第8話 『引きこもり』
何とか地獄の補習を切り抜けて自宅。
……正直補習は身にならなかった。
隣で頬杖をついて退屈そうにしてる織に、ついつい思考を持って行かれてしまったからである。まさか身近な人間に4人も能力者がいるなんて思わないだろう。
しかも隣の席て。包帯のおかげで能力者だとバレてないだけまだマシか。
「で、」
出来るだけ笑顔を作りながら、床に正座している舞姫を見下ろす。
「言い訳は?とりあえず聞いてやる」
「いやだって帝の成績ヤバイじゃん!だから私も心配して」
「シャラーップ!!」
「あれ聞いてくれるんじゃなかったの!?!?」
俺は覚えてる。俺が織を能力者だ、と認識した瞬間の舞姫の笑顔を。『計算通り』と言いたげな悪い笑顔を。
「おまえよ。絶対織が能力者だってわかってて学校に呼んだんだろ」
「……はいそうです。それであわよくば帝がどうにかしてくれて、仲間に引き込めればなって」
「他人任せか。自分でどうにかしようとは思わんのか」
「だって織ちゃん近づき辛いんだもん!なんか周りに一線引いてる感じでさ、こう!!」
ピッ、と自分の膝の前に一本線を引く舞姫。
……まぁ言いたいことはわからんでもない。今日1日織の隣にいて、それは充分にわかったから。
アイツは根本的に人付き合いが苦手なタイプだ。それもかなり。自分から踏み込むことが苦手で、なおかつ相手も近づき辛いような雰囲気を意図的ではないとは言え醸し出している。
「……だから、帝ならどうにかできるかなって思って……」
「ううむ」
舞姫に上目に見つめられて、思わず唸る。
俺にならどうにかできるかも、か。健人や中村はこのゲームに対する『願い』がないから協力してくれている。だけど織はどうなんだろうか。
「だってほら、帝はゲームで女の子を攻略してるし」
織が願いを持っていた場合、協力してもらうのは────ちょっと待て。
「は?今なんて」
「いやだから、本棚のラノベ段の裏。あそこに何処から手に入れたのか肌色が多いパッケージのゲームが6本くらいあるでしょ?」
「は、はぁ?!なんでおま、なんでお前知ってるんだよ!?」
舞姫の表情が楽しそうにニタッと歪む。
「いやいやいやいやいや、俺はまだあいつらには手をつけてないから。限定版が欲しくてネットで年齢をいくらか盛って購入したりはしたさ!だけどな、だけどな、手はつけてない。断じて。約束する」
いや購入した時点でアウトなのは知ってる。だけど初回限定版とか欲しいじゃん。わかってくれよこの気持ち。
「まぁ手をつけてないのはパソコンいじってる私が一番知ってるんだけど」
「おうぶん殴るぞおまえ」
頭痛が痛い。もう嫌だこいつ。一回こいつにペースをつかまれればおしまいだ……。
仕切り直すように、咳払いをひとつ。
「まぁこっち側に引き込むにしても、アイツの願いを把握するところからだ。まだ補習は2日あるし……どうにかする」
「あ、補習来てくれるんだ?」
にたにた、と再び楽しそうに笑う舞姫から思わず目を逸らした。
ああ、こういうところも全部含めて計算通りなんだろうな。コイツは本当に……馬鹿なくせに油断できない。
◆◇◆
初めて、踏み込んできてくれた。
握った手のひらは暖かくて大きかった。包帯が巻かれていて少し驚いたけど、そんなのはすぐにどっかにすっ飛んで行った。
嬉しい。頭の中がそんな感情とピンク色のオーラみたいなので溢れて、表情筋が仕事を放棄してにへーって……ふへへ。
「いかん。これはダメ」
陽が沈み始めた道でひとりニヤニヤする女子高生。これは通報されても文句は言えないぞ、わたし。
緩む表情筋に両手で喝を入れて、ふたたび歩き出す。
また嫌な光景が繰り広げられているであろう我が家に、一歩、一歩。
だけど今日はほんの少しだけ、足取りが軽かった。
◆◇◆
補習2日目。帰りたくなるような暑い日差しに焼かれて、また学校前までやってきました。
「なぁ、帰っていい?」
「昨日どうにかしてくれるって言ったじゃん」
「いやぁ、言ったけどもさ……」
それとこれとは話が違う。だって教室扇風機だけでエアコンついてないんだもん。昭和か。
「はい、文句言わない。早く行く行く」
「ああああああああ」
背中を押されて校舎に入っていく。くそぅ、2回目だと何の感動もねぇ。木製の下駄箱も『いじめダメ、絶対!』のポスターもやけに達筆な『希望』も昨日見たよ。もう。
背中を押されたまま教室に入る。チラッと自分の席に目をやると、隣の席は空席になっていた。
「あれ、織ちゃんまだ来てないねえ」
「みたいだな」
他愛のない会話を繰り広げつつ、自分の席に着く。
自然と現実から逃げるために、視線が窓の外に向いた。
少し遠くに見える山と、その上に大きな入道雲。そして聞こえてくる蝉のBGM……ああ、夏だなあ。帰りたい。
夏の風景を見ていい気分に浸れるほど俺は出来た人間じゃない。むしろ家に帰ってエアコンの御礼に預かりつつ、ネトゲの夏イベントに勤しみたい。ギルメンが俺を待ってるんだ。帰らせてくれ。
現実から逃避している俺なんて知らんぷりに、今日も補習は始まる。
なのに今日は、織の姿が現れることはなかった。
◆◇◆
痛い、痛い、痛い。
頰が痛い。両親が謝っている。いいの、わたしは気にしてないから。
いい気分で帰宅して早々、私の頰にお父さんの拳が直撃した。
向こうもわざとじゃなかったんだから。わたしはいいの。気にしてない。
鏡越しに見る私の頰は少し赤く腫れていて、如何にも『殴られました』と主張している。
今日はもう補習、いけないなぁ。
今日は会えない瑞樹くんに想いを馳せつつ、明日は行けるようにと頰を冷やした。
◆◇◆
再び我が家。〜今日は後輩コンビも添えて〜
なにやらフルコース料理風に言ってみたけどダメだな。全くおしゃれにならない。
「なぁ、明日もしかしたら来ないんじゃねぇの。俺行く意味なくない?」
「いやいや、あるって。次は来てくれるよ」
俺の疲れたような声に自信満々に返してくる舞姫。
お前のその自身は一体どこの油田から湧いてくるんだ。少し俺に分けてくれ。分けるどころか全部俺に託して、俺を金輪際振り回さないでいただきたい。ああ、それだ。それでいこう。
エアコンのおかげで熱された頭が冷えて、再び正常稼動しだした。おかしなことを考えてるのが正常稼動ってどういうことよ。
「で、センパイ方が引き込みたい人ってどんな人なんですか?」
俺たちの疲れた様子を見ながら、中村が問うた。
どんな奴、と言われたら……
「近づき辛くて」
「なんか一線引いてる感じで」
「暑そうな子……?」
以上、舞姫、俺、舞姫の順。暑そうな子ってどんな子だよ。
俺たち2人の応えを聞いて苦笑する後輩コンビ。……まぁ無理もない。俺たち2人だってよく織のことを掴めてないんだから。
なんというか、アイツは何か抱えてる感じがする。だからか放って置けない。なんだか────
「昔の帝を、見てるみたいなんだよね。だから放って置けなくて」
「…………」
自分が思っていたことをそのまま舞姫に言われ、思わず固まる。
……そう、その通りなんだ。なんだか織のソレは、何処か昔の俺に似ている。
何か抱えているモノがあって、それが誰かにバレるのが嫌で。だから誰にも見せないために踏み込むことを躊躇い、自分の陣地に引きこもってる。
気持ちはわかる。俺だって最近まで他人に触れるのは怖かった。誰かと仲良くするということは、その誰かに自分の汚い部分や過去まで晒さなければいけない時だってあるんだ。
だから、怖い。人と接するのは怖い。踏み込むのは怖い。その気持ちはよくわかる。だからこそ────
「……舞姫と同じだ。俺も、織を放って置けない」
「うん、そうだね。帝ならそう言ってくれると思った」
嬉しそうに微笑む舞姫。続いて、後輩コンビまで笑い出した。
「まぁ、帝センパイなら大丈夫ですよ。センパイ、人間たらしですから」
「ああ、言えてる言えてる」
「は?!人間たらしってなんだよ!」
「そのままの意味ですよー」
部屋に楽しそうな笑い声が満ちる。
非日常の中に紛れ込む日常。物騒な戦いに巻き込まれてはいるけれど、こんな平和な一瞬もいいなと思った。
今回は駆け足気味に。なんか走り過ぎた気がする。
……次回はとうとう個人的に好きなシーンだったり。