親ごころ利用詐欺
怪しい電話がかかってくるも、応対はそれ以上に怪しかった。
B:はい、山田ですが。
A:あ、母さん? 俺だよ俺。
B:オレ? あたしゃどちらかといえば緑茶のほうが……。
A:飲みものじゃねえよっ。俺だよ俺!
B:えぇ? どちらさんだい?
A:息子の声も忘れちまったのかよ。俺だよ、ほらぁ。
B:あー。
A:そう。
B:名前なんだっけ。
A:おいぃっ! 自分の子供の名前も忘れるほどボケたのか?
B:こらっ、タカシ!
A:うわ、びっくりしたっ。
B:「ボケ」は差別的なニュアンスがあるからあれほど使うなと。2004年に厚生労働省が検討会をひらいてパブリックコメントを集約した結果、従来の痴呆症から呼称を認知症に改めたというのに、この子はいまだに――
A:それだけすらすら言えるなら大丈夫だわっ。そう、タカシだよ。
B:タカシ? はて? どちらさんかいね。
A:はあっ? 今、タカシって呼んだじゃん。
B:言ったかね、そんなこと。
A:やっぱボケてんじゃねえか……。
B:こらあーっ!
A:うわっ、声デカっ。
B:たった今、ボケは使うなと言ったばかりなのに――
A:覚えてんじゃん!
B:タケシ、あたしゃそんな子に育たてたつもりはないよ。
A:あれ、名前変わってね?
B:ああ情けない。死んだお父さんになんてわびればいいんだい。
A:ご、ごめんよ母さん。そうだな、しっかりしなきゃ親父も安らかに眠れないもんな。
B:そうだよ、まったく……。あ、ちょっと待っとくれ――お父さん、鍋ーっ。吹きこぼれるからガス弱くしてー。
A:ええーっ?
B:あ、ごめんよヒロシ、で、なんの用だい?
A:えええーっ? また名前変わった!? てか親父、生きてる!? え、なんなのっ、この山田家。
B:用事がないなら切るよ。今日はお兄ちゃんが久しぶりにエスワティニの出張から帰ってくるから支度が――
A:どこだよエスワティニって! 聞いたことねえよー!
B:えぇ?
A:いや……そ、そうなんだ、兄貴戻ってくるんだ。実はさ、俺――
B:兄貴? お兄ちゃんなら3年前に交通事故で死んでしまったじゃない、なに言ってるの。
A:なに言ってるのはこっちのセリフだよー! え、なに怖い。兄貴生きてるの、死んでるの、どっち!
B:あ、ちょっと待って――ついでにお父さんにお線香あげといてー。
A:だから親父もどっちなのっ、生きてんの、死んじゃってんの、もうどっち!
B:で、用は? ないなら切るよ。
A:待って、待って! 実はたいへんなことになったんだ。会社の金を銀行へ預けにいく途中、うっかり電車に置き忘れてしまって……。
B:まあ!
A:駅に問いあわせたけど届いてないって。今日じゅうに300万、入金しないと俺、クビになるんだよ。
B:まあ……。
A:必ず返すから300万、貸してくれないか? 頼むっ!
B:ごめんよヒトシ、すまないけど――
A:頼むよ母さん……。てかまた名前変わったよな、3回目だぞ。
B:すまないけど……もう一回、言ってくれないかい?
A:ええっ?
B:どうも最近もの覚えが――
A:さっき、めちゃくちゃ記憶力よくなかったっ?
B:ん? エスワティニかい? 以前のスワジランドだよ。
A:そして唐突なタイムラグでの回答! スワジランドって名前も全然なじみがなくて意味なし!
B:エスワティニは面積が1万7千平方km、人口100万の内陸国で、2018年にスワジランドから改名した王国だよ。首都はムババーネ、最大の都市はマンジニで、公用語は――
A:それだけ記憶できて、なんで「会社の金紛失して困ってる」って単純な話が覚えられないんだよ! おかしいだろっ。
B:もしかして……ショウイチ……。
A:だから誰なんだって! 名前変わりすぎだろ。タカシ・ヒロシ系の原形とどめてねえし。
B:もしかしてこれ……親ごころ利用詐欺かい?
A:なんなんだよそれ!
B:親ごころ利用詐欺……別名・母さん助けて詐欺。
A:別名・オレオレ詐欺でいいだろ! 「親ごころ」も「母さん」も、新しく募集して全然普及しなかったやつだよなっ。
B:でもまさかね。親ごころ利用詐欺を働くような子に育てた覚えは――
A:その名称、もやっとするからやめてくれねえかな。ていうか、親にオレオレ詐欺っておかしいだろ。「俺、俺」ってぼかす必要ねえし。
B:つまり、特殊詐欺なのかい、陽翔?
A:いきなり現代的な名前だな! 太陽の陽に飛翔の翔と書いてハルトってか? なんでいい歳した息子が、最近の赤ちゃんにつける名前なんだよっ。あとなにげに、親ごころ利用詐欺から普通に特殊詐欺へ変わってるし。
B:うんー、そー、やっぱり詐欺の電話みたいー。あ、マサルー、出かけるならついでに玉子買ってきてー。
A:くそっ、息子、マサルかよ! てか、詐欺って気づいてるわりにのんきだな!
皆さんも「電話de詐欺」(命名・千葉県警)にはじゅうぶんご注意を。




