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第19話 人間なんて世界から奪うばかりの害虫のような存在なんです

 ――踊るカニ亭


 古めかしいが大きな酒場だ。

 文字は読めないが、二匹のカニが踊る不気味な看板からして、ここが待ち合わせ場所らしい。


 俺はその下に貼られた剣と杖のエンブレムに目が留まる。


「フィオナ、あの剣と杖のマークって」

「ああ、冒険者ギルドの支部があるのよ」


 へえ、ここが。


「ここで登録とか」

「しないよ。依頼受けなくても、お金ならあるから」

 

 ……うわ、感じ悪い。

 もっとほら、お金よりもロマンとかそっち系の話じゃん。ステータスとかオープンしたいじゃん。



 フィオナがスパンと扉を開けると、薄暗い部屋の中から、いくつかの剣呑な視線がこちらに向いた。

 何人かの男が椅子を立ち、こちらに近付いてくる。


 あー、そうだ。知ってる。

 確か冒険者ギルドに入ると、古株の怖い人が新米に絡んでくるんだ。


 やだな、怖い人って。怖いし。


 ひときわ大きな髭の男がフィオナの前に立ち塞がる。


「フィオナ姐さん、お帰りなさい!」

「お勤めご苦労ッス!」


 一斉に頭を下げる男達。

 フィオナは馴れ馴れしく男達の肩を叩く。


「おーおー、あんたらまだ生きてたか―」

「姐さん、冗談きついッスよ」

「あはははは」


 ……皆さん。多分、冗談じゃないです。


 フィオナはキョロキョロとあたりを見回す。


「そういや、もう一人、可愛らしい男の子いなかった? 死んだ?」

「ああ。サクヤの奴なら、結婚して引退しちまった。子供も生まれたんですよ」

「マジかっ! じゃあ、この私が直々に祝福をくれてやろう!」


 女神直々だし、確かに後利益だけは凄そうだ。俺なら子供に会わせないけど。


「喜びますよ。あいつ、実はフィオナさんに惚れてたから」

「え……その話、詳しく」

 

 途端に真顔になるフィオナ。

 髭面の男が思わず身を引く。

 

「……姐さん、サクヤの奴、もう結婚して――」

「それもう聞いた。そうじゃなくて、なぜ私が知らなかったのかとか、そのへん含めて色々」


「あのそれは……」

「こっち来なさい」


 彼氏いない歴を絶賛更新中の女神様。男を引きずり奥の部屋に消える。


 ……残された俺は衝撃のあまり立ち尽くす。



 ――――フィオナに惚れてた男がいた。



 異世界の闇深さに慄くばかりである。奥さんとの素敵な出会いに乾杯だ。


「なあ、兄ちゃん」

 

 物思いにふける俺に、頬に傷がある男が声をかけてくる。


「え? あ、なんでしょう」


「兄ちゃんはフィオナ姐さんの何なんだ?」


 頬傷の男は俺を怪訝そうな目で見る。今度こそイベント発動か。


「えーと、一応パーティーの仲間というか」


 言った途端、男は笑顔で俺の肩に手を置いた。


「おー、そうか。姐さんの仲間ならうちらの仲間みたいなもんだ。分からないことがあったら、何でも聞いてくれよ」


 あれ、顔は怖いがいい人だぞ。

 やはり真の陽キャは性格がいいって噂、本当なんだな。


 ――あと、ギャルはオタクに優しいって噂もいつか真偽を確かめないと。


「ありがとうございます。早速だけど、ここの冒険者ギルドって――」


 俺は安心して話しかける。


 ――目の前の”太い木”に。

 

「っ?!」


 ?! 何が起きた。


 さっきまで話していた頬傷の男が、いつの間にかゴツゴツした太い樹木に変わっている。

 酒場中に枝が広がり、緑の葉が茂っている。


「リョータさん、大丈夫ですかっ!?」


 俺に駆け寄ってきたのはシノノだ。

 心配そうに俺の手を取る。


「怪我はないですか?」

「えっ?! これってシノノの魔法? えっ?!」


「リョータさんに絡むなんてとんでもない奴ですね。大丈夫、ちゃんと生きてますから」

「え? でも、木になってない?」


「ですよ。むしろこの人には感謝して欲しいくらいです」

「……え?」


 シノノの奴、何言ってんだ。


「……人間なんて争ってばかりだし、世界から奪うばかりの害虫のような存在なんです」

「ねえ、シノノ? 何言ってるの?」


 シノノは瞳に暗い炎を灯すと、うつむき加減に呟き続ける。


「……木は何も言わず黙ってそこにいてくれます。誰も傷付けず、葉陰に弱いものを匿い、時に恵みをもたらします」


 愛おしそうに木の幹に手を添えるシノノ。


「あのー、もしもし?」

「人間も魔物も亜人も全部、木にしてしまえば世界は平和に――――」


 シノノ、危険思想の持ち主だった。


「シノノ、この人は俺に絡んでたわけじゃなくて。色々と教えてくれてただけなんだ」

「……え? そうなんですか?」


「そうだよ。だからすぐに元に戻してあげて」


 俺の言葉にシノノはがっかりしたように肩を落とす。


「じゃあ、樹化リフィニケーションの魔法は解除――――」


 シノノは一旦言葉を区切り、期待するような瞳で俺の顔を覗き込んでくる。


「――する? しない?」


「しよう。すぐにしよう」


 即答だ。

 危険思想が彼女の心を完全に支配する前に解除させないと。


「……そうですか。でも2~3年くらいはこのままでも――――いい? 良くない?」


 なんで毎回二択なんだ


「良くない。戻してあげて」

「……リョータさんがそう言うなら」


 シノノは名残惜しそうに木の幹を撫でると杖をかざす。


「――――解呪リフティン


 木はぐにゃりと歪むと、元の男の姿に戻った。


「ひっ!」


 怯えて尻餅をついた男の前に、シノノがしゃがみ込む。


「ごめんなさい。私てっきり勘違いして。許してくださいね」


 シノノが男の頬に手を伸ばす。


「――でも、あなたも悪いんですよ。リョータさんに近付き過ぎましたよね……?」


 伸びてきた手を悲鳴を上げて避ける男。

 それを見て、シノノは薄く笑いながら手を引いた。


「――お互い、気をつけましょうね?」


 男は青い顔でこくこく頷く。

 それを見て納得したのか、シノノは立ち上がるとくるりと俺に向き直る。



 この光景を唖然と眺めていた俺と、正面から視線が合う。


 シノノはちょっと照れたように微笑むと、帽子の鍔で目を隠した。



「――改めて。お帰りなさい、リョータさん」

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