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第14話 もう酒は飲まないわー もう酒やめるわー

「もう酒は飲まないー、もうやめるー」


 フィオナは地面にぐたりと突っ伏し、今日何度目かの断酒宣言を行なった。


「……ああ、是非そうしてくれ」


 心の底からそう思う。

 

 ――思い出したくもない記憶だ。

 昨晩こいつは、俺の服の中にシノノが育てた鶏や芋の欠片をぶちまけた挙句、そのまま沈没しやがったのだ。


「……ねえ、リョータ。あんた、やたら遠くない?」


 腫れぼったい瞼の隙間から、非難がましく俺を見るフィオナ。


「えー、そうかな。気のせいだよ」


 俺は嘯くと古びたジャージのファスナーを上げる。

 フィオナが恩着せがましく貸してくれた古着だが、PUMAかと思いきや、ロゴにはPYUMAと書いてある。


「この服、フィオナの?」


 これ、女物だし。

 手足はちょっと短いが、生地がデロデロに伸びているので楽に入る。袖に穴とか開いてるけど。


「まさか。女神たる私が、そんなゴミ――えっと、あなたの世界の服なんて着ないよ」


 今、ゴミって言わなかったか。

 つーか、どこから持って来たんだ、これ。


「あー、なんかまた吐きそう。気持ち悪……」


 立ち上がる元気もないのか、ズリズリと這うフィオナ。 

 ……なぜ俺の方に来る。


「何で逃げるのよ」

「なんで来るんだよ」


 逃げるよね、そりゃ。

 俺は慎重にフィオナから一定の距離を保つ。


「神の世界だし、例えばエリクサーとかないの?」

「私、体質的にカフェイン苦手でさ。飲むと夜眠れなくなるのよねー」


 エリクサー、カフェイン入ってるのか。

 飲んだら翼がが生える系かな。


「じゃあさ。治癒魔法使えるんなら、自分にかければいいんじゃ」

「それがさー、何故か浄化デトクスの呪文を自分にかけると、頭痛や吐き気がするんだよねー。なんでだろ」


 あー、そんな気がする。

 まあ、もうこの女神は放っておくしかなさそうだ。そんなことより。


「それよりここってお風呂とか無いのかな」


 そう。昨晩あんな目にあったのだ。流石に風呂に入りたいのだ。


「ないけど、もう臭わないでしょ? この空間にいれば、身体の汚れは無くなるのよ」


 それは分かる。

 確かに気が付けば臭いもしないし、べたべたもなくなっている。


 ――だがしかし。だがしかし、だ。


「……なんというか、精神的なケガレというか……汚れちまった悲しみと言うか……そういうのを洗い流したくてさ」

「失礼ね。それじゃ私の粗相さんが汚いっているってるようなものじゃない」


 ……え、汚いよね。


 よしんば汚くなかったとしたら、却って複雑な話になるぞ。

 フィオナに受け止め切れるのか。



 ……電池が切れたのか。這い回っていたフィオナの動きが再び止まる。


「……あー、もう深酒はしない……一杯だけしか飲まないようにする……」


 何気に、断酒宣言が後退している。こいつ、喉元過ぎたら忘れるタイプだ。


「ねえ、それよりもさあっちの世界の話だけど。あの後、どうなったの?」

「あー、どうだったっけ」


 フィオナはドロリと濁った瞳で思い出そうとする。


「……腕相撲で私が10人抜きした話、したっけ?」


 してないけど。今聞きたいのはその話じゃないです。


「あっちの3人のこととか、オークのこととかだよ」

「ああ、そっちか。変なこと気にするのね」


 ……えー、嘘。一番に気になるでしょ。

 つーか、サロマエルは無事なのか。ちゃんと燃え残ったのか。


「元気に砦の始末をしてるはずよ。終わったら部隊は解散。オーク達にも国に戻ってもらうわ」

「あっちの世界の常識とか、良く分からないんだけど。オークとか野放しにしても大丈夫なの?」

「まあ、あいつらはオークの中でも大人しい奴らだけど……念のため、誓約ギアスの魔法をかけておいたよ。人間に悪さできないように」


 へえ、魔法って便利だな。


「……便利なのよね、この呪文。色々と」


 邪悪な笑みを浮かべてフィオナがポツリと呟いたが、これも心の棚に置いておくことに決めた。

 ……心の棚、そろそろ空き場所が無くなってきた気がする。


「シノノの魔法もあるし、すぐ終わるわ。次にリョータが転生するときには、次の目的地に着いてるかも」

「次の目的地?」


 そもそも目的地とかそんな概念があったのか。

 

「港町アリステル。ここで最新の世界の情勢を調べるの」

「街に行くのか」


 そういえば、せっかく異世界に行ったのに、会ったのはオークと愉快な仲間たちだけだ。

 東映撮影所でもいけそうなギリギリラインである。


「まあ、それにリョータの人件費が浮いてるから、少し予算消化もしないとね」


 予算があるなら、サロマエルに少し回してやって欲しい。

 

「……あー、休んだら少し楽になってきた。やっぱお酒は控えめにしないとね。次からは気を付けるわ」

「いやもう、飲み過ぎだって。昨日は酷かったんだから」

「まさか。女神たる私が酒に溺れるとか、あるわけないじゃない」


 溺れるどころか溺死寸前だったんだけど。


「腕相撲で『一勝する毎に酒を一気飲み』ってルールを作ったのが良くなかったのよ。正にルールの抜け穴。盲点ね」

「……あー、だよねー。分かる分かるー」


 ……我ながら、段々対応が適当になってきた。

 余り真面目に付き合うと、こちらの身が保たない。 

 

「フィオナ、身体キツイんならおうちに帰ったらどう?」

「馬鹿言わないで。仕事中にサボって帰るような女に見えて?」


 ……こいつ、仕事中だったのか。


 いいな、この仕事なら俺にも出来そうだ。

 ここの求人、ハロワにも出るんだろうか。


 もしかしてフィオナの紹介状があれば面接に有利になったりするのか……?

 ……初めてフィオナとの関係性を見直す時期が来たということだ。

 

「ねえ、フィオナ。これからの旅についてだけど――」


 営業スマイルで話しかける。

 が、フィオナからは返事は無い。


 あれ、ついに怒らせたか。どうせ俺の話とか聞いていないと思って、いつも適当にあしらってたしな。


 地面に横たわるフィオナを見ると、長い睫毛に覆われた瞳は閉じ、小さな桜色の唇が微かに震える。


「……寝たの?」


 返事は無い。


 ヤレヤレ、ようやく静かになった。俺も寝ようと横たわる。


 ……と。フィオナの枕元、iPadの画面の灯りがボンヤリ光っている。


 俺は忍び足で近寄ると、iPadを手に取った。

 

 さて、前々から気になっていたのだ。

 そもそも、ここって電波が入るのか。女神は何語で読んでいるのか――


 まずは……Wi-Fi入るんだな、ここ。


 文字は――うわ、なんだこれ。


 ブラウザの文字は見たこともない記号の羅列だ。

 しかも――なんかGifアニメっぽくウゾウゾ動いている。なんだこの言語。


 つーかiPad、こんな神世界の言語まで対応しているのか。神界公式デバイスか。

 

「これじゃ読めないな。日本語表示に変えたらバレるし……」


 諦めようとした矢先、開いたままのブラウザはAmazonのトップページを映している。

 俺は恐る恐るタップした。

 

 開いたページには『1-Clickで今すぐ買う』と思われるボタンがオレンジ色に浮かんでいる。



 ……俺はフィオナが良く寝ているのを確認して、オレンジ色のボタンをクリックした。



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