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第12話 そういうときは妄想を否定してはいけません

 ……寝れない。

 俺はゴロリと寝返りを打つと、白い空間をぼんやりと眺めた。 




 ――――謎空間に送り返される直前のことだ。


 俺はシノノと並んで座って日向ぼっこをしながら、オーク達が働くところを眺めていた。

 ……フィオナの指揮の下、オーク達が柵を壊している。


 なにやら魂が抜けたように膝を抱えているシノノ。

 半開きの口からチラリと白い八重歯が覗く。


「みんな働き者だね」

「……はい。この一年間、みんなよく頑張ってくれました」


 フッと、遠くを見る目をするシノノ。


「ほったらかしの畑を一から作り直して、井戸も直して。他の部隊が残していった家畜を世話して、随分と数が増えたんですよ」

「……そ、それは凄いね。うん、頑張ったよね」


 なんだろうこの時間。


 そして何故初対面の俺が彼女の相手をしているのか。

 フィオナとサロマエルは何してる。


 俺はあたりを見渡した。


 フィオナはと言えば、大きな身体のオークと冗談を飛ばして笑い合っている。

 彼女、中身はどちらかと言うと魔物寄りだし、気が合うのだろう。


 一方、サロマエルは野菜の入った袋を下げてフラフラと飛んでいる。

 胸元に隠してた芋がポロリと落ちる。

 慌てて取ろうとして、野菜をオークの頭上にばらまいた。


 ……なんというか、会ったばかりの二人なのに、相変わらずと言う他無い。


 そういやエルフのクリスタはこんな時どこにいるんだろうか。

 笑いながら杖をぶんぶん振り回すフィオナを見るとハラハラドキドキだ。 


「あの……勇者様」


 思いにふける俺に、おずおずと声をかけてくるシノノ。


「勇者って俺のこと? 涼太でいいよ。フィオナもそう呼んでるし」

「じゃあ、リョータさん」


 シノノはフィオナにチラリと目をやると、帽子の鍔を引き下げた。


「……あの、なんでフィオナさんとパーティーを組んだんですか?」

「え?」


 失礼な。俺が好き好んでフィオナと組んだとでも。

 それとも実は自由意志が入る余地があったのだろうか。

 

「無理矢理というか、背に腹は変えられずと言うか……」


 もじもじと答える俺に、シノノがそっと耳元で囁いた。


「……私と一緒だ」


 帽子の陰、シノノは八重歯を見せてシシシと笑う。

 ……あれ、なんだか可愛いぞ。


 照れた俺が視線を戻すと、フィオナの奴がなぜかオークにコブラツイストをかけている。

 ……あいつ、馴染み過ぎじゃないか。

 いっそ、オークとどこかに行ってくれないか。


「良かった。じゃあリョータさんも、一緒に旅に来てくれるんですね」

「まあ、時短だけど」

「……時短?」


 シノノは目を丸くして俺を見返す。

 ちなみに週3の1日4時間だ。


「しばらくは通いの転生ってことになってるんだ」

「通いの……転生……? ごめんなさい、ちょっと良く分からなくて」


 うん、伝わらないよね。シノノ、悪くない。


「取り合えず、しばらくはフィオナの世界とここを行ったり来たりする感じで」

「そんなことできるんだ。あの、リョータさんは」


 もう一度フィオナの様子を窺うと、俺にだけ聞こえるように声を落とした。


「――フィオナさんと二人きりでも……平気?」

「え?」


 平気かと言われると。

 非常にうざいが、まだ実害は――いや、受けてるかもしれないが。


「まあ、適当に付き合ってあげてれば、今のところは」 

「……私、フィオナさんと二人切りだと、何故だか動悸がして……胸が詰まるの」

「え、えーと」


 なんか深刻な話になってきた。これは専門家案件だ。


「例えば。例えばだよ? 街でお医者さんに見てもらうとか」

「白魔術師に見てもらう……の?」


 白魔術師。ああ、すぐ近くにいるよね。


「……忘れて」


「だから、パーティーにリョータさんがいないと」

「他にも二人いるでしょ?」

「だってクリスタさんは姿出さないし、サロマエルさんは大体パシらされてるから……」


 ぐうの音も出ない。


「例えばだけど。この世界は冒険者ギルドとかないのかな。誰かパーティーに入ってくれる人が――」

「あるにはあるけど――」


 ため息をついてうつむくシノノ。


「普通の人ならこんなパーティーに来てくれないし」


 確かに。


「望んで来るような人は普通じゃないし……」


 確かに。


「……普通の人、欲しい」


 うん、そうだね。最初から最後まで全面的に同意です。

 

 ……俺達二人は膝を抱えて、草原からの風を感じていた。

 かすかに感じる夏の匂い。


「きっと……いいことあるよ」

「うん……もうちょっとだけ頑張ってみる」 


 ……我らが女神様はオークにかけた4の字固めを裏返されて悶絶している。

 あいつら、仲いいな。


「フィオナさん、オーク達のこと気に入ってくれて良かった……」

「そうだね。確かフィオナが今晩、オーク達と宴会するって言ってなかったかな」


「そっか。育ててきた豚さんや鳥さん、美味しいといいなあ……」

「う、うん……そうだね」


 なんだろう、この悲しみの地雷原。

 俺は話題を変えようと明るく話し出す。


「そういえば、俺の前にも勇者がいたんだよね。サクラさん、だっけ?」

「……あ、聞いたんですか?」


「なんか裏切ったとかなんとか。一体何があったの?」


 裏切った、という単語を聞いた途端。

 シノノの瞳が澄んだビー玉のように力を失う。


「……もしもし?」


「このあたりの土、なんですけど」

「は?」

 

 ……あれ。そんな話をしてたっけ。


「とてもいい黒土で、丁寧に耕せば良い野菜が育つんですよ。オーク達、力があるから、とてもいい畑になりました」

「へえ……そうなんだ。あの、サクラさんのことだけど」


 聞いているのかどうか。

 シノノは胸の前で指を組み、無邪気な笑顔で雲を眺める。


「秋には美味しい赤芋がとれるんですよ。焼くととても甘くて美味しいんです」

「へーえ……」


 ……こないだやってたゲームを思い出す。

 バグって会話シーンから抜けられなくなって、髭のおじさんが「タロスの村へようこそ!」と繰り返すのをひたすら眺めたものだ。


「リョータさんも収穫祭で一緒に食べましょう。私の故郷では、収穫祭にみんなでダンスを踊るんですよ。この日に向けて、村の女の子たちは一年かけて服に刺繍を――」


 ビー玉の瞳で俺に微笑みかけるシノノ。 


 ……まさかここ、ゲームの世界じゃなかろうな。

 『ステータスオープン』と小さく呟いてみたが、何も起こらない。


「あの……シノノ、少し休もうか?」

「さあ、リョータさんも一緒に踊りましょう」


 うつろな瞳で鼻歌を口ずさむシノノ。


「……あの、ちょっと、聞こえてる?」

「――リョータさん、踊りは苦手なんですね。ほら、ここで右足をトントンって」

「あのー、もしもーし」


 駄目だ。シノノの瞳は俺には見えない何かを見ている。

 きっと幸せな収穫祭の光景が見えているのだろう。


 ――しばらくブツブツ呟いていたシノノは突然、俺をじっと見つめてきた。


「どうしたの?」


 シノノは俺を優しい笑顔で見つめると、はにかむ様に呟いた。


「……私達、幸せになりましょうね」

「え」


 ……妄想の中で何があったんだ。

 

 こういう時はどうすればいいんだっけ。

 ああそうだ。こないだ読んだ本に書いてあったのは確か――


「あ……うん。幸せになろうね」


 ――そう。こんな時は妄想を否定してはいけません。

 俺は素直に頷いた。



 ――――

 ――――――その直後、この空間に戻ったのだ。

 

 よし。もう考えるのはやめよう。

 ようやく眠くなってきた。


 まどろむ半開きの瞼の向こう、ぼんやりと人影が浮かんでくる。

 

 フィオナ――?


 いや違う。

 銀髪ではなく、自分と同じ黒髪だ。


 黒髪の少女がフラフラとこちらに近付いてくる。


 ……誰だ?


 俺が目を留めたのは何より、その服装だ。

 

 少女が身にまとうダボダボのトレーナーは色褪せたピンク色。

 真ん中に大きくプリントされた猫の絵といい――ダサい。


 とにかくダサい。一体どこで買ったんだ。

 買う前に俺に一言言ってくれれば止めたのに。 


 息をひそめる俺の前。ダサい服の少女は、人を駄目にするクッションにどさりと身を投げ出した――

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