変態的you
英文法の不規則性に容赦のないダメ出し。
なかでも「you」は変態的だとの独特の主張が展開される。
B:英語っていうナメた言葉、ありますよね。
A:いや、ナメてはないだろ。ファッキンとか言うならともかく、言語そのものはべつにナメたりはないでしょ。
B:ファッキンジャップくらいわかるよバカ野郎!
A:たけしさんだな。北野監督の『ブラザー』だなそれ。
B:ブラザーといえば、英語では兄弟なんかもね、上と下の区別がつかない。日本語なら「兄」「弟」でわかるのに。
A:その辺はまあ文化的な背景がありますから。日本語だと上下関係をすごく重視するけど、英語は比較的ゆるくて、一人称とか二人称もIとYouだけで基本たりちゃう。日本語の場合、私・僕、あなた・おまえ、とかめちゃくちゃ種類がありますけど。
B:4種類だけじゃん。
A:例えだよ! 一例だよ。挙げてったら、俺・貴様、おいら・君、それがし・おぬしといくらでもあるよ。
B:それがして……ぷぷ、おぬしって……侍かよ。
A:例だっつってんだろ! 「それがし、こたびは『すいか』なる札を用いておぬしのもとへ馳せ参じて候」とか言わねえから。
B:ぷっ、江戸時代のスイカって食いもんじゃん……なに言ってんの……くく。
A:こっちのセリフだよ! これ英語の話題じゃなかったのかよ。
B:じゃ、あいつら「拙者、ボブにござる。そなたはベスか」て言ってると。
A:現代訳にしろよ! 「僕はボブ。君、ベス?」みたいな感覚だよ。てか、あいつら呼ばわりするな。失礼だろ。
B:でもそれだとおかしなことになりません?
A:おまえよりはまともだと思うけどたとえば?
B:職場でも学校でも同じ言葉づかいになるなら、上司に「俺ボブだけどおまえベス?」って言ってるか、同級生に「私はボブです。あなたがベスさんですか」てことになっちゃう。
A:そこは英語独特のニュアンスがあるんですよ。同じ文章でも、状況や口調で丁寧にもフランクにもなる。日本語だと一人称や二人称も使いわけなきゃいけないけど。I/youだけですむところは便利っちゃ便利ですよね。
B:でもyouは変態的ですよ。
A:どうした急に。いや、急でもないか。さっきからちょいちょいおかしいし。
B:youは変態ですよ。
A:指さしながら言うな。「的」もとれて変態に変わってんじゃねえか。
B:だってyouだけ複数でも変わらないじゃないですか。一人称ならwe、三人称ならtheyって変化するのに、youだけ単数でも複数でも同じっておかしくね?
A:なんで今すごいくだけた。二人称にはそういうとこがあるんですよ。I/my/me、he/his/himみたいな法則も、you/your/youと崩れちゃうし。まあsheもshe/her/herとちょっと変則的ですけど。
B:ハアハアと変態的に。
A:やかましいわ。
B:僕ね、そういう統一感がないの気持ち悪くてやなんですよね。youやsheみたく不規則でもいいなら、いっそI/I/Iでもよくありません?
A:I/I/I?
B:「It is my pen」じゃなくて「It is I pen」とか。「This pen is for me」じゃなくて「for I」とか。「I hava a pen, Apple pen」とか。
A:ピコ太郎さんだな。それペン・パイナポーだな。最後の関係ないだろ。
B:あと変態のなかでもbe動詞。これはもう変態中の変態。キングオブ変態。あ、キングオブザ変態。
A:いちいち言いなおさなくていいよ。
B:be動詞、基本的にはisとareですよ。単数のis、複数のare。
A:ええ。一人称だけamですけどね。
B:まずそこ。なぜ基本の一人称がいきなりマイルールを適用してるのか。IだけamになるMyルール。
A:ややこしいわ。あえてその言いまわし選ばなくていいだろ。べつにマイルールじゃねえし。
B:そしてここでも変態としての存在感を示すyou。
A:だから指さすな指を。俺、変態じゃねえよ。
B:youだけが、複数形専用のareを単数でも使っちゃう。
A:専用かは知らねえけど。
B:普通、単数か複数かで主語も動詞も変わるのに、youだけ「you are」。相手が1人でも1万人でも。
A:大観衆に呼びかけてるな。大統領の演説か。
B:これじゃ単数と複数の区別がつかない。あいつらそこらへん病的にこだわるくせにyouだけガバガバ。
A:だからあいつら言うな。怒られるわ。病的にとかガバガバとか言葉選べよ。
B:ならもうareで統一したほうが合理的じゃありません?「I are Bob」「She are Beth」て。
A:気持ち悪いからだよ。日本語の俺たちでももやっとするのに、ネイティブにしてみたら死ぬほど気持ち悪いだろ。
B:あとね、変態youを超える超ド変態野郎のhaveって単語が――
A:言葉選べ。指をさすな。それ収拾つかないからもういいよ。