったことが――――」
「妻夫木君っていうのか。まさかここで日本人に会えるなんてね。よろしく」
俺は差し出された手を凝視する
――なにも付いてないな。
ためらいながらも少女の手を握った。
「こちらこそよろしく――」
言い終わるが早いか。
少女は俺の手を引っ張ると、息がかかるほどに顔を近付けてきた。
「――サクラ」
「え?」
「サクラ。私の名前」
パッと手を離すと、嬉しそうに笑顔を見せた。
先代の転生者、サクラ。
半ば予想をしていたがやはりそうか。
「サクラ……さん。そういえば苗字はなんて言うの?」
「苗字?」
サクラはそれには答えずに屋台の店先を覗き込む。
果物のようだ。丸い塊を手に取ると俺に一つ放ってきた。
「――そういや、そんなのあったね。こっちの世界じゃ名乗らないから忘れてたよ」
サクラは笑いながら果物に齧りつく。
「ただサクラとだけ呼んで。もちろん呼び捨てで」
「……じゃあ、俺も涼太で。呼び捨てで構わない」
俺も笑顔を見せながら、手の中の果物を軽く放る。
サクラはそれを受け止め……笑顔のまま固まった。
「……あれ? なんで涼太投げ返したの?!」
「え、だって屋台の食べ物ってなんか衛生的にちょっと。しかも異世界だし」
しまった。今の流れなら自然だと思ったのに。
「気にしすぎだって。私、おなか壊したりしたことないよ?」
「いやいや、絶対おなか壊すって。ちゃんと火を通したもの食べないと」
俺のおじさんも昔、食あたりで入院して大変だったんだぞ。
サクラは腰に手を当て、やれやれとばかりに首を振る。
「あー、やっぱ涼太もフィオナに選ばれただけあるな……」
「……それってブーメラン突き刺さってるよ?」
そういえば。
日本人懐かしさで普通に話しているけど、サクラはフィオナ達を裏切ったんだよな。
俺は思わず背筋を伸ばす。
「サクラ、今日はフィオナに会いに来たのかい?」
「ん? いや、偶然だよ。私も驚いてる」
サクラは俺の背中を軽く叩いて促すと、滑るような足取りで歩き出す。
「少し、歩いて話そうよ。ここからは人に聞かれない方がいい」
――――秘事――耳打――緞帳
サクラは低く呟いて、指をパチンと鳴らす。
途端、周りの喧騒が囁きほどに静かになる。
「周りにも草がそよぐくらいにしか聞こえないから」
「サクラ、魔法使えるんだ」
右手だけに付けた銀刺繍入りの指出し手袋。
それが杖替わりのようだ。
……てっきり厨二病的な装備かと思ってたぞ。
「涼太、魔法は?」
「いや、使えない。って、俺にも使えるの?」
いいな。魔法が使えれば宙に浮いて寝たり、手が触れるところを除菌したりできるかな。
「適正があればね。フィオナには何も聞いてない?」
「フィオナからは世界の創成記くらいしか……」
「まさか、あれ最後まで聞いたの? 凄いね」
「え、聞かなくても良かったの?」
早く言ってよ。
そういえばフィオナにはこの世界の話とか、何も聞いてない。まともな情報がもらえる気がしないというのが理由だが。
先輩であるサクラからは役に立つ情報が聞けそうだ。
裏切りの話は後で聞くとして、まずはジャブから始めよう。
「サクラも時短の転生なのかい?」
「時短……? なにそれ」
「フィオナの世界で会ったから、そうだと思って。じゃあサクラはフルタイムの転生なのか。あの日は休日だったの?」
サクラは訳が分からないという顔をする。
「……涼太、何言ってるの? 転生にパートも正社員もないでしょ」
「だって俺、週4の1日6時間の転生だよ」
「週4?! そんなことできるの?!」
「交渉次第じゃないかな。これからの時代、搾取されないように自分の身は自分で守らないと」
口を半開きにしたサクラは、「えー」とか「マジで」とかブツブツ呟くと、言葉を選び選び話し出す。
「あー、あそこの部屋って神の世界だから……私達がそこにいるときは魂なのよ」
「俺、魂だったの?」
「で、転生で新たな身体を与えられて、ここにいるってわけ」
サクラが俺の頭をポンポンと叩く。
「でもこないだ、サクラもあそこの部屋いなかったっけ?」
「だから行くのは幽体だけ。週末とか、疲れたらあそこでくつろいでるの。大抵、食べかけのお菓子とかあるし」
なるほど、漫喫みたいなものか。
「じゃあ君、ここに来るたびに身体を生成して、戻るたびに身体を分解してるのか」
「え、俺そんな怖いことになってたんだ」
……それに何気に重要なことを聞いたぞ。
サクラ、ちょくちょくあそこに来てるってことは、実はフィオナとそんなに仲は悪くない?
うまく取り持ては、ようやくまともそうな仲間がパーティーに――
俺はひとつ咳ばらい。
「あの、サクラ。せっかくだし、フィオナ達のいる酒場に来ないかい?」
「……あれ、フィオナ、私のことを何も話してないの?」
サクラは少し困ったような顔をする。
「裏切ったとか聞いていたけど」
「ああ。まあ、そうと言えば言えるかな」
「喧嘩してるのなら、俺が間に――」
「フィオナと喧嘩……」
突然、凄みのある笑みを浮かべるサクラ。
「――多分、今の私ならいける」
……いけるって、どこいっちゃうんだ。
「えーと、会うのが気まずいならまた今度に」
ややこしいことになりそうだし、仲直り大作戦は中止だ。
昔から諦めだけはいいって褒められてきたし。
「それよりこの街って蟹が名物だって――」
「そんなことより」
俺のユニークスキル『世間話』をあっさりキャンセルすると、サクラは俺の肩に手を置いた。
「……リョータ、あなたがいればいけるわ」
この人、さっきからやたらどこかに行こうとする。
「いけるって、なにが?」
サクラは口元に笑顔を残したまま、真剣な目で俺を見た。
「フィオナの奴を、この世界から消してやりましょ――」
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