福良のバスステーションから高速バスに乗れば、1時間ほどで本州、兵庫県のJNR舞子駅に到着できる。すぐに次の旅に向かいたかったワープは、そうするために歩きかけたのだった。
と、そこで、足が止まる。
なんと言っても、旅なのだ。これも旅で、これが旅なのだ。
せっかくここ、福良まで来て、そのまま帰るって手はないだろう。
せめて、ご当地ラーメンでもすすってから帰っても、遅くはない。
意思を固めて“道の駅”に回れ右した――そのときだった。
肩を叩かれたのだった。そして、
「おい」
という、無作法だけど可愛らしい声の呼びかけ。
気配なく後ろを取られた――!?
少なからずの驚きで目を丸くさせながら振り向くと、そこに白いエルフが、高慢な表情で突っ立っていたのだった。
白い毛皮の帽子、白いフカフカな、膝までのコート。なぜか膝から足首まで白い肌を見せていて、靴はこれもまた白革製のブーツだった。
髪の毛は肩までの銀色のストレート。細い銀縁のメガネの奥は、サファイア色の瞳だった。
輪郭が繊細に整っていて、首筋は細い。耳は小ぶりで丸かった。
同学年と思われる。
ようするに大変な美少女、もしくは美少年だった。どっちだろう。
ワープ、小首をかしげた。
「エルフじゃない……?」
「キミの場合は、エロフだろ」
「いきなり、ご挨拶だなぁ……」
「今何時だ」
振り回されかけている。とは悟ったものの、この美人相手なら一興か、とも思い、
「ちょうど、13時になったところだ……」
素直に応じる。
「ラーメンはまだだな?」
「これから行こうとしたところだよ。それにしてもなぜ分かったんだい……」
「忘れるな。13時だ。ちゃんとボクに教えるんだぞ」
「さすがに、なに言ってんだか理解が追いつかないよ……」
「今日はここに泊まれ。明日朝、ボクをここで迎えるんだ。いいな」
「……」
「わかったか? 大丈夫かお前」
「とにかく、きみは誰なんだい……」
「キミのことは知ってる。コードネーム“月夜黒”。それがキミだ」
驚愕そのものだった。
「なぜ……!?」
「キミ自身に聞いた」
さらに不可思議なことを重ねる。だが飲み込んだ。ここは、こう問うべきだ。
「なら、不公平だろう。きみの名は……」
ここで相手は、待ってたかのように、美しく微笑んだのである。
「“月薔薇”……」
どぎまぎした。悔しくも、初めての感情だった。赤い顔で、
「月薔薇の君か。似合っているよ……」
満足げにうなずく美人。
「それじゃあ、目をつむれ」
もはや唯唯諾諾となるワープだった。
「13時だ。忘れるなよ――」
その言葉が耳に聞こえて――
唇に、何かが柔らかく接触する感覚を覚えて――
顔から火が出るほどの恥ずかしさに目を見開くと――
そこには、凛とした冬の空気が、ただ透明に広がっているだけだった。




