第5話 『初戦、終了』
「────ッ!」
スレスレで襲いくる槍を躱し、転がって相手の背後を取る。
……しかしまたあの炎の壁が邪魔をして攻撃を思うようにさせてくれず、思わず舌打ち混じりに後ろに跳んだ。
「っくしょう。邪魔だな、アレ……」
槍を構えなおしながら楽しそうに笑う穂村の姿が見て取れた。とても楽しそうでしかも余裕ぶっこいていやがる。畜生め。
「おーおーどうした、防戦一方じゃねェか、えェ?」
「るさい、黙ってろ」
俺が悪態をついたのと同時。地面に滴り落ちた雨水が跳ね、目の前に穂村の姿が現れた。
「まず────ッ!」
歯を食いしばり屈む。屈んだ勢いを殺さずに、目の前にまで迫った槍に拳を殴り上げるように────ぶっ放す!!
ガンッと金属音が辺りに響き、槍の刃先が空に向く。相手の懐まではガラ空きなのに、一手が……あと一手が足りない。
「飛び込んでこねェのかよ?」
「ほざけ!!」
やるせない思いも込めて、宙を捉えたままの槍を蹴り飛ばし、再び距離をとる。
どうする、考えろ、考えろ俺────
────能力を使うときと同じ感覚。自分の中にイメージを放り込み、余計なことを順に意識からカットしていく。
穂村の楽しそうな笑い声……いらない。
地面に落ちる雨の音……いらない。
今いるのは圧倒的な思考〝力〟と、ひたすら頭を回しながらでも攻撃を避けられるだけの身体能〝力〟だ。なら、その二つに回路を繋ぐ。
思考が急激に動き始める。同時に再び穂村が跳んだ。
迫り来る槍を再びかわし背後へ。邪魔する壁を回り込もうとするも壁は俺の体にしっかり追尾してきて、穂村の姿を拝むことすらできない。
……これはダメ。
なら、ともうひとつの空いている回路を脚〝力〟に接続し跳ぶ。壁を上から越えようとするも、壁は穂村を包み込み球体のように変化する。
……これも、ダメ。舌打ち混じりに球体となった壁を足場にして、再び飛んで距離をとった。
ダメだ。ダメ、ダメ。なら頭を回せ。回せ。回せ、回せ、回せ、回せ。
頭が熱に浮かされて重くなる感覚。早く思考を回し過ぎたせいで摩擦熱で擦り切れそうだ。
頭が痛い。熱い。でも、おかげで勝利への道筋がひとつだけみえた。
……でもこれでいいのか。いや、なんというか。これはトンチっつーかなんつーか。
下手したら肩腕一本をダメにして、それでも勝てないなんてことになる。
「………いや、やるしかないか」
小声で呟いて、思考力の強化を解く。
一瞬でも────たとえ一瞬でもできると思ったなら、やらないと。できると思ったのは他ならぬ自分だ。なら、自分が信じてやらなくてどうする!!
覚悟を決めろ、前を向け。敵は目の前で、楽しそうに笑っているぞ。
「お、顔つきが変わった。なンかいい案でも思いついたのかね」
「ああ、いい感じの案がひとつな」
穂村に負けじと笑顔を作り、再び三本の回路を脚〝力〟に接続して、拳を構えた。
「行くぞ────ッ!」
跳んだ。さっきまでと全く同じ跳躍。グングンと穂村との距離が縮まって行く。
「んだよ血迷ったか?さっきまでと同じじゃねェか。これじゃ結果は変わらない」
穂村の楽しそうな笑顔が呆れたような表情に変わり、目の前に炎の壁が現れた。
「ッ………」
呼吸を止め、強化した脚力を使って壁の前で減速し止まる。そして脚力に接続していた三本の回路を腕力に繋ぎ、
左の拳を構え、
「らぁぁぁぁぁぁあああああッ!」
体重を、腰の捻りを、勢いを、強化された腕力を、全部全部込めて壁に拳を放つ────
「ぁぁぁぁああああ、が、づ……いってえ!!」
メキメキ、と音を立てる骨。擦り切れて拳から血が流れる。指の感覚ももはやゼロに等しく、目の前が一瞬真っ白に染まった。痛みで、頭が、回らない。
壁の向こうで息をのむ気配がした。見てろ、ここからが本番だ。
舌を噛んで途切れそうになる意識を繋ぎ止める。目の前の壁を恨めしく睨み付けるとヒビが見えた。よし、これなら行ける。
感覚がない左腕をぶらん、とぶら下げて、腕力の強化はそのままに次は右拳を構える。
「ッ、ふ、は────」
痛みで荒くなった呼吸を整える。霞む意識を集中して、思いっきり、右の拳を────放つ。
「あああぁぁぁぁッ!」
右の拳が壁に迫る。勢いをまとい、壁にぶつかり衝撃を発生させる寸前で腕力に繋いでいた回路を一気に引き抜いて、新しい〝力〟に接続する。
接続する先は筋肉の『衝撃を吸収する〝力〟』
昔何かで見たことがある。筋肉には、高所から飛び降りたときなんかに衝撃を吸収する機能があると。
言ってしまえば、その吸収〝力〟を強化したのだ。
「──────ッ」
もしもの時のために、痛みに耐えるべく歯をくいしばる。
……が、その痛みはやってこない。代わりに腕には確かな手応え。行けた。やればできるじゃないか。
「っくぞぉぉおお!!」
自分を奮い立たせるように叫ぶ。再び回路を全て腕〝力〟に接続し、吸収した衝撃を乗せて拳を放つ────!!
瞬間、辺りに物凄い衝撃と破壊音が響く。
目の前の壁は倒壊し、ようやく驚愕に歪んだ穂村の顔が見れた。────あと、一歩。
その一歩を踏み込み、右拳を構えて穂村の腹部めがけて……突く。
ドスッと鈍い音が響いた。確かに右腕に返ってくる手応えと、意識を失って俺に向かって倒れ込んでくる穂村。
「ぁぁ……終わった……」
感覚がまだ残っている右腕で穂村を支えて、大きなため息をついた。
最初の一戦がこんなんじゃ先が思いやられる。相手を倒した代わりに左腕一本と右手の感覚半分をダメにするとは。
……まあ、回復力を強化して、全力で休めば腕は何とかなるとは思うけど。だからこういう戦法を取ったわけだし。
穂村の体を引きずって、手頃な塀に寄りかかるように座らせる。
「……まあ救急車やら呼んでもいいけど、面倒くさそうだし。こんな感じで放っておけばどうにかなるだろ」
何よりこの途切れ途切れの意識で言い訳を考えるなんて無理だ。悪いな穂村、どうにかしてくれ。
荒くなった呼吸を整えながら、穂村の手にある刺青に目をやる。と、
「………おお?」
刺青に変化が起きた。手の甲から刺青が盛り上がるとソレは本物の蝶へと変わり、雨が降る中羽ばたいて何処かへ行ってしまう。
蝶の刺青はこのゲームの参加権だ。ソレが穂村の手から去って行った。コイツはもう、願いをかけた勝負に参加はできない。
「…………いいや、とりあえず帰ろう。もうゆっくり休みたい……」
すっかり重くなった足を引きずりながら家へと引き返す。途端、
「帝ー!!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
……振り向かなくても誰かはわかる。
「すまん、舞姫……少しだけ休ませて……」
もう限界だった。額に血がたまって重くなっていくような感覚。視界が端から徐々に暗くなり始め、
「ちょ、帝!?」
舞姫の驚いたような声と、ヤケに多い足音を最後に意識を手放した。
……これは自分の攻撃のせいで気絶したわけだし、セーフだよな?なんて。間抜けなことを考えながら。
◇◆◇
両親の怒号をバックに、VIIと書かれた刺青を眺める。
二人はわたしのために、わたしのためにと繰り返し怒鳴り合っている。
わたしの為ってなんなんだろう。
何がわたしの為になるのだろう。
二人がこうして言い争っているだけで、わたしはこんなにも苦痛に感じるのに。
耳と頭が痛い。あとは心も多分痛いのだろう。何かがわたしの心臓を鷲掴みにして、ギリギリと握りつぶしているような感覚。
痛い。痛い。痛い。痛い。
わたしの痛みは誰にぶつければいい?わたしの苦しみは誰にぶつければいい?
何もわからぬまま、この家にいるのが嫌になって、両親には何も告げずに外へ出た。
空はすっかり日も暮れて、真っ黒なカーテンをかけている。
空には無数の星が浮かんでるはずなのに、沈んだわたしの目には何も映らなかった。
……また遅くなりました。本気出すまで時間かかりすぎでしょう。