第18話 起きたんです。ホント、一回ちゃんと起きたんです
……良く寝た。
なんか寝てばっかりいる気がするが、よくよく考えれば人間は一日一度寝るんだし。
人生の感想なんて良く寝た、寝足りないのどちらかになるはずだ。
やけに静かだが、フィオナはまだ寝てるのか。
「……タコ……吸盤……そんなトコ……ダメ……。むにゃむにゃ」
……彼氏いない歴400年。
寝言の傾向からすると、女神様は完全に欲求不満だ。
タコでもいいから彼氏を作ればいいのに。
「あれ、今日って転生の日じゃなかったっけ」
床に落ちたフィオナの腕輪を見ると、そろそろ夕方近くだ。
放っておいてもいいのかな……
とはいえ、夜遅くになって転生だ何だと言われても困る。
何としても泊りは避けたい。フィオナと夜を過ごすのはもうこりごりだ。
俺は諦めてフィオナの肩を揺さぶった。
「おーい、フィオナ。そろそろ起きなよ。夜になっちゃうよー」
「むい~……もう少し……もう少し寝かせて……」
肩を揺らす俺の手を掴む――と、ガジガジと甘噛みしてくる。
「ちょっと、俺の手を噛まないで。食べらんないから」
「……ふあ?」
目を覚ますフィオナ。俺は涎まみれの手を念入りに拭く。
「……なんで私の服で拭いてるのよ」
「だって君の体液だし」
「体液言うな」
口元の涎を拭い、不機嫌そうに立ち上がるフィオナ。
「それにこのくらいの体液でウダウダ言ってたら、結婚なんてできないじゃない」
「……え。なんで?」
結婚と体液に何の関係が。
「だって、結婚したらこれどころじゃ――えっと……その……指輪交換的な……」
「指輪交換? どうして体液が関係――」
「だーっ! いいから準備なさい! 転生するよ!」
この女神、寝起きの機嫌が悪いなぁ……
俺は溜息を付きながら、飾りを身に着ける女神様を眺めていた。
さて、三日ぶりの異世界転生。何がどうなってることやら――――
――――――
転生した途端、重なる喧騒とぬるい潮風が身体を覆った。
陽の眩しさに思わず目を伏せる。
「へえ、これは凄い」
顔を上げた俺は思わず声に出した。
まっすぐ続く石畳の大通り。ゆるく下って港へと続いている。
通りの脇には色とりどりの屋台が並び、売り買いをする威勢の良い声が行きかっている。
引っ切り無しに通るのは人間だけではない。獣人、ドワーフ、ケンタウロスの姿まである。
人間の肌の色も様々で、日本人の俺とフィオナが並んで歩いていても違和感はない。
「ほーら、凄いでしょ。ここ、アリステルにはなんでもあるんだから」
ウキウキと屋台を覗き込むフィオナ。
俺も初めて見る光景に多少なりともテンションが上がる。
フィオナは細かい飾りが刻まれた短剣を手にしている。
「武器を買うの?」
「柄の飾りが凝っててさ。リョータも持ってみなよ」
「へえ、ずいぶん手が込んでるね」
柄の細かい飾りが目に留まる。何気にドクロ率が高いけど、かなりの業物だ。
「ちょっと呪われてるけど、その分安くしてくれるって。買ったげようか?」
短剣を鞘から抜きかけた俺の手が止まる。
「……その情報、もうちょい早めに」
丁重に短剣を店先に戻すと、早くもフラフラと歩きだしたフィオナの後を付いていく。
あっちこっちで商品を手に取っては適当なところに置くので、直して回るのが大変だ。
「いいでしょ、この街。私ももう一回来たかったのよねー」
「……足元の石畳。結構歩きにくいよね。膝が痛くなりそう」
それになんか少し飽きてきた。
街の風景、こないだやった洋ゲーに似てるし。
「埃っぽいし、磯臭いし……。大体満足したかな。フィオナ、もう帰らない?」
「いや、観光じゃないからね? 働いてもらうよ?」
言ってるフィオナこそ、頭に耳の付いたカチューチャをつけてるし。
ずいぶん堪能しているように見えるが。
「それ、猫耳?」
「知らないの? この地域にしか居ないニャホラなんとかいう動物で、フカフカして凄く可愛いんだから」
へえ、フィオナも動物を可愛いとか思うんだ。
この世界に来てから一番の驚きだ。
「で、これがその前足。カリカリしてて美味しいの」
串焼きにかぶりつくフィオナ。
……食材なのか。
確かに日本でも、ゆるキャラの大半は食材な気がするが。
まあ、異世界でもみんな働いて、ご飯食べて暮らしてるんだよな。
俺は謎空間を懐かしく思いながら空を見上げる。
ぼんやり歩いていると、横道から飛び出してきた馬車が鼻先を通り過ぎる。
おっと、異世界でも交通事故は有り得るのか。気を付けないと。
馬車を目で追っていると、空から舞い降りてきた翼人が馬車にはねられた。
「っ!」
……あー、うわ。ちょっと嫌なモノ見た。
こういうのって結構凹むんだよなー
テレビのショッキング映像系でも「奇跡的に軽傷で済んだのだった」とかいう嘘ナレーションが無いとまともに見られないし。
道の横に転がる白い塊――あれ。今、はねられたのサロマエルじゃないか!?
「ちょっとフィオナ! サロマエルが馬車に――」
「いーや、絶対小さい! ほら、こんなに違う!」
「一緒だよ一緒! 言いがかりは良しとくれ!」
フィオナは、なにやら店主のオバサンと喧嘩をしている。
「えーと、いったい何を」
「リョータも見てよ、ほら! 私のあんず飴だけ小さくない? 詐欺だよ詐欺!」
「人聞きが悪い! そこの彼氏さんも何とか言っておくれよ!」
彼氏……? 人聞きが悪い。やめてくれませんか。
「じゃあ、取り換えてもらえば……って、もう齧ってるじゃない。それは無理だよフィオナ」
「じゃあ、出せばいいの?! 出してやろうじゃないの!」
なぜ俺に突っかかる。完全にチンピラだ。
「そんなことより! サロマエルがさっき馬車に轢かれて――」
「あら、大変。大丈夫?」
途端にヒートダウンしたフィオナは、あんず飴をもちゃもちゃ食べながら首をかしげる。
「それがピクリとも動かない――」
「……ねえ、リョータ。なんかサロマエル、誰かに持っていかれそうだけど」
「え?! いや、ちょっと! 勝手に持って行かないで! 落とし物じゃないから!」
「彼女たまに死にかけるから。布団屋が回収しようとするのよねー」
「とめてよ。サロマエル布団にされちゃう」
布団屋から取り返したサロマエルを腕に抱く。
「さあ、早く回復魔法を――」
……そういえば。さっきフィオナ、布団と言ったっけ?
「――サロマエル、布団になるの?」
「ええ。天使の羽根で作った布団って凄いらしくてね」
「そんな……に……?」
「王侯貴族が城を売ってでも手に入れたい、ってくらいの素晴らしい寝心地みたい」
城に匹敵するほどの素晴らしい布団……サロマエルが……
「ねえ、リョータ。回復魔法を使うからサロマエルをこっちに」
「最高の……布団…………」
「……リョータ?」
「え、いやいや。布団、じゃない、サロマエルをよろしく」
いけない。邪な女神と一緒にいると、ついつい自分まで闇落ちしてしまう。
フィオナが回復呪文をかけると、ぴょこりと起き上がるサロマエル。
「フィオナ様! お帰りなさいませっ!」
抱きつこうとするサロマエルを杖で防ぐフィオナ。
「サロマエル、首尾はどうなの?」
「ご安心ください、フィオナ様。準備は万端です」
言われたサロマエルは得意げに胸を張る。
「では、シノノとお待ちしてます。お二人は――」
サロマエルは意味ありげに俺に微笑んできた。
「――どうぞごゆっくり。楽しんできてくださいね」
……どいつもこいつも余計な設定を入れるの、やめてくれませんか。
フィオナからお駄賃を受け取ると、笑顔で飛び去るサロマエル。
天使のお節介に気付いたのかどうか。
フィオナは俺にあんず飴を差し出す。
「これ、リョータも食べる? 美味しかったよ」
「ありがと。もう一本買ったの?」
「んーん。もう一本やるから二度と来るなって」
出禁だ。分かりやすい出禁だ。
「結構美味しかったな。みんなの分も買っていこう」
再び例の屋台に向かうフィオナ。
……なんだこいつの鋼のメンタル。
俺は思わず空を見上げる。
――――思えば遠くに来たもんだ。
洗濯ロープに絡まったサロマエルがもがいている。
俺はあんず飴に齧りついた。




