里穂ちゃんの知らない優くん
僕はいつの頃からか、幽体離脱をしてしまうのが癖になっていた。
眠っているといつの間にか、天井から自分を見下ろしていることがしょっちゅうあった。
仕舞には、とうとう授業中の居眠りでさえ幽体離脱をしてしまうようになった。
これは大変由々しき問題であった。
しかし僕にはどうすることもできず、これは体質なのだからしょうがないだろうと、そういうことにした。
考え方によっては、これは神様が僕に与えたもうた特別な力なのだ。
これを悪いことに使わない手はない。
都合がいいことに、次の時間は体育だ。体操服に着替えるために、女子は家庭科室へ行って着替えることが恒例となっている。
キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムが鳴る前から準備に入る。「起立っ」と日直による号令がかけられる頃には、僕の魂は体から抜け出ていた。
どうしよう、待ちきれない。少し早いけど、一足先に家庭科室に行っちゃおう。
壁をスルリスルリとすり抜けると、数秒で家庭科室についてしまった。
まだかなまだかな。女子たちが来るまでもう少し時間がかかるだろう。
おや?
家庭科室の黒板の上に、黒光りする怪しい何かが見えた。
近づいてみると、どうやら盗撮カメラが仕掛けられていたらしい。
何だと!けしからん奴め!
「はぁああ!」
僕は右腕に力を集中させた。
この前気付いたんだけど、こうすることによって魂状態の僕でも物質に触れることが出来
るんだ。
「とりゃぁ!」
ガタンッ
ガラガラ
丁度カメラを落っことした時に、教室のドアが開いてクラスの女子たちが入って来た。
「今の音なに?」
「もしかして男子が隠れてるんじゃない」
「あ、何だろうあれ」
「え、これってカメラでしょ」
「やだぁ」
「きゃあ、絶対竹内だよ、だってあいつ、いっつも私のことをいやらしい目で見てくるもん」
こういうときに一番騒ぎ立てるのは決まってデブスだ。
お前に限ってそんなことはないと、安心させてあげたい。
「他にもないか探してみて」
「後で先生に報告しなくちゃ」
隠しカメラがもうないと分かると、それぞれ体育着に着替え始めた。
うっほほ~。
「あれ、美咲また大きくなったんじゃない?」
「ちょっとやめてよ梨央~」
ここはパラダイスだっ
ふむふむふむ、里穂ちゃんは黒パンツかぁ。あ、桐谷さんは白なのねぇ。
クラスの女子たちは、自分の着替えているところをこんなに間近で覗かれているなんて気付きもせづに、下着姿になっていた。
こりゃ隠しカメラを仕掛けたくなっちゃう気持ちも分かりますわぁ。
体育着に着替え終わった女子たちが次々に家庭科室から出ていくと、僕はいったん自分の体を取りに戻った。
「よし」
コツコツコツ
家庭科室に近づいてくる足音が聞こえる。
ガラガラ
ゆっくりとその扉が開かれると、担任の馬渕先生がヒョコッツと顔を覗かせた。
眼鏡のレンズに光が反射している様は、よくある変態教師の演出だ。
「先生の探し物はもうここにはありませんよ」
先生は驚きの余りビクンッと肩を揺らしてから微動だにしなくなった。
「お目当ては相澤さんですよね」
先生はあからさまに「何故それを」という顔をしている。
「遂に犯行現場目撃ぃ」
「僕、何でも知ってますから」
僕が体育館に入ると、さっきまでにバスケに夢中になっていた連中がコソコソと耳打ちしながら僕のことをチラチラ見てきた。
「おい優太郎、今何時だと思ってるんだ」
「すぅ~」
「なんだその気の抜けた返事は!」
「うっ、すぅ~」
「お前、歯食いしばれ!」
ペチンッ
「痛っ」
すぅ~
「優くん、もしかしてずっと眠ってたの?」
コートに入る手前で里穂ちゃんに話しかけられた。
「黒パ、じゃなくて里穂ちゃん、僕の居眠り癖は治らないみたいなんだよね」
あ、危ないところだった。里穂ちゃんの顔を見てしまうと下着姿の彼女が目に浮かんでしまう。
「いつまでもそんなこと言ってないで、頑張って眠らない様にしようよ。私も手伝うからさ」
「里穂ちゃんってもしかして、僕のこと好きなの?」
「何言ってるの。そんな訳ないでしょ、バカ」
そんな訳ないわけがないと僕は知っているんだよね。
僕は心の中で舌を出した。