第四話「王の前に立ちはだかる者」
一閃、空中を薙ぐ風が吹き荒ぶ。身体が気付くよりも早くヨウは無意識に後退した。喉仏に軽い切り傷が生まれ、血が滲む。少女は動いていないように見えたが、一瞬の動作でヨウの喉元を撥ねようとしていたのだ。
「何?確実に仕留めたはず…。」
「天性の勘ってやつだよ!」
全身に紅いオーラを纏ったヨウは足に力を込めて走り出す。少女も臨戦態勢になり、見えない刃をヨウの辿るであろう道へと飛ばしていく。だが、ヨウは既に動きが読めていた。見えない刃ではなく、少女が持ち得る武器がそれを証明していた。紅いオーラを拳に込めながら見えない刃をわかっているように避けていく。
「その攻撃は左右からの攻撃しかこないとわかっていれば避けれる!」
「鋭いな。」
ヨウの拳が少女の脇を狙いながら放たれる。が、激しい音と共にヨウの拳は防がれた。少女は微動だにしていないが、ある部分だけでヨウの拳を受け止めていた。尻尾である。
「魔力で硬質化させた尻尾で攻撃できるとは思わなかったけどね。」
「思い上がるな、来訪者!」
受け止めた尻尾でいなし、ヨウを弾き飛ばす。勢いを減らして、ヨウは体勢をなんとか家屋の崩れた壁で立て直すが、向き直ったと同時に少女の拳が目の前に現れる。激しい音と共に家屋が崩れ瓦礫が二人に降り注ぐ。だが、ぶつかる寸前で尻尾で払いのけ、ほぼ無傷の状態で少女は立っている。一撃で倒されるのであればヨウは瓦礫の下敷きになっている…はずだが、少女の腹に金色の鎖が巻きつけられる。
「むぅ!?」
巻き付いた鎖は腕も巻き込み、少女は腕と身体を拘束された状態となっている。
「おらぁ!」
埃まみれのヨウが瓦礫から飛び出し、鎖を両手で掴みながら空中で回転する。鎖が回転に引っ張られることにより少女も引っ張られ、回転の中に巻き込まれていく。
「ぐぅっ!」
遠心力により、少女に掛かる重力は計り知れないものになっており、身体も軋み始める。残像が見える程の回転をしたと同時にヨウは少女を地面へと思い切り叩き付ける。叩きつかれた少女は初めて苦しそうな表情を浮かべ、地面へとめり込んでいく。直ぐに鎖を放してヨウは一旦距離を保つ。
「初めてダメージを与えたかな。」
「がふっ…。」
平然を装うヨウであるが、ダメージは来ており、足に若干のふらつきが見える。少女の攻撃をまともに食らえばただでは済まされないということを認識する。そうこう考えているヨウを鑑みて、少女は思慮する。
「(今までの奴等とは違う…。じゃが、ここでくたばる訳にはいかんのじゃ!!)」
紫の魔法陣が陥没した地面に展開され、魔法陣から巨大な骨の怪物が現われる。四足歩行で鋭利な爪と牙を尖らせ、尾骨は地面に落ちると、その部分だけクレーターを生み出す。
「見方を変えた。わしはお主を倒す。それだけじゃ。」
陥没した地面から骨の怪物に飛び上がると、ヨウに向けて放つ。上を見上げるヨウは、少女の言葉を正面で受け止め、微笑む。
「対等な立場だと思ってくれて嬉しいね。じゃあ、僕も決めた。」
着崩された着物の上部分だけを破り捨て、さらし姿を見せる。
「僕が勝ったら、僕の言う事を聞いてもらおうじゃないか。」
「ほぅ?勝つ自身があると見えた。だが、これはどうじゃ!」
と、右腕を大いに広げると、骨の怪物の横に新たな魔法陣が展開される。展開されたと同時に巨大な狼の頭が出現する。それは銀色の毛並みを揃え、濁った瞳が燃えている家屋に反射し静かな闘志を秘めているように感じる。次第に身体を魔法陣から現し、全体が見える頃にはヨウを見据えて大きな咆哮を上げる。咆哮は空気を震わせ、辺りの家屋や崩れ、狼を中心に地面に亀裂が走る。ヨウも咆哮による鼓膜が破れるのを防ぐ為に耳を塞いでいる。
「ぐぅっ!まだ召喚ができるのか!」
「死して尚闘志消えぬ母。死して尚憤怒に燃える父。わしはこの二匹に育てられ、生まれて初めてこの世に生まれたことのありがたみを戴いた。これはわしが二匹に届ける復讐譚じゃ!」
銀色の狼は走り出し、展開された魔法陣の中へと消えていく。父と呼ばれた骨の怪物も魔法陣の中へと消える。少女は骨の怪物から降り、ヨウへと迫る。対応するヨウだが、左から魔法陣が展開され、骨の怪物の大きな口が出現する。
「なっ!」
金色の鎖を瞬時に現し、骨の顎部分を鞭打し軌道を逸らす。それを図っていたのか、少女はヨウの死角になる右部分から回転蹴りをする。脇腹に命中した蹴りはメキッと嫌な音を立てながら身体に威力が伝わり、表情を曇らせるが、鎖で牽制する。少女も攻撃を予知し、低姿勢で鎖を避けて、尻尾でヨウの首を絞めつける。一捻りすれば首の骨を折ることが可能になる。が、ヨウも黙っていない。自身の首に鎖をがんじがらめに巻き始める。
「足掻きおって…っ!」
鎖に首を巻く理由を少女は理解した。常に巻き続けてある首の鎖は一定の速さで回転しており、尻尾にも鎖が当たっている。が、鎖が当たる度に僅かな隙間に少女の尻尾の毛が絡み、勢いよく抜かれていくサイクルが連続で起きている。痛覚が連続している少女は苦痛の表情を浮かべ、尻尾の締め付けを緩める。緩んだ隙を逃さずヨウは少女の腹に蹴りを入れる。
「ぐっ!」
「金縛鎖陣!」
金色の魔法陣を展開し、少女へと金色の鎖が放たれる。が、鎖の上に紫の魔法陣が展開され、巨大な銀色の尻尾が鎖をはたきおとす。
「なっ…魔力が尽きないのか?」
「わしの身体には二匹の力、そして二匹の胎児の力が備わっておる。フェンリルの力…即ち、神の力じゃ。」
神の力、フェンリルと呼ばれる狼の由縁が神に関するものであれば、ジンとテスティアが危惧する理由もわかる。ヨウは緩んだ帯を締めなおし、少女に向き直る。
「神の力、か…。尚更勝たなきゃならなくなったね…。」
ヨウの左右方向から魔法陣が展開され、骨と狼の前足が爪を光らせながら襲い掛かってくる。敢えて前進し双撃を躱す。
「鎖破紅…狼牙!」
紅いオーラを指に集中させ、先端が鋭利に尖っている。
「小癪な…。わしらの真似などと!!」
少女も同様に指の先端に魔力を集中させ、ヨウと同様の得物を用い、前進する。ヨウの右手、少女の右手が正面で交差する。オーラと魔力が激しく消耗し合い周囲に波紋が伝う。ヨウの左アッパーが少女を掠めるが、少女の左ストレートがヨウの頬を掠める。互いにインファイトを繰り返すが火花が散るや魔法陣展開による双撃を鎖で止めつつインファイトを続けていく。
「しつこい奴じゃ…いい加減にくたばったらどうなんじゃ!」
「このぐらいじゃくたばるつもりはないね!」
魔法陣から狼の頭が飛び出しヨウに食らい付こうとした瞬間、察知していたヨウは飛び上がり狼の頭に降り立ち、金色の鎖ではなく白金の鎖を生み出し、狼の顎を縛り付ける。
「また鎖か。斯様な物、直ぐに壊せ…なに!?」
金色の鎖を顎の力で圧し開いて砕く事は適っていたが、縛られた白金の鎖は顎の力に呼応するように締め付けを増し、開かせまいとしていた。
「一匹捕縛…!」
「たかが色が変わっただけで鎖の質が違うのか…。侮れん!」
少女は魔法陣を自身の下に展開し骨の怪物を後ろに召喚すると、少女の周りを骨が浮遊するようになり、あばら骨が開き少女を護る様に包み込む。少女は目を閉じる。傍に立つ大きな魂の鼓動を感じると、安堵と共に正面の敵を射抜かんと大いに咆哮する。
「ううううぉおぉぉおおおおお!!」
「ぐっ…!」
怯んだと同時にヨウの背後に周り側頭部に回転蹴りをかます。反応する前に攻撃をされたヨウは側頭部からの激しい衝撃に耐えれず地面へと叩き付けられ、僅かに弾む。次いで少女の後ろに構える怪物の腕がヨウを空中へと掬い上げ、踵骨によってヨウを更に地面へと叩き付ける。終いに空中へと飛び上がると、紫と黒色が混じった魔力玉を形成し、骨の怪物の口から咆哮と共に射出される。二撃与えられたヨウは立ち上がる事も出来ずまともにくらい、辺り一面がヨウを中心として激しい音と共に破壊されていく。
「失せるのじゃ!この世に塵残す事無く!」
威力は更に増大し骨の怪物の口も増していく分、口が大きく開かれ、着弾したとこが拡大していく。
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「あらぁ、どうしたのじゃ?」
頬に雪ではない何かが流れた跡を残した少女が洞窟へと戻ると、心配そうな顔をした銀色の狼が出迎えてくれた。その顔を見た瞬間、少女は堪え切れなくなって、銀色の狼の腹へと抱き着いた。
「おやおや…。大丈夫、ゆっくりとしゃべってごらんなさいな。」
「すまぬ…すまぬ…。」
「わしに謝っても何も出んよ~」
赤子をあやす様に語り掛ける銀色の狼。むせび泣く少女の鼻をすする音が洞窟から木霊していた。
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「これで、終わり…終わりなのじゃ。」
目を細めた少女は脳裏に呼び起こされる記憶の情景を巡っている。それはかつてあった家族の営み。父であった者、母であった者。かつて慕われた混じり気の狼達。辺りを破壊していく度に募るこの感情をただただ八つ当たりのようにぶつけていただけなのではと思考に入り込む。
「起き上がってくれるな…来訪者。これ以上、わしは…。」
開いた口がゆっくりと閉じると同時に魔力玉も流星が消え失せるように消えていった。後ずさる少女、骨の怪物は後退させまいと少女の肩を掴む。目を背けるな、ここで引いては二度と正しき道を歩む事は叶わぬ、と伝えているかのように。
「何故じゃ…父よ。既に相対する者は倒した。これ以上ここにいることは無意味じゃ。」
いや、まだだ。骨の怪物はわかっていたのだ。自らの攻撃を防御して耐え忍んでいた青年の必死さを。眼球のない双眸は咆哮を上げながらもドーム状に広がる魔力玉の光景を。
「…鎖葬~黄泉に続く深紅の鎖~。」
大きなクレーターの中心部、急な斜面を昇ってくる青年がいた。身体には蒼いオーラが纏われ、身体に絡めてあったであろう鎖は足を踏み出す度に零れ落ちてきて、青年の軌跡を映している。
「まさか…あの攻撃を耐え忍んだというのかや…?」
クレーターを昇り終えると、身体に付いていた鎖は全て解け、鎖の火傷跡が身体中に刻まれていた。火傷の痛みを耐え、少女を見つめる。揺るぐことのない黒い瞳は、少女の揺れている紅い瞳を射抜いた。
「出し惜しみは出来ないようだね。でも、ここで引導を渡される訳にもいかないんでね。粉骨砕身でいかせてもらうよ!」
「何故じゃ…何故じゃ何故じゃ何故じゃー!!」
少女はヨウの粘り強さを理解できず、吼える。そこまでの信念は一体どこから湧き出るものなのか。自身の攻撃は敵を殺す為に殺す技を繰り出している。その目的は非道く曖昧なものであって、信念という棒は左右に揺れ動いて今にも倒れそうだ。だが、目の前の青年はどうだ。がっしりと固定された棒はびくともしていない。
「心が震えている…。この闘いに何を見出していいのか分からなくなっているみたいだね。単純なことだよ。生か死か。それがここには漂っている。でも、僕は殺すことはしない。」
「何…?」
ヨウの右手に紅いオーラが集約している。少女はその攻撃が最後の一撃だということは目に見えていた。が、最後まで気を抜かない。あれは陽動であってまた別の作戦があるのかもしれない。どちらにも対応出来るように構える。
「君を無力化することが今僕が出来る事!」
ヨウは勢いよく走り出す。少女との距離はおよそ100m。数秒もあれば直ぐに詰めれる距離でもあるが、少女の後ろに構える骨の怪物が肋骨の先端を折り、思い切り投げ付けてくる。横にずれながらヨウは避け、再び走る。第二撃に少女は肋骨に魔力を帯びさせ、ヨウの目前で魔力を膨張させ、威力の高い衝撃波を生み出す。ヨウは鎖を大量にばら撒くことによって衝撃波を撹乱し、自分に掛かる衝撃を抑制し、斜めに前転し、少女の目前にまで迫る。少女の尻尾が直接届く範囲に迫ったヨウを撃退するため、掌に魔力の爪を帯び、尻尾は反動を付けた勢いで見えぬ刃と同時にヨウへと迫る。骨の怪物も尻尾と反対から強烈な爪を振りかぶる。正に絶対絶命の状況の中、ヨウは骨の怪物の爪へと鎖を伸ばし、爪に絡んだ鎖を利用し、少女の周辺を回る。と、ヨウがいた場所は深い爪痕や抉られた痕が刻まれる。視界から消えた少女はきょろきょろと見るが、気付けば少女の左側にヨウが現われ、対応が遅れた。
「…決壊の崩拳!!」
紅いオーラを纏った右こぶしが少女の腹部へと深く入る。肺に蓄えられた空気が一瞬にして吐き出され、少女は苦しそうな表情を浮かべたまま、一歩ずつ後ろへと後ずさる。攻撃を喰らったと同時に骨の怪物と白金の鎖に縛られた銀色の狼は粒子と化した。
「うぐっ…はがっぁ…!」
別の力が少女の中を這い回り上手く自身の力をコントロール出来ず、その場に蹲る。
「がぁあっ…!なに…をぉ、し…たぁ!」
「力の調整にテスティアの因子を付与したんだ。君をこちら側へ歓迎するためにね。」
「テス…ティア…?」
少女の身体を巡るテスティアの因子たる力は中心に収まり、少女の表情も柔らかくなる。むくっと立ち上がりヨウを見やる。
「先も聞いたが、わしを無力化することが目的といっておったな。どういう意味じゃ?」
「まず先に僕が何故この大陸を回っているのかを説明するよ。」
ヨウはある程度の説明を加え、アーク大陸を歩き回っている理由を少女に説明する。
「成程のぅ。して、わしのような神格化した生物を召集させて、アーク大陸を治めるというのがお主らの目標であるのじゃな。」
「まぁ、大まかに言えばそんな感じになるかな。今の僕たちだけではエレボスとエイレーネの国に交渉を掛けるのは難しいからね。」
「ふむ…わしも居場所がなくなってしまったからのぅ。それに負けは負けじゃ。勝者に従うのが道理じゃな。」
「うん、よろしくね。それと、君の名前はないのかな?名前がないと呼びづらいからさ。」
「名前…名前はなかったの。名付けられたことがないからの。」
仮にも父や母であった狼がいても名付けられたことはなかった。故に固有の名前というものがなかったのだ。
「それじゃあ僕が名前を付けてもいいかな?」
「お主がか?」
ヨウの提案に耳と尻尾が反応する。初めて名前を付けられるという期待が言葉には籠っていなくとも身体が反応している。
「そうだね…。ティア達を仮に『王』と見立てて、その前に立ちはだかる者だから…」
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「『弄』というのはどうかな?」
第四話を読んで下さり、ありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
今回のお話にて戦闘に関するシナリオは終わり、次回は語り手のパートで幕を下ろします。
私の過去の作品を読んで下さっている方ならわかるかと思いますが、このお話の少女の名前は『弄』です。
単純に考えた名前ではありますが、過去の作品から愛されている名前ですので、今回も採用しました。
では、次回の語り手のお話でお会いしましょう。ではでは…。