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第三話「アヴェンジャー・フェンリル」

混じり気の狼 フェンリルとは違った混血の狼。純血なフェンリルとは違い雑種ともわけられる

 少女は独りであった。周りに少女と同類の生物はおらず、助けてくれる者がいない野生の世界に投げ出されてしまった。無垢な少女はただ目の前の雪原を眺め、生きているかのすら定かではない表情を雪の細かな結晶に映していた。すると、大きな影が少女を大きく覆う。後ろを振り向くことすらしない少女。大きな影は大きく少女の前へと動く。雪原に紛れるような銀色の美しい毛並みをした狼であった。獲物を見定める鋭い眼光は少女の姿を大きく映し、綺麗に並べられた獲物を裂く牙が大きく動く。

 「貴様…独りなのか?」

 友好的とは思えない巨大な狼は語り掛ける。反応次第では直ぐにでも喉元を切り裂くことすらできるという余裕な表情である。至って少女は平然と応える。

 「独りなのは慣れている。それだけ。」

 「ほぅ、慣れていると申すか。しかし、この辺境な地に独りとな。人間達から追放されたとしか思えぬがな。僅かに闇の匂いがする。貴様、魔女か?」

 高度な生物ほど、多くの知識を持ち魔力に敏感になっていく。銀色の狼も然り。匂いによって魔力などを察知することが容易である。

 「魔女だとしたら、あなたは私をどうする?」

 「卑下されたる魔女を喰らえば魔力の補給は出来る。だが、わしは無抵抗な者を獲物とは捉えん。だが魔女よ。ここで逃げれば獲物となるぞ。」

 それは、逃げて獲物となれ、と諭しているかのように。さすれば独りから抜け出せるのだ、と。それはささやかな狼からの手向けにも見える。が、少女は微動だにせず、瞳孔が広くなった瞳を狼に向ける。

 「魔女よ。何故逃げない?」

 「逃げずとも、いずれ尽きる命。ここで肉にされるぐらいであれば生きている内は奇麗な身体で死にたい。」

 「……ふっ、ふはははははは!強欲であるな!気に入ったぞ魔女よ。ここで逢えたのも何かの縁。その尽きる命。わしに預けてみぬか?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕暮れに美味そうな匂いが漂う小さな村。子ども達は母親のお怒りを受けて、それぞれの家へと帰り夕餉の支度へと入る。が、扉が閉まったと同時に外から強力な力が加わり、扉が破られる。破られた後に聴こえるは悲鳴。窓には血飛沫が飛ぶ。村の異変は瞬く間に広がり、外へと逃げる村人に容赦なくあらゆる方向から食い掛る狼達。全ては自分達の棲み処を確保する為。自然の摂理に則っての行動である。

 「殺せ!全てを蹂躙せよー!」

 遠吠えと共に辺りはたちまち血の海へと変わり、村はあっという間にフェンリル達の棲み処へと成り果てた。地面に真新しい血だまりが溜まっている村の広場。そこに紅髪の少女ひたひたと血だまりを歩く。

 「(許せ。これもあやつを生かす為…。)」

 「おい、ガキ。」

 死んだ者へ哀悼の意を唱えると、少女の目が鋭くなる。少女の周りを狼達が取り囲んでいるからだ。リーダー格の狼が唸りを上げる。

 「いつまでも付き従っていると思ったら大間違いだぞ?所詮は人間のガキ。纏まって掛かれば直ぐに殺せるんだよ。」

 「わしを殺すと?」

 「ったりめぇだ!人間のガキに従っていること事態が腹立だしいんだよ!なんなら、この事態を利用してお前を食うしかねぇだろうが!」

 口元を誰の血で塗りつぶしたか分からないほど、狼達は大量の人間を殺害しただろう。少女の血など混じり合ってしまえば何も分からないだろう。噎せかえる鉄の臭いは狼達の思考を惑わせ、野生的本能のままに少女に襲い掛かる。しかし、少女は迎撃の態勢には入らず笑みだけを浮かべていた。何か思惑があるのだろうが、狼達の歩みは止まらない。

 「やはり、混じり気のある狼では統率がならんのぅ。」

 牙が食い込む瞬間、少女の周りだけ時間が固定されたかのようになり飛び掛かる狼達も空中で固定されている。

 「な、何がっ…!?」

 少女の下から魔法陣が展開される。紫のラインが円を描き、内側に文字が浮かび始め紫の光沢が少女を包み始める。

 「なれば…傀儡にするしかないのぅ!!」

 一瞬にして空中に固定された狼達は弾き飛ばされる。体勢を整えることすらできずに地面に打ちのめされる。だが、ピクリとも動こうとはしない。

 「お、おい…っ!?」

 倒れた狼を見ると、一部の肉が削げ落ち、骨格が見え隠れしている。

 「が、ガキにそんな力があるはずが…!」

 「ない、と?容姿だけで判断するでない。己の目で確かめるがいい。ガキと卑下した者の恐ろしさを!」

 ぐぉおおおおぉおぉおお!!

 魔法陣から這い出てきたのは、巨大な骨の怪物。外見から巨大な狼の骨格を模している。全体が魔法陣から出るとこの世の者とは思えない奇声は聴くものに畏怖の念を与える。怪物の背中に少女が跨り、辺りを一掃するように怪物に呼び掛ける。

 「な、なんだこの怪物は!?」

 「うろたえるんじゃねぇ!たかが死霊術の類だ!ガキを狙えば…!」

 指揮官であろう狼は怪物の巨大な口に呑み込まれ、濁った血が狼達に降り注ぐ。次手、払いのけるように怪物の腕は眼下の狼達を建物にぶつけていく。

 「ひぃいいいい!」

 臆した狼達は怪物の周りを駆け回るが、怪物は逃さずに腕で払いのけていく。

 「行くぞ、わしがこのようではもしかするかもしれん!急ぐぞ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「これは…どういうことかぇ?」

  白銀の狼は周囲の状況に疑問を持った。自身が佇む崖の下。指揮をするのであれば妥当だが、追い込まれてしまえば袋のネズミである。

 「いい加減付き従うのはうんざり、ということだ。フェンリル。」

 リーダー格だと思われる黒茶の狼が前に出る。既に白銀の狼は茶色の狼達に包囲されてしまっている。

 「報復ということかぇ。さてさて、わしを殺しても何もならんよ。」

 「だからといって生かしておくわけにもいかない。ガキの保証は出来ないがな。」

 「…あの子に何をしたの?」

 「表情が変わったな?相当情があるんだろうが、俺らに介入する人間などあってはならねぇ。与したあんたにも死んでもらう。」

 「…。」

 「掛かれ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「あんら、食料調達と言いながらまた別の物を調達したもんだねぇ。」

 「根っからの収集癖でな。ほれ、ここがわしらの寝床だ。」

 雪原の吹雪を凌げる大きな洞窟。吹雪を凌ごうとすれば洞窟の住人の餌になるのは必至。その住人こそがこの白銀の狼達だろう。紅髪の少女はボロボロの服の襟を咥えられて洞窟へと侵入を果たした。

 「わしをここに連れてどうするというの?」

 「なに、わしが気に入ったというだけだ魔女よ。さて、妻を紹介しよう。」

 洞窟の奥。白骨が大量に積み重なる山を抜けると、巨大な熊の皮の上に座る巨大な狼がいた。毛並みはに艶があり、目元は穏やかそうだ。

 「あらあら、また可愛いのを見つけたこと。」

 「あなたが?」

 「ふふっ、ごめんなさいねぇ。旦那は収集癖で散歩好きなのよ。っさ、外は寒かったでしょう?わしの元に来なさいな。」

 襟を離された少女は戸惑いながらも巨大な狼の元へと寄る。狼は少女が眼下に入ると、しなやかな前足でお腹へと手繰り寄せた。急な行動に驚いた少女だが、美しい毛質をした温かな毛布に全身が包まれると自然と安らかな気持ちになる。

 「温かい…。あれ、何かが動いている?」

 「ふふっ、お腹の子も挨拶をしているようね。」

 「妊娠しているの…?」

 温かな胎動は少女のお腹をくすぐるように動く。穏やかな表情から母親であることが改めて理解できる。そして、旦那である狼が食料調達をし、収集をしている意図がなんとなく理解出来た。

 「あなたの旦那さんは優しいのじゃな。」

 「趣味が重なっただけじゃよ…。じゃが、あまり思わしくないのじゃ。胎児は十分な魔力供給が出来ない状態で迎えそうなのじゃよ。」

 つまり、未成熟の状態での出産を迎えるということ。少女は真実を聞くと悲哀するが、身籠った狼は悲哀の表情を見せなかった。

 「何故我慢できるのじゃ?我が子が健康的に生まれることこそが親として喜ばしいことじゃないのか?」

 「理解できたのじゃ…。お主が我が子と触れた時、我が子が伝えたのじゃ。外の世界をお主の目を通して見たい…。一度の確かめで理解出来た、とな。」

 「まさか…わしの身体にあなたの胎児の魔力を適合させるというのか!?」

 「そうじゃ…。わかってくれるか?」

 そう向いた先には旦那である狼。認めたくないが、妻の言い分を尊重するように頭を垂れた。

 「そうだったか。だが、収集癖が功を成したようだ。だが、束縛するつもりはない。魔力を転移させたとしても子の旅立ちを止めるつもりはないからの。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「急ぐのじゃ!」

 骨の怪物と少女は崖の下にいる銀色の狼の下へ。焦燥感に駆られる少女の脳裏には最悪の結末を迎える運命が過る。いやだ、そのような結末を迎える為にこの土地に住む者を殺めた訳ではない。全ては裏切りの混じり気が悪いのだ。そうだ、無事を確認次第、全てを殺す。混じり気一匹すら逃すつもりはない。傀儡と化するまで血肉を貪ってやる…!

 が、少女の運命は定まった方向へと向かってしまっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「何故旅立ちを拒んだ?フェンリルの魔力を侮っているのか?」

 雪原に立つ老いた銀色の狼は側に立つ紅髪の少女を見やる。以前ボロボロの布しか着ていなかった少女は熊の皮を羽織り、雪原にたむろする混じり気の狼達を見ている。

 「決まっておる。父親の背中を見て子は成長する。わしの身体に浸透する子はそう思っているのじゃ。」

 「ふふっ、そうか。我が子はそう告げているのだな。では行くぞ、この地に訪れた事を後悔させてやる。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ぐふっ、奴等。毒を牙に塗っておったのか。抜かったわ。」

 「何故じゃ…あの程度の攻撃を躱せぬほどではなかった筈じゃ!」

 混じり気の狼達と抗争後、少女を庇うように背を向けた狼はまともに敵の毒牙を浴びてしまった。毒は傷から浸透し、老いた身体にはきつすぎた。

 「わしも老いには付いて行けないようだ。同胞よ。頼みがある…。」

 「それ以上話すでない。直ぐに毒を…。」

 「遅いのじゃ…。我が子よ、父親の頼みをどうか遺言として受け止めておくれ。」

 「嫌じゃ嫌じゃ!!そん、なの…!」

 実の父親ではない。はずなのに、頬を伝う雫は深い悲しみを帯びていた。息が浅くなるにつれて表情が険しいものになっている。

 「現実を受け止めるのだ…我が子、同胞よ。伝えるぞ…。」

 「うぐっ…ぐすっ…。」

 「フェンリルの意志は…我が子に…託した……、妻を……たの……。」

 「……おい?嘘じゃろ?…嫌じゃ、嫌…じゃ……嫌じゃああああああああああ!!」


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 「…のぅ、わしの目の前に在るお主は現実なのか?」

 最悪な結果は必然的に、定まった軌道に乗せられて少女の眼前に飛び出した。血だまりに倒れる美しい銀色の毛並みをした巨大な狼が。骨の怪物から降りる少女。震える足。事実を拒みたいと脳が作用するが、無意識に狼の元へと歩み寄る。宙を掻く手、幼子が親に近付こうとして前へ前へと進む自然な行為。狼の血らしき血だまりに静かに入り込む。

 「のぅ、いつものように微笑んでくれ。心配そうに語り掛けておくれ…頼む…、頼むから……。」

 艶のある毛並みに抱き着いてみても、かつての温もりは感じられなかった。

 「何故じゃ…何故こうも上手くいかない…わしが魔女であり、ぬしらの子になってしまったからか…?」

 「ほぉ、それは知らなかった。まさか、ガキが本当にフェンリルのガキだったとはな。」

 血だまりの周りには茶色の毛並みの狼達。その先頭に黒茶の狼が出る。

 「ガキ。俺たちは散々苦汁を舐めて来た。二頭のフェンリルに対して俺たちは惨めで最悪な暮らしばかりをしてきた。が、このフェンリルが提案してきたのはなんだぁ?共存?っは、散々な目に遭った俺たちに対しての贖罪か?ふざけんなよ!結局はてめぇらの傘下に下れっていってるようなもんじゃねぇか!!」

 「…。」

 「だから復讐の機を狙った。そう、てめぇらの墓場を立てる為になぁ!!」

 一斉に飛び掛かる茶の狼達。口から滴る唾は地面に触れると触れた周辺だけが蒸発したかのように煙が上がっている。

 「…貴様らだったのか。」

 魔法陣が瞬時に展開された。血だまりを囲い、青冷めた銀色の狼を護る様に。

 「また骨の怪物を呼び出す気か。させるな!!」

 魔法陣に牙を突き立て、魔力の文字を乱す作戦のようだが、乱れていても魔法陣が展開され続けている。だが、いつになっても骨の怪物が魔法陣から出てくる様子はない。

 「父を毒で殺め、あまつさえ母を殺めた…。覚悟はできているのであろうな…ああああああああ!!」

 魔法陣を展開したのは召喚するためではなかった。魔法陣内にある者との契約をするためにある魔法陣であり、自身を転化させる為のものであった。

 「どういうことだ…?ガキが…変身してる…のか?」

 毒牙を持つ茶の狼達も飛び掛かる寸前で留まり、少女の変貌を見ている。そうこうしている間にも少女の身体と周辺に変化がみられる。血だまりに浮かんでいた銀色の狼は魔法陣の中に沈み込み、跡形もなくなってしまった。広がった血も排水溝へと吸い込まれるが如く無くなっていった。少女に紫と黒が混ざったオーラが纏われていき、頭部に狼の耳、尻にふさふさの尻尾が生きるように生えた。

 「獣人…か?いや違う…っ!?」

 黒茶の狼が狼狽えたのは少女の姿が一瞬見えなくなり、次の瞬間に茶の狼達の首が撥ね飛んでいたからだ。

 「なっ!?」

 「…往ね。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふぅ…漸く追いついた…っと、これはヒドイな。」

 漸く雪原を抜けて草原に辿り着いたヨウは魔力を追跡して、壊滅した村へと訪れた。あちこちで火の手が回っており、肉が焼ける腐臭が充満していた。

 「苦しみの感情が渦巻いている…。狼の襲撃があったんだな…。」

 村の中へと入り、辺りを歩き回る。崩れた家屋。血まみれになっている死体。どこを回っても人間の死体が散乱しており、狼らしき死体は見つかっていない。と、少し開けた場所に異なるものを見つけた。

 「…魔法陣の跡、それにあちこちにある狼の死体…死体の跡からすると、何かに食われたかと大きな衝撃で身体がくの字になるほど叩き付けられたのか。」

 大きな生物らしき足跡が奥へと続いている。歩幅と足跡の凹み具合から急いでいるようにも見える。

 「…行ってみるしかない。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 辿り着いた先には少女がいた。狼の血が地面に敷かれる中、返り血すら浴びずに佇むその姿は血の池地獄に咲いた一輪の彼岸花のようだ。少女はヨウに射抜くような目で見やる。

 「…何用か。来訪者。」

 「下山する前にもう気付いていたのか。なかなか鼻と目がいいね。自己紹介をしよう。僕は妖怪覚りのジェン・ヨウ。君は?」

 「名を言うつもりはない。それが、ぬしの最期の自己紹介となるからのぅ。」

 ヨウに見えぬ牙が飛び掛かる。

 第三話を読んで下さり、ありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。

 先に今回のお話を投稿するにあたって大分日が空いてしまったことをお詫び申し上げます。あと、遅い挨拶でありますが、明けましたね、おめでとうございます。今年も邁進していきますので、よろしくお願いします。

 さて、このお話も大分佳境に入っております。次は戦闘描写がかなり多くなる回に仕立て上げましたので楽しみにお待ちください。

 次回のお話でお会いしましょう。では…。

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