第一話「神格化した生物」
ファンタジー・スノーフィールド 夢幻山脈エレボス側の麓付近に広がる雪原。夢幻山脈の霧が太陽の光を遮り、霧と山脈の影が相まって気温が急激に低くなっており、蒸発した霧が雲となり、雪を生み出すことによって幻覚作用を含んだ雪が降り積もるようになっている。
神格化した生物 崇高、畏怖がある程度高まると神格化し、神と同等の力を備えるようになる。神格化した生物は特定の生物にしか起こるのではなく、崇高や畏怖を高めるだけで信仰が集まるだけでも神と同等の力を得ることが可能になる。しかし、それ相応のリスクは背負わなければならないのは別の話である。
さて、何から話したものだろうかの。わしの出生からか?それとも主の出立からか。前回の話の流れからして後者になるかのぅ。
此の場でぐちぐちと喋っているのも興が冷めてしまう。早々に話し始めるとしよう。
主、ジェン・ヨウであるが。リン・シューリンギアを迎えた訳じゃが、この後すぐにジェン・ヨウは旅立つことになるのじゃが、では語ろう。孤高な獣と覚りの青年のお話を。
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アーク大陸の中間にそびえ立つ夢幻山脈。頂上は幻覚作用のある濃霧が廻り、耐性を持つ者でなければ空から頂上に降り立つことができない自然の要塞と化している。その濃霧に紛れて山脈を貫くように直立する柱が在った。かつて、そこにはアーク大陸を管轄する女神、テスティアの小ぢんまりとした小屋だけがあったが、山脈の中間に在る集落より現れた覚りの親子と友人達によって立派な塔が設立されていた。
「まぁ、このぐらいの大きさなら他の大陸も見渡せるだろう。それに部屋も大分設えたからな。」
塔の入り口にて、豪快な声で塔の完成を喜ぶ大柄な男が立っていた。その隣に大柄な男より小柄な青年が立ち、塔を見ている。
「父さん。これでひとまずライ達は休めるんだね。」
「うむ。まぁ、お前が選んできた少女が大分皆の疲れを癒していたということもあるがな。」
「リンちゃんが?」
「頑張る少女の姿は皆を鼓舞するのに十分なものだ。まぁ、フロンは少し嫉妬してテスティアは姉が増えたと思って嬉しそうだが。」
父さんと呼ばれた人物、ジェン・ジン。そしてお前と呼ばれた人物、ジェン・ヨウ。二人は集落の中でも特質な覚りと呼ばれる一族であり、女神テスティアに選ばれた『神託者』と『選定者』である。神託者はテスティアの意思を通して行動として実行する者であり、選定者は自らの意思で特定の者を選ぶことを指す。後者であるヨウはアーク大陸を駆け巡り、中立の立場であるテスティアの戦力を集める役割を担っている。
「あまりリンちゃんを囃し立てるのもよろしくないよ。あくまで彼女の望みを汲んでの選定だったんだから。」
「妖精樹林の蘇生とエルフ達の快復の為の研究だったな。しかしまぁ、ロキも随分と難しい注文を頼んだもんだ。」
「それが完遂すれば後は彼女の意思でここに残るか、帰るかを選ばせるよ。」
「選定した上で仕方ないか。よし、次の場所に行ってもらおう。」
ジンは塔内へと入っていく。続いてヨウも中へと入っていき、ある一室へと入っていく。塔は細い建物であるが、魔法陣を展開することで架空空間を作り出すことで塔を低コストで建てている。その一室も魔法陣で作られた部屋であり、大きな長机と大きなボードが設えている会議室のような部屋であった。
「簡易ではあるが、会議室のような場所だ。そんでもってアークの地図も広げようか。」
ボードにアーク大陸の地図を広げ画鋲で留めていく。妖精樹林には赤丸が印付けられており、次の目的地である黒丸が印付けられている。
「この黒丸は…エレボス地方だね。でも、山脈から降りれば着きそうだね。」
「おぅ。だが、今回は他のと比べて極めて危険なものだ。テスティアと同格といってもいい。」
軽快な笑いで話を飛ばすジンらしからぬ真剣な表情。テスティアと呼ばれた女神と同等の力を持つ者を選んだということはそれ相応のリスクを背負うのかもしれない。ヨウは臨む。
「神か…神格化した生物が相手になる訳かな?」
神格化した生物。崇高、又は畏怖された生物がある時点を迎えると神格化し、神にも対等な力を得るようになり、他の生物に被害が及ぶ可能性がある。ジンは先に神格化した生物を抑え、逆に抑止力としての役目を付けるように考えたようだ。
「父さんもなかなか無茶ぶりが過ぎるね…。」
「獅子は息子を崖から落とすとも言うだろう?だが、神格化した生物は普通の生物では到底勝ち目がない。今のお前であれば神格化した生物に対しても力は通用するだろうからな。」
「買被りはいいけど、僕自身でも限界はわかってる。鎖とオーラの使い方は大分理解してきた…あ、武者修行みたいに駆け回るっていう根拠はその為だったんだね。僕の修行の一環にするために。」
「漸く話の意図が掴めてきたか!と、まぁそういうことだ。まだ神格化した生物はいる。厄介事は増える一方、一つずつ潰していかないといけないからな!がーっはっはっは!」
豪快な笑いに呆れることすら面倒になるヨウ。仕方ないと切り替え重たい足を黒丸の場所へと運んでいく。ヨウが部屋を退いた後、ジンは再び黒丸へと視線を移す。
「…天秤はどこに傾くか。帰ってくるのを待っているからな。」
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エレボス側の夢幻山脈麓付近。山脈に生物は住みづらいことは濃霧が指している。しかし、生物の進化というのは素晴らしく濃霧の幻覚作用にも対応し、麓付近を縄張りにする生物が生まれるようになっている。それに加え、濃霧が太陽の光を遮りエレボス側は山脈の影が落ちることもあり気温はかなり低くなる。太陽に蒸発した濃霧は雲になり、冷えた蒸気は固まって幻覚作用を含んだ雪へと変わり降り注いでいる。エレボス側の山脈付近はファンタジー・スノーフィールドとも呼ばれている。
ッハッハッハ…ッハッハッハ
獣の息を切らしたような声が雪原の霧に木霊している。複数の獣が何かを追い掛けていることが雪原に残る足跡を意図していた。一つは細長い足の生物。他は全て似たような足でグループで狩猟をする生物のようだ。細長い足の生物は軽快に雪原を走っていき、細長い足の生物を取り囲むようにグループの生物が駆け回っていく。一匹の生物が細長い足の生物へと牙を向き襲い掛かる。間一髪で牙から避けるが、次々へと牙が襲い掛かり次第に細長い足の生物は疲れが見え始める。
アオォォォン…。
雪原に剥き出しになっている岩山の頂点から大きな雄たけびが辺りに木霊する。雄たけびを上げた生物は滑るように岩山を降り、細長い足の生物の前に現れる。突然前に現れた生物に驚いて横に逸れようとするが、前に現れた生物はそれを逃さず、牙を細長い足の生物の喉元に素早く噛み付く。呼吸困難に陥った細長い足の生物はその場に大きく倒れ、喉元に食らい付く生物を必死に引き剥がそうとするが、食い込んだ牙は抜けようとせず次第に呼吸は掠れていき、遂には息を引き取ってしまった。後続していた生物も追いつき、絶命した細長い足の生物に食らい付こうとする。しかし、喉元に噛み付いていた生物が食らい付こうとした生物たちを威嚇し、牙を剥き出しにする。怖気づいた生物達は獲物の前で周回しているが、目の前の餌を待てと命令されているペットのようだ。
留めを刺した生物が岩山に目を配らせる。それと同時に周回していた生物達が倣って岩山を見る。すると、岩山からは遥かに大きな生物が下を見下ろすように君臨し、その隣に可憐な少女が姿を現した。
「…シュルルル。」
「グルゥ…アオォォン。」
頂点に君臨する生物から許可を得たようで、周回していた生物達は絶命した生物に牙を向いて貪り始める。
「…!」
「ガゥ?」
少女は獲物ではなく遥か彼方に目を向ける。大きな生物は少女の視線に気になったのか問うような鳴き声を向ける。少女が応えるように。
「…シュルルル。」
舌を舐めずった音を鳴らしながら踵を返す。
第一話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
さて、新しい章が始まったわけですが、相も変わらず更新は不定期とさせていただきます。悪しからず。皆さんもお気づきかと思いますが、章の主役となるのは主題のサブに入っている英語になっております。博識な方ならわかると思いますが、英語にはこう書かれております。「孤高の神狼少女」。
冒頭ではどの章にも登場するキーとなるキャラ。ジェン・ヨウがどのようにしてアーク大陸を駆け回っているかをわかっていながらも父親であるジェン・ジンに打ち明けるといったものです。そして、次の場所へと足を赴くヨウ。そこは霧が雪を生み出したファンタジー・スノーフィールド。果たしてどうなるか?
それは次回のお話をお待ちください。では…。