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1月末の朝の8時半。明け方から、この季節にしては珍しい、澄んだ青空が広がっていました。
浜辺です。静かな冷気だけで風はなく、そのうえ防波堤に守られた炬口海水浴場は、打ち寄せる波も遠慮したのか、黄色い砂浜を湿らす程度に、そっと寄せては引いていくことを、音もなく繰り返していたのでした。
浜のすぐ横は、ゆるやかな洲本川の河口です。
そのゆったりとした流れに、半ばすがるような眼差しを送る黒髪の少年がいたのでした。
小学校の高学年生でしょうか、背の高さは年相応に普通です。
ほんわかとした顔。灰色の、輪っか状の毛糸の帽子で耳を囲っています。
黒のネックウォーマーに、紺色のフリースジャケット。着込んでいるのでしょう、着ぶくれしています。
厚地の黒のジーパンに、足首まである赤紐の、茶皮のトレッキングシューズ。履きなれているようで、見た目にもしっかりとした足ごしらえです。
背中には青色のリュックを背負い、そのショルダーベルトに添える左手は、黒の毛糸の薄いグローブです。導電繊維製らしく、右手には、ブラックカラーの携帯端末・パムホが握られていたのでした。
白い息が流れました。
ほんわかとした表情に、眼差しに、強い意志のこもった光が生じます。
「――じゃ、一本行くか!」
勇ましい言葉を小学生の声音で出し、元気よく足を踏み出します。同時に、右手親指は、パネルのボタンマークを長押ししていたのでした。
長押しを認知したあかしとして、表示されていたマップ画面が、明暗に点滅を始めます。
そして、洲浜橋北詰の、市道の下に設けられた通路をくぐって向こう側に出た瞬間――
「ピロリン♪」と認証音。
マップ画面は点滅をやめ、通常状態に。同時に、自分の現在地を示す○印が、ルールに基づいて隠されたのでした。
スタートラインからゾーンインしたことを意味していました。すなわち、ゲームスタートです。もう後戻りできません。これより先、スタートラインからも、サイドラインからも出ることは許されません。ゾーンアウトとして、ゲームオーバーとなってしまいます。唯一、ゴールラインからのアウトのみが認められ、そうすることによってゲームクリアとなるのです。
その、いわば旅ゲーが、いま始まったのでした。
今回のゲームの、そのコースデータを紹介しましょう。
場所は、兵庫県淡路島。東側の洲本市炬口からスタートして、南あわじ市福良までを旅します。
直線距離にして約19.2km。これがセンターラインとなります。
ゾーンの幅はラインの5%と規定されていますので、約960mになります。
この、960m×19.2kmの、比で言うと1対20の、細長い帯状のエリアからはみ出さず、スタート地点からゴール地点まで旅しなければならない、というものでした。
ちなみに、足は何でもありです。なんなら、タクシーだって使っても構いません。このゲームは、本質は旅なのですから。
ですから、スタート地点、ゴール地点は、その人による自由設定でした。
今回、少年はその舞台を、ここ淡路島に求めた、ということです。
では、ゲームとしての、その報酬は何でしょう?
旅の楽しみそのものが、ご褒美だ――とは、いくら小学生でもごまかせません。
ちゃんとありまして、それは端的に申し上げて、距離ポイントなのでした。
今回の場合、ゲームクリアしたら、ライン長19.2kmがポイントとしてゲットできます。
この累計ポイントが地球一周分、つまり4万キロメートルに達したときに――
そのときでした。
おかしなことが、起こったのです。