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第20話 シャッキリポンと舌の上で蟹が踊っているわ

「かんぱーいっ!」


 フィオナの乾杯の号令が響く。

 ジョッキが乱暴に打ち付けられ、酒とお茶の雫が舞った。


「サロマエル! 今日はとことんやるわよっ!」


「はい、喜んでーっ!」


 日暮れと同時、サロマエルが手配した蟹パーティーの始まりである。


 今日、何も働いてないよな……。

 俺は複雑な思いでお茶を啜る。


「この街、蟹が名物なんです。サロマエルが手配してくれて」


 ……なるほど。フィオナがこの街に来たがった理由が良く分かった。

 んー、でも手が汚れるから俺はいいかな。


 俺は付け合わせの野菜をもしゃもしゃ食べる。

 チンゲン菜に似た野菜は、多少えぐみが強いがなかなか旨い。 


 ケモ耳カチューシャを頭に付けて蟹と酒を貪る天界二人組と対照的、シノノは鼻歌交じりに蟹をほじっている。


「はい、リョータさん。蟹の身、出しておきましたから」


 横から蟹身の詰まれた皿が差し出される。


「あれ。これ、俺の?」


「はい。どんどん食べてください。私、蟹ほじるの得意なんです」


 小さくガッツポーズをして見せる。

 あざと可愛いな……この。ちょっと怖いけど。

 

「リョータ、食べてるーっ?」


 フィオナがガタガタと椅子を寄せてくる。

 あんまり近寄らないで。酒臭いし。


「食べてるって。そして近いって」


「やっぱ旅行には蟹よね、蟹」

 

 フィオナ、旅行って言っちゃった。やっぱ仕事じゃなかったんだ。


「親睦を深めるのも仕事のうちよ? サロマエル! リョータの分もお酒ちょうだい!」


「はい、喜んでーっ!」


 サロマエル、なんか酒場だとしっくりくるな。

 ここで働けばいいのに。


「俺、未成年だからお茶でいいよ」


「えー、私の酒が飲めないっての?」


「うん。未成年だし」


 フィオナが太腿をコツコツ突いてくるので、足で椅子ごと遠ざける。

 ……予想通りフィオナの奴、面倒な酒飲みだ。


 シノノが不思議そうに俺達を見つめている。


「どうしたの、シノノ?」

「あの、二人ってそんなに仲良かったですっけ……?」

「全然。全然仲良くないよ」


 そこは大事だ。誤解のないようにしておかないと。


「なによ、一夜を過ごした仲じゃない」

「フィオナが帰らなかっただけじゃん」


 パキン。

 蟹爪の割れる音。シノノは指先をハンカチで拭う。


「……へえ。ずいぶんと仲良くなったみたいで……」


 フィオナは得意げに胸を逸らす。


「まあねー。悲恋を経験して大人になった私の姿に、リョータもメロメロってことよ」

 

 フィオナは芽キャベツに似た丸い野菜を突き刺すと、そのまま俺にフォークを付き出した。

 

「私、野菜キラーイ。リョータ、これ食べて」


 どこが大人だ。

 それにそのフォーク使用済でしょ。あーもう、口に入れようとしないで。


「じゃあ、俺の皿に入れといて。後で食べるから」


 これだから酔っ払いは……。


 俺が皿を差し出した刹那。

 丸野菜が青い炎に包まれ、一瞬の内に消し炭になった。


「っ!?」


 見れば、杖を構えたシノノが笑顔で俺達を見つめている。


「リョータさんのお世話は私がしますから」


 どさり。蟹のむき身が皿に置かれる。


「フィオナさんはどうぞ気にしないで。ゆっくり食べてくださいね」

「……あら、親切ね。ありがとう、シノノ」


 ……なんだこれ。なにが起きてるんだ。

 俺は居心地悪く、睨み合う二人の乙女たちを見回す。


「えーと、二人とも仲良く――」


「フィオナ様! 二杯目行きますよーっ! 今日は私の方がペース早いですね!」


 蟹を殻ごとぼりぼり食べながら、サロマエルがジョッキを突き出してきた。

 サロマエルの煽りにフィオナは即座に標的を変えた。


「はあっ?! 言ってなさい、これからよこれから!」


 甲羅から蟹味噌をズルズル啜りつつ、お代わりを受け取るフィオナ。

 フィオナの奴、鳥頭で助かった……。


「はい、どんどん食べてください」

「あ、うん。まだあるから」


 皿の上に山積みになっていく蟹の身。

 この、コントロールが効かない感、異世界人の特徴なのか。


「……迷惑でした?」

「え、そんなことは。ほら、シノノも食べようよ。美味しいよ?」

「ありがとう。リョータさん、優しいですね」


 そうかな……何も優しいことなんてしてないが。


「そういえば。こんな時、クリスタって何してるのかな」


 話題を変えようとそんなことを言ってみる。


「あ、忘れてた。クリスタのご飯も用意しないと」


 シノノは蟹や野菜を取り分けると、皿を持って立ち上がった。


「窓の外に置いておくと、いつの間にか無くなっているんです」


 へえ、そんなルールなんだ。

 飲み比べを始めた堕天二人組を横目、俺も着いていく。


 外に出たシノノは建物の陰に皿を置くと、指笛をピュウっと鳴らした。


「こちらの姿が見えると出てこないから」


 ほとんど慣れかけの野生動物だ。

 まあ、餌付けの仕方を俺も覚えておいて損はない。


「じゃあ、戻ろうか」

「あ、ちょっと待って」


 酒場に戻ろうとした俺の腕をシノノが指先で掴んでくる。


「シノノ?」

「少し……付き合ってくれませんか? リョータさんに見せたいものがあるの」


 照れと緊張で少し目を泳がせながら、指先に少し力を込めるシノノ。


「見せたい……もの?」


 ……まさか木にされた人の群れとか……?

 まさか俺もその中に……?


「あ、あの、二人を置きっぱなしで行くのは、その……」


 思わず酒場を振り返る。


『リョータどこ行ったぁ! まだまだ飲むぞーっ!』

『喜んでーっ!』


 笑い声と皿の割れる音。


 ……よし。ここは仲間を信じよう。

 シノノ、そんなじゃないはずだ。


「うん、分かった。一緒に行こう」


 俺の返事に、ホッとして笑顔になるシノノ。


「……それで、見せたいものって?」


「後悔させないから。きっとリョータさんも気に入るよ?」



 シノノは帽子の縁を跳ね上げると、八重歯を覗かせながらシシシと笑った。


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