鬼の葬列
帰りの道中は、末期の病人のような身につまされる思いで、一言も発せずに歩いた。
葵はこの楽しい時間が終わってしまうのが惜しくて、いや、恐怖していたのであって。自分の空虚な心に、紅殻(べんがら)はあまりにも裡(うち)に染み渡りすぎたのだった。
そんな葵の思いなど雪解け山は知らず、ついには麓まで辿り着いてしまう。
少しくらい、ふらふらと山中を彷徨(さまよ)わせても良いだろうと、物言わぬ山に悪態をつく。
何か洒落た事を言おうかと、考えたこともないような言葉を思い浮かべていると、紅殻が先に切り出した。
「さて、おまえさまはこれからどうなさるおつもりで?」
「どう、というのは?」
「その命をどうなさるおつもりで?」
紅殻の言葉に、葵がはっとした表情を浮かべる。
自分がひた隠しにしていた事実が、さっと、あまりにも簡単に暴かれてしまったようで、罪悪感じみた感情が、彼を責め立てるように込み上がって来るようで、どこかばつが悪い。
ぐびりと、カラカラになる喉に、無理矢理唾を流し込んで尋ねる。
「もしかして、最初から全部気が付いていたのか?」
「ええ、おまえさまが死に場所を求めていたことは、初めから」
「紅殻も、なかなか意地が悪い」
「あら、酷い言われよう。なれど、わたくしが肉を削ぐと申したときに、おまえさまは『それでも良い』という顔をなさるんですもの。それがおかしくって」
元から隠し切れていないのだと。まるで隠れんぼで、頭だけ隠して尻を出していたときのような、さもなくば片想い相手に認(した)め、布団の下に隠した恋文が、いらぬ親のお節介でその人に届けられてしまっていたときのような、そんな衝撃を受けたのであって、葵は瞠目(どうもく)する。
それから彼は馬鹿笑いをすると、思い詰めた顔の険がほどけ、憑物が落ちたかのように穏やかな顔つきになった。
「少し聞いてはもらえんか?」
「ええ、幾らでも」
「ありがとう。俺の家族が一夜にして全部無くなってしまってさ。まるでぽっかりと胸に穴が空いたような気分だった。悲しくてやりきれなくて。それで、何だか疲れてしまってさ。もう、どうでもいいって思うようになって。ならばどっか綺麗な場所で死んでやろうかと考えていたんだ」
「今もまだそう思いますかえ?」
葵は天を仰ぐように見遣ると、しばし思案するように目を閉じた。
自分では長い時間そうしていたように感じられたが、実際は一分にも満たない。
そろそろと口を開いたのだった。
「どうだろう。分からないな……」
「では、わたくし共の葬列に加わるというのはどうでございましょう?」
紅殻はこくりと、葵に促すように頷いた。
葵には彼女のその言葉の真意は測りかねるが、とても冗談で言っているように聞こえなかった。今、自分がどんな顔をしているのか、見当も付かない。
「それは鬼になれ、と?」
「ええ」
「それこそ冗談だろう?」
紅殻はくすりと、艶(えん)だ。
そしてすっと、葵の目の前に手の平を差し出す。
「俺なんかを何故誘う?」
「気に入った。と申せば気がすむのかえ?」
「ああ、それだけで救われた気になる」
「鬼が死ねば鬼が生まれる。おまえさまがここに来たのも必然だったやもしれませぬ」
――もしかしたら、自分はすでに死んでいたのかもしれない。
などと、あの雪の中で葵という人間は死に、とうに鬼に成り果てているのだと、そう思ったのであって。
葵は紅殻の手の平に視線を向けると、その白い繊手(せんしゅ)を取って見せた。
手を引かれるままに、彼女の後を着いて行く。
段々と葵の足元も、視界もおぼつかなくなり、あの囃子詞(はやしことば)のように。
――――鬼さんこちら、手の鳴る方へ、と。
美しい紅殻の鬼に誘(いざな)われるは。鬼の葬列――――
ここまで読んで下さってありがとうございます! 他にも短編等投稿していますので、もしお時間を頂けるのならばよろしくお願いします。