第11話 やったね、俺くん。仲間が増えるよ
――逃げ出した俺は息を殺して建物の陰に隠れていた。
遠くからオークたちのしゃがれ声が聞こえてくる。
さて、これからどうしよう。色々と頭の中を整理しないと。
……そもそもこの砦に乗り込んだのは、囚われの仲間、黒魔導士のシノノを救うためだ。
で、来てみればなんか敵の首領っぽい感じでとても良く馴染んでいた。
生前の俺の学園生活よりも余程青春していたくらいだ。
「……よし、帰るか」
シノノちゃん、元気そうだったし。
そうと決まれは善は急げだ。もう一度正門を破るとするか。内側からなら簡単に開けられるだろう。
「おー、おー、リョータ。ここに居たか。首尾はどうだーい」
どこかで見張ってでもいたのだろうか。このタイミングでご機嫌女神様の登場だ。
「フィオナ、どうやってここに入った?」
「さーて、どうやったんでしょうね。知りたい?」
「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ! げほっ、げほげほっ! ぜーはーぜーはー」
フィオナの背後ではサロマエルが疲れ果てて地面に突っ伏している。
「……あ、うん。大体分かった」
「で、シノノは見つかった?」
「えーと、その話なんだけどね。ちょっと確認しておきたいんだけど」
「ん? 何の話?」
「もしも、だよ。もしもだけど、シノノがオーク達とうまいことやってて、助ける必要とか無いってなったら」
「――それって裏切りってことだよね」
フィオナの顔から笑顔が消えた。あれ、なんか見たことない表情をしているぞ。
「裏切りと言うかなんというか、そんな固く考えなくてもいいんじゃないかな。ほら、転職して生き生きする人の話とかよく聞くし」
「大丈夫。魔王軍相手なら、天界の倫理規程も適用外だから」
なんか物騒なこと言ってる。
「……念のため聞いとくけど。適用外だと……どうなるの?」
「やっぱ生け捕りかな。リョータ、今回甘っちょろいことばっかし言ってたから、”いい練習相手”になってくれるんじゃないかなあ……」
「……練習って、あの、何の練習なのかな」
「大丈夫、私回復魔法得意だし。しくじっても新鮮な内はちゃんと戻せるよ」
背後ではサロマエルが青い顔をして震えている。
怖い。この話、一旦置いておけるほど俺の心の棚は広くないぞ。
「そ、そろそろ時間だよね。今日はいったん帰ろうか」
「まだ全然大丈夫よ。さ、一緒にシノノを探そうか。それとも」
フィオナは薄い笑みを口元に浮かべると、俺の肩に手を置いた。
耳元で囁く。
「――リョータは裏切ったりしないよね?」
「もっ、ももももちろん! 俺ら仲間じゃないか!」
うわずった声を聴きつけられたか。
近付いてくる足音。
「フィオナ! 静かに!」
――ぐらり。
身を隠していた小屋が震える。地面が水のように波打ったかと思うと、小屋が地面に沈み込んでいく。
身を隠す術が無くなった俺達を弓を構えたオーク達が取り囲んでいる。
そしてその中心には、赤毛の魔導士。
「ようやく見つけたわ。仲間に手を出したツケは払ってもらうわよ」
「わーわーわー!」
えー、やばいやばい。なんてこと言ってんだ。両手を振りながら前に出る。
「今更命乞いしたって――」
「あー、シノノここにいたんだ! さあ、皆で一緒に帰ろうか!」
胡麻化そうと必死の俺を乱暴に押しのけ、フィオナが前に出る。
「へーえ、シノノ。なんか楽しそうなこと、やってるねー」
「! フィオナさんっ?!」
姿を見た途端、赤毛の魔導士の顔がさあっと青くなる。
ガタガタと足が震えだし、その様子を見たオーク達が彼女の周りに壁を作る。
フィオナは表情の一つも変えず、軽く杖を振る
――――治癒――断絶
呪文を唱え終わるが早いか。オークが将棋倒しのようにバタバタと倒れた。
……マジですか。フィオナ、こんなに強いのか。
えー、じゃあ俺なんかいらないじゃん。一人で魔王でも何でも倒せばいいのに。
「回復魔法は”裏返せば”こんなこともできるの」
腰が抜けたのか。シノノがぺたんと地面にへたり込む。
「あ……あ……」
「大丈夫、全員意識はあるわ。ちょっと神経を遮断しているだけ。まあ、あんまり時間が経つとどうなるか分からないけど」
口元に薄く笑みを浮かべながら、フィオナがゆっくり足を踏み出す。
「こっ、こないで!」
シノノが杖を振ると地面から蔦が這い出す。フィオナの足に巻き付くかと思った刹那、蔦は向きを変えてシノノの身体に巻き付いた。
「っ!!」
「相変わらずね。集中してないと簡単に乗っ取られるよー」
地面に倒れるオーク達を面白がるような表情でざらりと見渡す。
「で、なんだっけ。これ、あなたの仲間なんだっけ?」
怯え切ったシシノは言葉も出ない。
俺は思わず二人の間に割り込んだ。
「違う違う違う! ほら、俺がシノノと二人で力を合わせて、この砦を落としたんだよ! だよね、うん」
「あら、それにしてはシノノとオーク達、随分と仲良さそうだったけど」
「ほら、降伏してきた相手って、もう家族みたいなもんじゃん? ね? ね?」
俺の必死さが伝わったのか。フィオナはふっと身体の力を抜いた。
「……分かってくれた?」
「まあ、いいわ。リョータがそう言うなら」
分かってくれたか。
いくらこの邪神度高めの女神とはいえ、話せばちゃんと分かって――――
「じゃ、面倒がないように今のうちに全員始末しとこうか?」
なんでそうなる。
「やめてっ!」
蔦に巻かれた身体をよじらせ、シノノが悲痛な叫びをあげる。
「みんなで力を合わせて、畑とか井戸とか直して、ようやく軌道に乗ったところなの! これで夢のスローライフが!」
異世界人でもスローライフに憧れるのは一緒らしい。
フィオナは周りを見渡すと、感心したように頷いた。
「ふーん、確かに良くできてるじゃない。まあ労働力としては重宝しそうね。殺すこともないか」
コクコクと高速で頷く俺とシノノ。
「じゃあこの砦、きれいさっぱり壊しちゃおう」
「え。壊すの?」
「だって南の都市の城壁も完成したし、ここに砦なんていらないのよ。奪われれば敵の橋頭保になるし、きれいさっぱり消しちゃわないと」
杖でトンと地面を叩く。
シノノを縛る蔦がほどけ、オーク達がゆっくりと身体を起こす。
「まずは柵と建物解体して、それを使って空堀を埋めちゃおうか!」
砦の柵をコツコツ叩きながら、歩き出す。
「畑の作物と家畜も全部食べちゃおう。そういえば倉庫に沢山、芋があったよ」
「あれは来年の種芋……」
弱々しく呟くシノノに、にこりと微笑むフィオナ。
「食べちゃおう。もういらないし」
……なんだろう。一から十まで思ってたのと何か違う。
囚われの仲間を助け出すとか、魔王軍と戦うとかってこんな感じだったっけ。
怯えたようにシノノの周りに集まるオーク達の姿に、ふと不安を覚える。
「……あの、砦を壊すのが終わったら、彼らってどうすれば」
「殺しはしないわよ。残った食料を分けて、国に戻ってもらえばいいわ」
フィオナはその場でクルリと回ると、可愛らしく首を傾げた。
「……優しいでしょ? 私」




