第四話
そして迎えた握手会当日。俺はお台場のある建物の部屋にいた。
「すみません、ここでお待ち下さい。人は結構な人数いらっしゃってるのでご安心を。」と今回のスタッフさんに話しかける。
部屋にはスタッフさんと俺一人。他のスタッフさんは列の整理に回ってるとか。
いざここまで来ると不安だ!髪は一応整えたし、無様な姿ではないはず。
緊張。扉の外からざわざわと聞こえる。
周りは真っ白い壁で囲まれており、あるのは扉二つ。自分の入ってきた裏口と、多分リスナーが入ってくる扉。
頭上に横断幕で『ベル握手会!』と飾られているが恥ずかしい。
開始は十時。現在は九時五十五分
規定人数に達したので既に列は打ち切られたらしい。
どうする?ねえ。ここから配信でもするか?あ、機材がねえ。だめだ。機材取ってくるか?時間がねえ。だめだ。時間を作るか?俺は誰だよ。
パニック状態になりながら、初握手会の開始を待った。
外からスタッフの方の声が聞こえてくる。
「一列でお待ち下さいー。まもなく十時になります。」
秒針の音。時折、扉近くのスタッフさんにトランシーバーで連絡が入る。
『まもなく入場開始です』と連絡が入る。
「ですって。」とスタッフさん。
「了解です。」と俺は答える。
緊張が高まる。手汗をズボンで拭う。
カチッ、カチッと時計の秒針だけがなる。
本当に顔を出すのは初めてだ。
俺が緊張していてはダメだと気を引き締める。
「最初の方入ります」
「了解です」と答え、いよいよ俺は記念すべき初握手会の初リスナーに備える。
静かな部屋にカチャッというドアノブの音が響く。
きれいな白いTシャツにジャケット、加えて青の濃いGパンを着た黒髪ロングの綺麗な女性だ。
女性は少しこちらに会釈して、こちらを緊張した面持ちでこちらを見つめている。
って何を言っているんだ。握手会なんだからこっちからエスコートしないと不味いだろ。
「こんにちは」とできるだけ普段とは違う優しい声で話しかける。
「こ、こんにちは。」と女性はもう一度会釈しはにかみ笑う。
「握手する?」握手会ですからね、はい。変な意味ではないですし。あの、握手で変な意味って何?え?
「は、はい。」と言いつつも手を出さない女性。
こちらから手を出すと女性も応じる。
「いや、初の握手会で少し緊張してて…はは」
「そ、そうなんですね。あの、自分、一度スカイプで相談させていただいたものです。」
「覚えてなかったら悪いんだけど、どんな内容?」と俺はできるだけ慎重に聞く。やっと目を合わせられるようになってきた…。
「えっと、」と目を伏せる女性。
「恋の悩みなんですが…少し引きずっていると…」
「うーん、覚えているような覚えていないような…。まあいいや」と笑い、とりあえず感謝の念を伝える。
「今日は本当にありがとね。」
「え、いえ。こちらこそいつも元気をもらってます。ところでウィンタさんはもう出ないんでしょうかね?」
「え?」
ウィンタとは真冬のネットでの名前だ。おい嘘だろ。女性リスナーからも需要あったんか?
「ごめん、よく遊んでるんだけど、人気が想像以上で。放送が重くない日にはできるだけ出てほしいとは思ってるんだけど。本人もあまり希望してなくてね…」
「そうなんですね。」と少し残念そうにする女性。
「それに、彼女がでたら俺以上の人気が出そうだしね…」
「そうですね」と少し笑う女性。
どこかで見たことがある目元をもつ女性。きれいな黒い瞳に、整った鼻。そして笑うとできる頬にできるえくぼ。
どこで見たんだ?
「失礼だけど、どこかで俺と会ったことなんてないよね?」
「え?あ、マスクでわからないですけど、ないと思いますし、相談のときもビデオはないかと。」
だよな。そんな超ラブコメ展開なんてないよな。と思った矢先だった。
「一つだけお願いがあるのですが、いいですか?」と伏し目がちに女性はこちらに尋ねてきた。
「え?あ、はいどうぞ。」と戸惑いつつも反応する。
「私をベルさんの元でバイトさせてくれませんか?」
少し語尾が強いその言葉は俺の右耳からはいり、左耳から抜けていった。
「え?」
「私は大学生なんですが、社会勉強をさせてもらいたいんです!」
「え、ちょっとまって真面目に言ってる?」
「はい。本気です。」こちらを見据える女性。
「いやあの、俺そんなバイト雇えるほど稼いでないよ?」
「そこが好きなんです。グッズと広告くらいですよね。でも広告はほとんどつけないですし。無料で見ることならいくらでもできる。そういうところが好きなんです!」
ラブコメ超展開っていうのはこういうのを言うのか?
そこでスタッフの方が「時間が押しているのでお早めにお願いします」と声をかける。
おいおいスタッフいたんかーい。
正直断りたい。すべて俺と真冬で回っているし、必要ない。
だが可愛い、じゃねえ、わざわざ一番前に並んでまで働きたいと言ってくれている社畜予備軍、じゃねえ、ベルを好んでくれている人を無碍にしたくない。
「ごめん、時間がないのもあるけど、もし本気ならTwitterかskypeに連絡してくれる?」
いやなんだよこれ。一部のそういう人はそういうことをリスナーと連絡してそういうことを致しているとか聞くけれども、俺はそんなことやこんなことを致したことも連絡したことも放送外ではない。
その御蔭か否か俺には全く女の噂を持たない。大学でも…。
「わ、わかりました。ありがとうございます。」流石にここまで簡単に了承されると思ってなかった様子。
「いやいや、本当にこちらこそこれからも是非放送よろしくね。」
「はい」と微笑む女性。
こうして俺は初めてのリスナー対面を終えたのだった。
「お出口は出てそのまま左へどうぞ。次の方ー」
俺のなんとも言えない感情の中でスタッフさんの声が響いた。
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