第13話 その服どこで買ったの? 個性的だよね
――少女はビーズクッションに身を投げ出すと、うめき声を上げながらソファに顔をぐりぐり押し付ける。
どうしたものかと俺が眺めていると、少女はあおむけになり、座り心地を確かめるようにモゾモゾ身体を動かしている。
……なんか分かんないけど、そもそも誰だこいつ。
少女の黒髪は雑に後ろで二つにくくられ、離れてていても分かるボサボサ具合。
恰好はといえば、ダサいピンク色のトレーナーに気を取られていたが、下に履いているのもヨレた灰色のスエット。
なんだその組み合わせ。
目ヤニをカリカリと指先で取っている。
――あ、地面に捨てた。
何もかもがひどすぎる。
フィオナとは違った方向の女子力の低さだ。
少し離れているので良く分からないが、自分と同じくらいの年頃か。
どうやら俺に気付いていないようで、ビーズクッションの上でグリグリとベストポジションを探っているようだ。
……いやしかし。
こんなところにいるってことは、この娘も女神なのだろうか。
ひょっとして……担当変更?
チェンジ制度とかあるんなら、もっと早く教えてくれてれば。
……ゴロゴロしていた黒髪の少女もようやくこちらに気付いたようだ。
目を細めてこっちをじっと見つめると、スウェットのポケットを探って眼鏡を取り出した。
眼鏡を直で突っ込んでるのか。曲がるぞ。
少女は傾いた眼鏡越しにまばたきをして俺を見つめる。
「……あなた、誰?」
少女はポツリと呟いた。
それはこっちのセリフだが、普通の反応でホッとする俺がいる。
……なんというか。アレな人にばかり囲まれていたので、ただ普通というだけで嬉しい。
「えっと、俺は妻夫木良太。フィオナとパーティーを組んでるんだ」
「え……フィオナと……?」
少女は眉をしかめながらゆっくりと立ち上がる。
ボリボリと頭を掻き、噛みしめるように繰り返す。
「フィオナと……そうか……あー……」
少女は天を仰いで、しばし遠くを見つめる。
……なんだろう。フィオナと関わると皆、遠くを眺めがちになるのだろうか。
「そっか……君がそうか」
自分を納得させるように頷くと、少女は憐憫の表情で俺を見る。
……なんかこの表情にも見覚えがあるぞ。
「あの、君は誰なの。フィオナと同じ女神なの?」
「はっ?!」
俺の言葉に少女の顔色が変わる。
え、何か地雷踏んだのか。
「私があれと同じに見える?! どうして!? 私、あなたになんかした?!」
「いやいや、その、なんか雰囲気が似てたというか、」
「なっ?!」
気色ばんで少女が俺に詰め寄ってくる。
近くで見る少女の服は毛玉だらけで、首元もダルダルで――
「……あー、もう。胸元から下着見えてるよ」
溜息混じり、思わず目を逸らす。
「……なんであなた。嫌なもの見た、みたいなテンションなのよ」
少女は不満げに言いながら胸元を隠す。
……そんなこと言われても。見せてと頼んだ覚えもないし。
それにブラの色よりこの娘の正体だ。
「それより、君は――」
言いかけた俺を手で制し、少女はクイッと眼鏡を押し上げる。
急に真剣な表情になると、油断なくあたりを見渡す。
「――あれ。もう戻ってきちゃったか」
「え?」
「じゃあ私、戻るわ」
「君は、一体――」
「また会おうね」
少女は人差し指を立てると、俺の唇を塞ぐように当ててきた。
「おまっ?!」
「私のこと、あいつには……秘密」
少女は悪戯っぽい笑みを見せると、忽然と消え失せた。
戸惑い、立ち尽くす俺を残して。
「お前……」
我に返った俺は思わず、少女の指が触れた唇を手で覆う。
……お前、その指で目ヤニ取ってただろ。
服の袖でゴシゴシ口を拭う俺の背中に、無遠慮な声がかけられる。
「おー、リョータ起きてたかー。今日はよく頑張ったなー!」
いつも以上にウザいテンション。
嫌な予感しかないが、逃げるところもないこの空間。俺は仕方なくフィオナを振り返る。
「フィオナ、お帰り。あっちはどうだった?」
「いやー、楽しかったよ。飲んだ飲んだー」
フィオナはコントばりの千鳥足。すっかり酔っ払い女神様だ。
「オークの奴らも、話せば気のいい奴らよね。あ、これお土産」
「ありがと。なにこれ?」
手渡されたのは、ゴツゴツとした白い……王冠?
これ、まさか。
「骨?!」
「そうそう、オーガの骨で作ったオークロードの王冠だって。頭でっかいよねー」
「ちょっ……そんなもの持ってきて良かったの?」
「大丈夫大丈夫。オークロードは一年前に私が――」
突然黙り込むフィオナ。
「……どうしたのフィオナ?」
不意にフィオナの顔が青くなる。
あ、なんか不自然に頬が膨らんでいるぞ。
「ちょっと! ここで吐くなっ! 馬鹿、王冠に吐いても全部落ちるって!」
「だ、大丈夫……うん、波は過ぎた」
「あ、ああ……良かった」
……さっき頬の中にあったモノはどこに行ったのだろう。
俺はさり気にフィオナから一歩遠ざかる。
「フィオナ。疲れてるみたいだから、そろそろおうちに戻った方がいいんじゃないかなー?」
「大丈夫大丈夫、私全然酔ってないから」
嘘だよね。いいから早く帰ってくれないか。
そんな俺の気も知らず、ドサリとビーズクッションに身を投げ出すフィオナ。
「それが聞いてよ。サロマエルが酔っ払って木の枝に引っかかって、取れなくなってさー」
「え、それでサロマエルどうなったの?」
俄然、気になる話題が出てきた。
「結局、取れないからそのまま火を――」
言いかけて、フィオナは訝し気に眉をしかめる。
「……ん?」
「火って?! 火がどうしたの?! サロマエルは無事なの?!」
焦る俺を無視して、フィオナはクッションの匂いを嗅ぐ。
「……これ……女の匂い……?」
「え」
――ジロリ。
睨むフィオナ。目を逸らす俺。
「リョータ、どういうこと? 女でも連れ込んだの?」
「えー、まさかそんな」
思わず頬を汗が伝う。
「じゃあ。これ誰の髪の毛よ」
フィオナが摘まんでいるのは長い黒髪。長さからして完全にさっきの少女の髪だ。
それに俺の髪はもっとキューティクルにあふれている。
「自分のしたこと分かってる? この神聖な第4面談室に女を連れ込むとか」
「……え? ここ、面談室なんだ」
しかも第4ってことは。
この瞬間、他の謎空間でも変な目にあっている転生者がいるのか。
「ちゃんと説明してちょうだい。回答によっては次に会うのは調停の場だよ」
何の話だ。
「いやいや、これ浮気じゃないから」
「じゃあ、この髪の毛はどう説明するのよ」
「その……俺の肩の毛、かな。ほら俺、小学校のころから伸ばしてて」
……なんだその言い訳。我ながら苦し紛れにもほどがある。
俺の後悔とは裏腹、フィオナの目が輝いた。
「凄っ! マジで?!」
「え」
「ねえ、他にも生えてる? 見せてよっ!」
ガバッ!
力任せに俺を押し倒すフィオナ。
「ちょっ、ちょっとちょっと!」
「いいじゃない、減るもんじゃあるまいし――」
満面の笑みで俺の胸元をはだけるフィオナ。
「きゃーっ! やめてーっ!」
思わず女の子みたいに叫んでしまった。
でもこんな目にあったら少しくらい悲鳴を上げても無理は――
……と、フィオナの動きがぴたりと止まる。
え、まさか。
――フィオナの頬が食べ過ぎのハムスターのようにプクリと膨らむ。
「っ?! ちょ、ちょっと待て! こんなところで――うわああっっ!!!」
……この後、何があったのかは詳しくは述べない。
…………ただ、俺は担当の変更を断固として要求する。




