たい焼き事件
「事件は会議室で起きているんじゃない、たい焼き屋で起きているんだ!」とかなんとか。
悪徳商法に今、司法のメスが入る。(本人談)
B:僕ね、ちょっと訴訟を起こそうかと考えてるんです。
A:また穏やかじゃありませんね。なにがあったんですか?
B:先日、スーパーの店先でたい焼きを買ったんです。
A:あー、よく食べもの屋さんが入ってたりしますね。たい焼き・たこ焼きなんかの軽食。買いもの帰りのささやかな楽しみだったりしますけれども。異物でも入ってたとか?
B:逆です、入ってなかったんです。
A:入ってなかった?
B:タイが。
A:なんて?
B:タイですよタイ。スズキ目タイ科の魚。タイランドのほうじゃなく。
A:国のほうのは一瞬たりとも浮かんでませんよ? たい焼きのなかにタイが入ってないとかの古典レベルのボケ、ちょっとやめてもらえませんかね?
B:ボケじゃなくて僕は真剣なんです。
A:よけいタチが悪いな。
B:たい焼きと銘打っていればタイが入っていると想定するのは当然ですよね。
A:うん、当然、想定しないね。
B:ところがです。そのたい焼き屋ときたら、タイの身どころかヒレのひとかけらすら入っていない。
A:入ってたら逆に異物混入でクレームくるわ。
B:実際よりすぐれているかのように誤解させる。こういうのを景品表示法で優良誤認といいます。
A:うん、なんの誤解もないと思うよ。そのなんとかってややこしい法律を持ちだすまでもなく、まっとうな商売してるんじゃないかな、その店。
B:よほどのことがない限り普段、温厚な僕も、これには怒りを禁じえませんでした。
A:そういえば、ささいなことでしょっちゅうキレてるね、きみ。
B:思わず友人に連絡をとり「おまえたしか弁護士事務所で働いていたよな。腕のいい弁護士を紹介してくれないか」と尋ねました。
A:話が飛躍しすぎじゃあないですかね。
B:眠たげな声で「ふざけるな、こっちは何時だと思ってるんだ!」とアメリカへ出張中の彼は怒鳴ってガチャ切りですよ。ひどいと思いません?
A:思う思う。相手がキレるのも当然だわ。
B:こうなったら孤軍奮闘ですよ。
A:四字熟語でかっこよさげに言ってますけど、やってること、すごいみっともないですからね?
B:まずは過去の判例を調べに国会図書館まで足を運んだのですが。
A:ひまなのかな? そんなことしてる間があるなら、ネタあわせやったりとかコンビ活動にあててくれない?
B:調査するうち、ある事実に愕然としたんです。
A:調査とか言えば聞こえはいいけど、やってることは、たい焼きにタイが入ってないとかバカみたいな主張ですからね?
B:なんと同種の判例がまるで見当たらない。
A:うん、きわめて普通の展開だね。逆にあったら怖いよ。
B:過去にあったのはたったの1件だけ。
A:あるんかい!
B:昔、僕が起こした訴訟のみ。
A:いやおまえかい!
B:あのときはからくも敗訴でした。
A:訴えられたがわの圧倒的勝利しか思い浮かびませんけどね。
B:裁判長のめんどくさそうな顔。
A:だろうね。
B:30分で却下された屈辱。
A:だろうね。仕事とはいえ裁判長もご苦労さまだな。
B:訴えても負ける。たい焼き業界の闇にいったいどれほどの人が泣かされていることか……。フッ、想像もつきませんよ。
A:つかないね。誰も泣いてないし想像のしようがないよ。
B:個人的な事情から始まった戦いが、もはや僕ひとりの問題ではなくなってきた。
A:むだに壮大になってきましたね。本当にむだに。
B:庶民の味方と慕われた町弁護士の祖父が夢枕に立ちましてね、僕に言ったんです。「希望を捨てるな。道は必ずひらける」それだけ言い残して消えました。はっと目が覚めたとき、頬が濡れているのに気づいて、あ、俺、泣いてたんだ、って。
A:なんかいい話っぽく語ってますけど、きみのおじいちゃん、板金工だよね?
B:……。
A:毎日、普通に家の工場で仕事してるよね? こないだ車検で車持ち込んだとき世間話したもん。消費税が上がって楽しみの晩酌も減った、ってぼやいてたよ。
B:とにかくっ。僕は全国のたい焼き購入者のすべてを代表して立ち上がらなくてはいけなくなった。
A:なんだその謎の使命感。みんな普通にたい焼き買って、うまいうまいって食ってると思いますよ。
B:要はたい焼きにタイが入っていないことの違法性を立証できれば僕の勝ちなんですよ。
A:存在しないものは証明のしようがなくないですかね。
B:まず証拠A。
A:いやもう残り時間、あんまないんですけど。
B:たこ焼きにはタコが入っている。
A:大判焼きに大判も小判も入ってませんけどね。
B:証拠B。いか焼きはそれどころかイカそのものである。
A:うん、ほかは?
B:以上。
A:それだけかーい!
B:準備は万端。たい焼き屋と対決ですよ。タイだけに。
A:やかましいわ! 全然うまくねえし。って、オチそれだけかよ!




