第22話 上手に剥がすとペリペリって綺麗にはがれるんですよ、ペリペリって
俺は影に向かって踏み込んだ。
低い姿勢から突き込むように振るった剣先は影を切り裂く。
黒い影は一瞬、抵抗するかのようにその場で震えて、サアッと風に吹かれたように消えた。
あまりのあっけなさに拍子抜けをしつつ、俺は構えを崩さずシノノを振り返る。
「シノノ!」
杖を構えて立つシノノの後ろ、黒い影が大きく立ち上がっている。
俺はシノノの手を掴んで力任せに身体を入れ替えると、後ろに飛びずさりつつ剣を払う。
感触は無い。しかし確かな手応えを感じる。
二つ目の影も溶けるように霧散した。
……しばし、構えたままあたりを見回す。
気配はない。
俺は、ほっと息を吐きながら剣を収める。
これだけの接触で、柄が氷のように冷たくなっている。
「怪我はない? シノノ」
へたり込むシシノに手を差し出す。
「凄い……。上級種をたった一撃で……」
ぼんやりとした表情で俺の手を取るシノノ。
「大丈夫ならここから離れようか。またあんなのが出ると危ないし」
「あ、はい」
まだ、ぼおっとした顔のシノノの手を引き、花畑から離れる。
……実のところ、俺も半分夢の中みたいで現実味が湧いてこない。
死霊と戦い、一撃でそれを退けたなどと、少し前までの生活とは一変し過ぎだ。ホヤのように生きるんじゃなかったのか。
ふと、掌に感じるシノノの華奢な指に気付く。
「あ、ごめん――」
手を離そうとすると、シノノがそのまま手を握ってくる。
「シノノ?」
「暗くてはぐれるといけませんから」
「……あー、そうだよね。暗いしね」
我ながら、なんだその返事。もうちょい気の利いたことが言えないのか。
……まあ、女の子と手を繋いだなんて幼稚園の頃以来だしな。夕子ちゃん、元気かな。
他人に触られるのが苦手……な自分ではあるが、シノノの手はそんなに嫌な感じはしない。
誰かと違って汗でべたべたしてないし。
「リョータさんの肌、サガリ白樺の手触りにそっくりで、とても気持ちいいです」
ポツリと言うなり、シノノは細い指を絡ませてきた。
「っ!?」
――え、なにこれ。これっていわゆる恋人繋ぎだよね。
いいの? 結婚? 結婚なの?
「サ、サガリ白樺?」
思わず声が裏返る。俺、かっこ悪い。
「サウラナ地方原産の針葉樹で、幹がスベスベしてとても手触りがいいんです」
シノノはほんのり上気した顔で俺を見上げる。
「少しばかり樹皮を頂いて、鞄を作ったりするんですよ。樹皮の模様がとても綺麗で」
「へーえ、樹皮を剥がすんだ」
何だろう。シノノの視線を俺の手の甲に感じる。
「……ホント、リョータさんの肌って、サガリ白樺にそっくり……」
「……」
「上手に剥がすとペリペリって綺麗にはがれるんですよ、ペリペリって。剥がした痕も、とっても綺麗なんです……」
ウットリと俺の手を眺めるシノノ。
……さりげに手を離そうとするが、シノノはすかさず俺の指を握り込む。
「……でも昔、後先考えずに樹皮をどんどん剥がして、枯らして回る闇商人がいたんです」
「こっちの世界にもそんなのがいるんだ。それでどうなったの?」
なんか次の話に行けそうだ。俺は興味を持ったフリで尋ねる。
シノノはすぐには答えず、木の枝越しの夜空を見上げた。
「――闇商人達。今頃は、サガリ白樺の気持ちがよーく分かってる頃だと思います」
「……そうなんだ……木の気持ちが……」
――あれ。シノノ、結構握力が強いな。絡めた指を離してくれないぞ。
俺は不思議な緊張感に包まれながら歩みを進める。
……死霊と戦っている時より、今の方が寒気がするのは何故だろう。
「もう、着いちゃいましたね」
シノノの言葉に顔を上げると、道の先、通りからの灯りと喧騒が飛び込んできた。
……正直ほっとした。
俺はシノノの手を引っ張り、通りに出る。
「シノノ……手はもう離してもいいんじゃないかな?」
「人がいっぱいいるから、迷子になっちゃうよ。もうちょい繋いどこっ」
なんか急に甘えたさんになったシノノに困惑しつつ、酒場にたどり着く。
扉に手を伸ばそうとすると、シノノがグイと手を引いた。
「ね、もうちょっと歩きませんか?」
「えーと。そうしたいけど、二人が心配するんじゃないかな? 魔物が出たことも言っておかないと」
「そうですけど、もう少し」
不貞腐れたように頬を膨らせるシノノを宥めつ、繋いだ手を離す。
……多少うっとおしいが、フィオナと言えど命までは取りはしまい。
扉を開けようと手を伸ばすと、酒場の中から雄叫びが聞こえる。
『私に挑もうなんて400年早いわーっ!』
『さすがフィオナさん!』
『フィオナ姐さーんっ!』
……歓声と拍手。
軽く眩暈を覚えながら扉を開けると、何故か酒瓶を抱えたフィオナが胴上げされている所だった。
――何があった。
床に累々と横たわる酒瓶と男達の姿を見ると、とにかく何かに勝ったことは間違いない。
「やっぱりもう少し外を――」
言いかけた俺の頭上から、白い影が振ってきた。
「どーこ、行ってたんですかーっ!」
すっかり出来上がったサロマエルが、俺達二人の間に降ってきた。
両腕を二人の肩に回してくる。
「あー、それがちょっと面倒なことが――」
死霊のことを説明しようとした矢先、シノノが笑顔で杖を構える。
「サロマエル。ちょっとリョータさんに近くないかな……?」
「わーっ! ちょっと待った待った! 魔法、無闇に使わない!」
もみ合う俺達を見て、サロマエルが眠そうな目をパチパチさせる。
「あれ? あれれ? ひょっとして、リョータ様とシノちゃんって……そうなんですか?!」
言われた途端、シノノは赤らめた頬に手を当てる。
「あれれ。そう見えちゃうかな? なんか照れるなー」
照れないで。ちゃんと否定して。
「そういうんじゃ――あーっ! フィオナ!」
テーブルの上に載っていたフィオナが床に落ちる。
勢いでひっくり返ったテーブルがフィオナを直撃。
「フィオナ様! すぐ行きます!」
助けようと飛び上がったサロマエルが、シャンデリアに当たってフィオナの上に落下する。いい追撃だ。
――目の前に広がる軽い地獄絵図。あ、なんかサロマエルの翼に火が点いてる。
なんなんだ、どいつもこいつも。
俺はただ静かに暮らしたいだけなのに――
溜息を堪え、俺は人込みをかき分けて二人の救出に向かった。
※バナー下に『小説家になろう 勝手にランキング』様のランキングタグを設置致しました。応援していただけると、励みになります!




