猫の手でも借りたい
その喫茶店は国道の脇にポツンと建っている。
外から見れば古くは見えないだろう。だが中に入ればタイムスリップしたような気分を味わえる。
レトロな修飾は完全にマスターの趣味だ。あの人は喫茶店とはこうあるべきだ、と考えている人だ。簡単に言ってしまえば頑固者だ。
そんな店長が考えた店名は『るーと』。国道の脇だからといって安直すぎないだろうか?と考えてしまうが別段悪くはない。
客足は少なくもなく多くもない。仕事は朝と夕方が忙しい、出勤前と帰宅時の人がターゲットだ。
ゆえに昼間は暇なのだ。そう、現在時間はお天道様は上に昇り、同じように時計の針も上を向きにらめっこをしている状態だ。一応お客が来てもすぐに対応できるようにカウンターにはいる、だがこの2年の経験上お客が来る可能性は極めて低いだろう。
鈴の音を鳴らさず休憩中の扉を見て思わずため息が出てしまう。
ここはいい店なのだ。ホットサンドは旨いし、コーヒーも良い。何とか人気が出るいい方法はないだろうかと暇になれば考える。マスターからは「このままでいい」と言われるだろうが、自分としては良いものは知ってほしいのだ。
とりあえずこのまま外の車の往来を見ていても仕方がない、少し早いが午前に出たごみを片付ける事にした。掃除はもう終わっているのでごみ袋を縛って裏口の脇に集めてネットを掛けておく。
そんな時だったのだあいつが来たのは。
どうせなら裏口ではなく表から来てほしいものだ。
「おいおいこっちは裏口だぞ」
そんな風に声をかけたが彼女は無反応だ、困ったものだ。こちらをじーっとみている。その瞳は透き通っていて自分の心を見られているような気分もする。毛先は触ってしまえば、うわ、さらさらと思わずつぶやいてしまうに違いない。なにより彼女の纏っている白はよく似合っている穢れ一つ知らない白さだ、触りたくなるが初対面の相手にそんな事をすれば大変な事になる。
「どうしたんだ?こんなところで」
暫く返答を待ったが帰ってこない。もしかしたら喋れないのかもしれない、筆談すべきだろうが手元には書くものも紙もない。まぁ、そもそも文字が書けない可能性もある。
彼女の動きを見ているとなにやらモジモジしているような気がしなくもない。
トイレか?いや違う。お腹が空いているんだ間違いない。彼女はゆっくり近づいてきて此方を見上げている。自分の身長は平均的だが彼女はいささか小さく庇護欲がそそられる。
そんなときに閃きは舞い降りた。
ーーこれは、行けるかもしれない。
早速マスターに話すために店舗の二階に彼女を連れてかけ上がる。
マスターはノートパソコンで作業していた、マスターはノックもせずに入ってきた自分に驚いているようだ。
白髪混じりの髪は短く整えてある。すぐにしたに降りれるようにエプロンは椅子に掛けてあった。
「ど、どうした」
「マスターこの娘雇いましょう」
自分は彼女を指し示す。彼女はきっと大物になる、指し示した彼女はソファーですでにくつろいでいる。自分の目に狂いはなかったと確信する。
「見てくださいこの姿、彼女は大物になってこの店を大きくしてくれます」
「……しかしね君、彼女に接客業は」
「大丈夫です。自分がしっかり教育します、喋れないからといって役立たずという訳ではありません」
「うーん、まぁそういう店もありか」
マスターならそう言われると思ってました。彼女なら店長の喫茶店イメージも損なわないと、狙い通りだ。
店長は彼女を住み込み三食昼寝つきで雇うことにした。彼女住環境は自分が整えた、マスターには彼女の扱いがわからなかったからだ。自分は経験豊富で最近は一年前迄同棲していた、彼女の扱いはよくわかっていた。
そして、その日はきた。喫茶店『るーと』の看板娘のデビューだ。
帰宅前の女性客が、かわいいと言って写真を撮って帰っていく。撮られた彼女は何事もなかったようにそこにいた。
マスターにこんなことが出来るなんて知らなかった。今彼女はマスターお手製の『るーと』の制服を身に付けている。可愛らしい猫のワンポイント入ったエプロンが特徴的だ。
マスターに聞いてみると「私はね学生の頃部活内で黒一点だったんだ。毎日男のくせに、男のくせにってね」マスターが遠い目をしていた。マスターの闇を感じとりそれ以上は聞かなかった。
数日過ぎたある日だった、本来なら暇で仕方がない昼。客がやってきた。『るーと』の看板娘の効果だ。もしかしたらSNSなんかで拡散されているかも、なんて考えてしまう。だが自分は狙い通りにいったことを喜び彼女にボーナスをあげた。
だが何事もなくすんだのは始めだけだった。
朝、昼、夕。時間を問わずに客がやってくる。そう、忙しい。
動いても、動いても終わらない。
なぜこうなった?そう全ては奴が来たからだ。いや自分がこんなことを思い付いたからだ。
雇い入れた新人はとても役に立つ奴だった。昼間でも客が来るのだ。お陰で地域で少し話題の喫茶店に。お陰でたいへん忙しい。
その状況を知ってか知らず、彼女はお客たちからの貢ぎ物で溢れたふわふわ寝床で大きく欠伸している。
はぁ、まったくもって。
「猫の手でも借りたい」
初めて書いたんですが、どうでしょうか。
1/4彼女の制服に関して追加。ただの猫をわざわざ見に来る人は少数でしょう。