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第2話 異世界ならあなたの特殊な性癖にも全対応よ

 光に包まれた女神様は俺に向かって手を差し出す。


「さあ、リョータ。私の手を取りなさい。異世界シャクティアにいざ導かん!」


 おお、なんかそれっぽくなってきたぞ。

 そうか、転生か。

 ……え、これから異世界に行くのか。

 

「……ちょっと待って下さい。全然合意なんてしてないし、一旦本題に戻りませんか」

「え。いやいや、本題ど真ん中よ! これ以上なにがあるってのよ」


「説明責任といいますか。初耳の情報が多すぎて、全く話についていけてないんです」


 女神さまはやれやれと肩をすくめると、犬でも見る目で俺を眺める。


「そもそも論だけど、リョータは死んで異世界シャクティアに召喚されたのよ」


 女神様は何故かドヤ顔。神的なドヤポイントがあったのだろう。


「それは聞いたんですけど、思ったより情報がスカスカで。その辺、重要なんでもう少し尺を割いてくれませんか」

「平たく言うと、あなたは異世界シャクティアそのものに選ばれた勇者なの。魔王的なものと戦ってもらいます。では早速契約を結びましょう」


 やっぱりスカスカだ。


 どこからともなく紙と羽ペンが漂ってくる。思わず受け取ったのはいいが、これではどうも踏ん切りがつかない。


「さあ、勇者リョータよ! シャクティアを救うため、今より転生の儀を執り行わん!」

「えー、正直、荷が重いんで断っていいですか?」


「え。何でよ、ここまで来て!」

「さっきも言ったけど、俺には魔王的なものを倒すような力はありませんよ」


「あー、それなら安心して。勇者というのはある意味、その世界に愛された存在。世界の理そのものといっても良いの。転生し、世界で過ごす内に自ずと驚異的な力が身につくのよ」

「勇者ってのはそれほどまでに凄いんですか?」


「まあ、オーディオの電源ケーブルの素材が純銅か白金かで議論しているところに、いきなり常温超電導の素材が登場したようなもの。スレの勢いが一気に加速することは確実ね」

「……女神様、俺のいた世界に構わずにもう少ししっかりした方がいいと思います」

「いまいち伝わっていないようね。じゃあ図を描くから」


 女神様はスケッチブックを取り出すと、ガリガリと何かを描き始めた。売れない芸人か。


「つまり、こういうことよ!」

「……水力発電所で拷問を受けているカエルの絵ですね」


 なるほど。これぞ深遠な神の世界だ。これで俺に何を伝えようというのだろうか。


「あなた失礼ね。これはほら、決まってるじゃない。えっと、これはカエル――」


 バン! 女神様はスケッチブックを地面に叩きつけた。


「私、絵が得意とか言ってないし! 大体、女神が絵なんて描かないし!」


 なんなんだこいつ。神様だけどこいつとか思ってしまった。


「落ち着いて下さい。ほら、吸って吸って吐いて。スースーハー」


 興奮してしばらく肩で息をしていた女神様、落ち着くと改めて書類とペンを差し出してきた。


「ではこの書類にサインと印鑑を」


 え、この流れで続けるのか。


「何が書いてあるか全然読めないんですけど。日本語版とかないんですか?」


 女神様は黙って署名欄を指差す。


「あの、日本語」


 このくだりを3回くらい繰り返すと、ようやく根負けしたのか日本語の書類を取り出した。


「これが承諾書、同意書、重要事項説明書、労働契約書。ついでに天引きの書類も書いちゃって」


 多い。天界の手続き煩雑だ。とりあえず契約書の中身を読んでみる。


「やたら『但し』って言葉が多い契約書ですね」

「そうね、じゃあサインを」


「最後の『この契約書に定めがないことに関しては、甲が乙に通知をすることにより有効となる』というのはどういう意味ですか」

「なんだろ。私、契約には疎いの。さあ、まずはサインと印鑑を押して」


 なんか女神様グイグイ来るぞ。


「すいません、俺印鑑を持ってきてないんですけど」

「それなら、こっちで押しとくから、サインだけ書いといて」


 女神様は手慣れた感じで黒光りする印鑑を取り出した。実印に使いたくなりそうな本格的な奴だ。思わず女神様の手から奪い取る。


「ちょっと、なにを勝手に」

「こっちのセリフです。何で俺の印鑑を勝手に作ってるんですか」 


「だって転生するのならちゃんとした印鑑の一本も持たないと」

「そんなものなんですか? すいません、俺初めての転生なんで」

「印鑑で運勢が変わるって聞いたことあるでしょ。良い印鑑は一生物だし、代金は後日の天引きでいいから」


 しかも自腹らしい。渡された請求書には結構リアルな金額が。しかも俺、さっき死んだとか言われたのに一生モノってどういうことだろう。


「しばらく考えてもいいですか。むやみに印鑑押しちゃいけないっておばあちゃんに」

「え、そんなこと言っても、ずっとここにいるつもりなの?」


 意外そうな女神様の表情に、俺はあることに気付いた。


「だってここってやたら居心地がいいですよね。なんかお腹も空かないし、いつまでもいられそうな気がします」

「もちろん、ここに居れば食べる必要も飲む必要もないからね」


 自慢げな女神様。しかし全てがこれで解決した。俺の夢見た理想郷はここにあったんだ。


「じゃあ、ずっとここで寝てます。お招き感謝いたします」

「え?」


 目に見えて焦りだす女神様。


「でもほら、勇者として魔王を倒せば英雄よ。お嫁さんとかもより取り見取り。異世界ならあなたの特殊な性癖にも全対応よ!」


 いや、特殊な性癖無いですから。


「異世界っていわゆる剣と魔法の世界ですよね。布団とかあんまり寝心地良くなさそうですし。ちなみにウォシュレットはありますか」

「ウォ? えっと、そんなのは聞いたことないけど」


「俺、ウォシュレットと奇麗な布団がないと眠れないんですよ。お風呂も毎日入りたいし。あ、ちょっと疲れたんで寝ながらでいいですか」


 俺は地面の誘惑に耐えられずに寝転がる。やっぱりだ。この寝心地は素晴らしすぎる。


「今回はご縁がなかったということで、他をあたってもらえたら」

「そんなこと言わずに、ちょっとだけ! ちょっとだけ転生してみない?!」


 女神様は俺に馬乗りになると、胸ぐらをつかんで詰め寄ってくる。近い。重い。


「ちょっと止めてくださいって」

「なんにもしないから! 全部私がやるんで寝てるだけでいいから! ね、ちょっとだけ転生してみようか」


 なんか誤解を招く言い方は止めてほしい。


「ホント、勘弁してください。俺、他人の臭いとか苦手なんです」

「はあ? 私、臭くなんてないわよ! この空間にいれば体も汚れないんだかんね!」


 そう言ってから、自分の腕をクンカクンカと嗅ぐ女神様。


「え、私、臭くないよね」


 もう、いちいち繊細だなあ。というかそろそろどいて。


「匂いとかって人それぞれですしね。昔から日本人は体臭を気にしすぎだと言われてますから」


 女神様はその言葉の意味をしばらく考えていたようだが、前向きに取らえることにしたらしい。


「んー、じゃあ提案だけど、常駐ではなく通いで転生してみない? 週40時間の週休二日で」

「週休二日って良く聞くんですけど、完全週休二日制ってのとどう違うんですか?」

「同じようなものよ。そこは気にしなくていいから」


 ようやく俺の上からどいてくれた女神様。女の子に馬乗りされたことなんて初めてだけど、意外と重い。


「でも俺、高校すらいっぱいいっぱいだったんで、週40時間も転生できる自信がないです」

「じゃあ、まずは一日6時間の週4ではどうかな」


 言い淀む俺を見て了解の意と取ったのか。


「それで契約書上は裁量労働制となってるけど、そこは気にしなくてもいいの。諸手当はみなしで基本給に入ってるから。さあさあ」


 強引にペンを握らせて来る女神様。その勢いがなんか怖い。


「やっぱりしばらく考えさせてもらっていいですか」


「ここまできてそんな」

「俺まだ学生なんで契約とかちょっと分からないんです。せめて一晩、考える時間をください」

「まあ、そういうことなら……」


 女神様は左手の腕輪をチラ見した。なんか時計が付いてて便利そうだな。


「そうね、私も久しぶりに家に帰ろうかな。着替えてシャワーとか浴びたいし」


「あの。お風呂は毎日入った方がいいですよ。臭くなっちゃうし」

「だから私は臭く無いって! じゃあまた明日来るから、それまでにしっかり考えておいてよ!」


 去り際、女神様はもう一度俺を振り返った。


「ね、私、ほんとに匂わない? 大丈夫よね」

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