第23話 本日の鳥枠
……フィオナの酒癖、思った以上に悪かった。
こないだ謎空間でやらかした時も、今日に比べれば随分ましだったな。
よくよく考えれば、素面の時も同じくらいヤバいんだし。
魔法で皿を片付けながら、シノノが感心したように俺を見る。
「リョータさんって凄いですね」
「え? なにが」
「フィオナさん、いつもはもっと暴れるのに。今日は全然大人しかったから」
……えー、マジか。
あれ以上ってもう討伐案件じゃないか。冒険者ギルドに依頼書が出るぞ。
「そういえばフィオナどこ行った? どこかで迷惑かけてない?」
「えーと、あそこで今夜泊まる部屋の話をしているみたいです」
おや、見ればカウンターで何か話をしてる。
絡んだりしてないだろうな。不安になって後ろから覗き込む。
「――そうそう3人部屋で。お湯は何時まで?」
良かった。思ったよりちゃんとしてるぞ。
3人部屋ってことは、フィオナとシノノ、サロマエルか。
じゃあ、俺はそろそろお役御免かな。
「フィオナ、俺はそろそろ帰る時間だよね?」
「えー?」
フィオナが酔いの回った目で俺を振り返る。
――まずい。全然ちゃんとしてなさそうだ。
「何言ってんのよ。今日はリョータも泊まりなさいよ」
「いやでも、俺の泊まる部屋ないでしょ? 帰るから送り返してくれないかな」
……お願いだ。俺は静かに眠りたい。
「3人部屋取ったのよ。私とシノノ、それにリョータで3人じゃない」
「え? サロマエルは」
「彼女はほら、鳥枠だから。木の枝とか、馬小屋でいいのよ」
鳥枠。そんな悲しい枠があるのか。
「いやいや、女の子と同じ部屋とかマズいでしょ。送り返してくれて構わないから」
と、上着の裾を引っ張るシノノ。
「ちょ、ちょっとリョータさん」
「え、どうしたの?」
帽子でフィオナの視線から隠しつつ、耳元で囁くシノノ。
「あの……帰るって、フィオナさんに送り返してもらうんですか?」
「ああ、そのつもりだけど」
「フィオナさんが酔っぱらった時って、転移魔法をよく失敗するんです」
「……失敗?」
失敗って……しかも、よくするの?
「ええ。昔、サクラが壁の中に半分埋まって――」
「大丈夫だったの、それ」
どう考えても大丈夫な要素が無いぞ。
「――命に別状は有りませんでした。はい。それだけでも良かったと思わないと……」
視線を逸らすシノノ。なんだその思わせぶり。
「うん、そうなんだ。で、何かあったの?」
「……生きていてくれた。それだけでいいと思いませんか?」
シノノは自分を納得させるように頷く。
……これ以上踏み込んではいけない気がする。
「なによ、二人でこそこそと」
フィオナがジト目で睨んでくる。
「フィオナ、泊まるのも仕方ないけどさ。やっぱり、部屋は別にしない?」
「男のくせに細かいわね。じゃあ、二人部屋と一人部屋で――」
「フィオナさんと……二人部屋?」
シノノの足が震えだす。
……しまった。シノノ、フィオナと二人きりだとエラーが起こる系だっけ。
「え、えと、そうだね、じゃあ。一人部屋を三つ……」
「だーっ! 我儘もいい加減にしなさい! 一人部屋、一つしか空いてないのよ!」
「でも、俺とシノノが同じ部屋で寝るわけにはいかないでしょ?」
「私とシノノが同じ部屋でいいじゃない」
それじゃあ元も子もない。
何か良い言い訳は無いか。
「シノノが最近……えーと、歯ぎしりがひどくて、」
俺の適当な嘘に、目を丸くして驚くシノノ。
「……リョータさん、なんで知ってるんですか?」
「え、そうなの?」
「なんか、ストレスが原因らしくて。ここ一年、ずっと治まってたんですけど……この数日、何故か急にまた」
……原因はなんとなく分かるけど。
「やっぱりリョータさん……私のこと、分かってくれてるんですね」
何故か嬉しそうに俺を見つめてくるシノノ。
……いやいや、単なる口から出まかせだよ?
その光景を見ていたフィオナが、俺とシノノの間にグイッと割り込んでくる。
「あーもう面倒ね。じゃあ私とリョータが同じ部屋ならいいでしょ?」
え? それはまずくないか。
いくらフィオナといえども、同じ部屋で一晩過ごすなんて――
……今更だな。
「んーまあ、フィオナとなら間違いを起こす危険はないけど」
「え。いやいや、どういう意味よ。起こしまくりなさいよ! こんな美少女目の前にして」
「あーうん。そうだね。フィオナは可愛いよ? じゃあそういうことで。俺達、ご飯の途中だから」
適当にあしらってその場を去ろうとすると、俺の前にシノノが立ち塞がる。
「どうしたの?」
「……私、フィオナさんと同じ部屋で寝ます」
真っ青な顔をしながら、そんなことを言い出すシノノ。
「えっ?! 大丈夫なの?」
「だっ、大丈夫です! フィオナさんとわたしっ、仲良し、です!」
ギギギギ……
なんか早くも歯ぎしりが始まった。
「えー、だって歯ぎしりするんでしょ? やーよ、眠れないじゃない」
「一晩中起きてます! もしくは歯を全部抜きます!」
シノノ、怖いこと言わないで。
「まあそれならいいけどさー。あ、ドワーフ火酒飲む?」
フィオナは椅子に座ると、酒瓶をドカリと置いた。
「頂きます! 仲良し、ですから!」
シノノも挑戦的な表情で向かいに座る。
「喜んでーっ! 私も頂きます!」
復活した本日の鳥枠がテーブルの下からひょっこり顔を出す。
――第二ラウンド開始。俺はこっそり外に出た。
――――頬に海からの夜風を感じながら、俺は通りを歩いていた。
……やれやれ。今度の転生も疲れることばっかりだ。
女性陣の人間関係の調整とか、勇者の仕事じゃない気がする。
物思いにふけっていた俺は、通りの賑やかさに今更気付いた。
陽はすっかり暮れたにも関わらず、人通りは昼より却って多いくらいだ。酒飲みにとっては、まだまだ宵の口というとこか。
華やかな呼び込みの女性の間をすり抜けながら、通りの交差する広場に出る。
屋台が並び、星空の下、酒を酌み交わす者であふれている。
どういう仕組みなのか、上空を漂う丸い提灯を眺めながら歩いていると、足元をくすぐるように通り過ぎる何かの気配に気付いた。
キラキラと透けて見え隠れするのは、羽の生えた小さな妖精。酔客のテーブルから失敬した食べ物の取り合いっこをしているようだ。
……なんかようやく異世界探訪っぽくなってきた。
まあ、たまにならこんなのも悪くない。
その時、すれ違った一人の女性に俺は一瞬気を取られた。
長い黒髪の少女だ。
「……?」
颯爽と歩く綺麗な娘だが、気になったのはそのせいではない。
いるはずもない場所で知り合いを見かけたような、妙な違和感だ。
なんだろう、この違和感と既視感との奇妙な取り合わせ。
「日本人――?」
思わず口から出た言葉に、すれ違った少女が立ち止まる。
警戒心もあらわに俺を見る。
相手を射すくめるようなその瞳には、確かに見覚えがある。
そう、確か――
「――あの、ダサいトレーナーの!」
「ダサくないっ!」
反射的に突っ込み返してきた少女。
「君は――!」
間違いない。白い謎空間に現れた黒髪の女だ――
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