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鬼の葬列  作者: 風見烏
1/4

雪の中

全4話の予定。朝7時頃更新予定です。

 しんしんと降り積もる雪の中に、埋(うず)められた青年の体。

 真っ白な銀色めいた世界の、静謐(せいひつ)に切り取られたような風景の。

 もはやその一部となりつつある青年の体は、段々と雪で白ずんでしまう。

 彼の体温は徐々に奪われつつあり、目の前に死神の息づかいでも聞こえるようで。


 ――ここで死ぬのか。

 と、胸中にぼんやりと浮かぶ言葉の、まあ仕方ないかという心情で。どんよりとした目を地面へと向けるのは双葉葵(ふたばあおい)という青年で。徐々に意識も遠のいて行くよう。


「こんなところで行き倒れとはなんと珍しい。見捨てても構いませぬが。これも何かの縁でございましょう」


 流れるような黒髪に、額には角が二本。足場の悪い雪の中を薄下駄で歩く少女。

 足取りははっきりとしていて、雪の積もる中を、まるで石畳を踏みしめているように真っ直ぐと進む。手に持った蛇の目傘を広げると、雪が舞い散る桜の花びらのようで、花道を歩いているかのように悠然と葵の前に現われたのだった。

 少女は傘の持ち手を替えると、決して軽くない青年の――葵の体をひょいっと、軽々と担ぎ上げる。米俵のように肩に担がれた葵の目の前には、彼女の着物の鮮やかな紅殻色(べんがらいろ)が広がった。


 少女が進む先には小屋が見え、そこに葵を連れ込む。


「こんなに冷え切って、なんと面倒な男じゃ」


 備え付けられた枯れ葉にマッチの火を遣ると、ぱちぱちと、囲炉裏(いろり)にあかりが灯る。

 細い枝木に充分な火が熾(おこ)ると、その上に新たな薪(まき)を足していく。

 橙色の光が彼等を映し出すと、ゆらゆらと火の揺らめきが影の形を歪に変えて行く。ほっと一息つきたい気分ではあるが、葵の体は、そのあえかな火の暖かさでは、芯からの冷えは取れないようで、どんどん体温は失われていくばかりである。


 見かねた少女は柳の腰の、綴り帯を解くと、紅殻(べんがら)の着物をすぅっと脱ぎ捨てる。

 なだらかな双丘(そうきゅう)から視線を降ろすと、畚(もっこ)に吊られた下帯が露わになる。


「なんと冷たい体かえ。石でも抱いているかのよう」


 寒さで縮こまる葵の背中から、少女は体を包むように抱きしめると、柔らかさ、とか。ぬるい暖かさがじんわりと解きほぐしていくのを感じられた。少女の細い指が、葵の胸元へと降りると、ついびくりと体を震わせてしまったのだった。


「まあ、感覚がおありならば、きっとすぐに良くなることでございましょう」


 耳元で囁かれる彼女の息づかいが、耳朶(じだ)をくすぐるようでこそばゆい。ほんのりとだが、赤らんだように見える。

 はだけられた肌と肌が触れると、そこからじんわりと、死に扮した細胞が再び命を吹き返したように、ようやく胸の強ばりがほぐれると、漫(そぞ)ろな呼吸が忙しい。淡く呼び戻された意識が、少女に抱き寄せられるのだと気付くと、その気恥ずかしさから逃げだそうとするが。縮こまった体は未だにその機能の大半を放棄していた。まったく動けないといった有り様。


 やがてそのぬくもりに、胸中にはついぞ失われた郷里の感情が込み上がってきた。そのまま母の胸の内に抱かれる子どものような、望郷じみた感覚に眠気を覚えて。

 ふっと、葵の意識は深い闇の淵へと真っ逆さまとなった――。

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