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REMAKE  作者: 悠夕
第四章 『乗り越えるべき記憶は雷鳴と共に』
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第22話 『想いは』

 帝はずっと、暴力の数々に耐えていたらしい。

 私に声をかけられる度笑顔を作って……隣を歩くその姿からは、予想もできやしなくて。

 ずっとずっと気付けなかったことに、いっさい力になれなかったことに、私は負い目というか……後悔というか。そういうものに近い感情を抱いていた。

 イジメのことを知ったのだって中学に上がって、帝が引きこもってからだった。

 しかも帝のことを痛めつけていた連中がポロっとこぼしたのを聞いて、なんて最悪の方法で。

 聞いた時は自分の耳を疑ったし、嘘だと思いたかった。許せなかったし、許す気もない。

 学くんだけじゃなくて、一緒になっていた人たちだって。

 反省してるとは言っていた。けど、そういう問題じゃないんだ。

 帝の心にはもう治らない傷が刻まれて。私は何か、力になれないのかなとか────


「舞姫センパイ?」


 ふと、名前を呼ぶ声に思考が途切れた。

 向かいに座る瑠璃ちゃんが心配げに眉を寄せて、私の顔を覗き込んでいる。どうやら何か話しかけてくれていたらしく、唇が少し不満げに尖っていたりした。可愛い。

「あぁ、ごめん。聞いてなかった……どうかした?」

「もう、ボーッとするのも程々にしてください。それで、今後のことなんですけど」

 頭を緩く振る私に苦笑を向けてから、瑠璃ちゃんが切り出す。

「うん、今後のこと? それ帝と健人くんが居る時に話した方が良くない?」

「え、なに言ってるんですか。2人がいなくて、瑠璃たち3人しか居ないからこそする話ですよ?」

 私の隣で未緒李ちゃんまで頷き始める始末。

 どうやらなにを言ってるのかわかってないのは私だけらしく、ただただ首をかしげることしかできない。

 ちなみに健人くんはご飯を買いに行ってて、帝はトイレに行ったっきり帰ってこない。今は女性陣3人しか席にはおらず、漂う雰囲気は何やらピンク色、といった感じである。

 なんて帝みたく現実から思考を逸らしていると、わざとらしく大きなため息を吐く瑠璃ちゃん。

「ホンット、わかってないみたいですね。センパイ」

「む…………」

 確かにわかっちゃいないけど、わからないものはわからないんだから仕方ないじゃない。と、思わず頬が膨れる。……瑠璃ちゃんがやると可愛いけど、私がやっても微妙だな。

「瑠璃たちしか居ないからこそ始められる話って言ったら帝センパイのことですよ」

「…………………………えっ」

 思わずカレーをスプーンにすくったまま固まる。

 さっきまで帝のことを考えていたからか、余計に内心焦り始めた。やば、変な汗出てきた。

「帝のことで、これからのこととは?」

「決まってるでしょ。誰が帝くんとくっつくか」

 応えたのは未緒李ちゃんだ。……というかさも当然のように応えられても困る。どうするか、とか聞かれても困るし。

 だけど2人は戸惑う私の思考を遮り、なおかつ変な方向に加速させていく。

「で、舞姫センパイは帝センパイのこと、どう思ってるんですか?」

「え、えぇ……」

「そうそう、わたしもすごく気になるな」

 やんややんやと囃し立てる2人。変な汗が徐々に増して、思考も変な方向に回っていく。顔あっつい……。

「帝をどう思ってるか、か」

 2人の熱い視線を受け止めつつ、思わず呟く。

 私もどう思ってるのかわかっていない。


 救えなかった罪悪感。

 誰かを助けたという尊敬。

 なんで言ってくれなかったんだ、というほんの少しの怒り。

 たくましいけど弱々しい背中。

 誰かのためを考えているときの、まっすぐな目。


 隣にいると安心して、気がついたら帝のことばかりを考えてて。

 目も知らず知らずのうちに、帝のことを追っている。

 それが、俗に言う恋なんだとしたら────


「私、は────」


 やっと口から出かけた言葉。だがそれは、強い、頭痛がするほどの耳鳴りに遮られた。

「今の耳鳴りって……」

「うん、能力者」

 不安げに呟く未緒李ちゃんの言葉に頷いて、立ち上がって辺りを見回す。

 だけど周辺に能力者らしい人はいない。

 耳鳴りを感じて焦った顔で駆けてくる健人くん。

 未だ姿が見えない帝。


 その全てに私は焦燥感を感じて、


「帝!!!!」


 思わず駆け出した。


 ◇◆◇


 怖い。つらい。吐き気がする。恐ろしい。

 正直目なんてまっすぐ見てられないし目を瞑って、自分を奮い立たせるように叫びながらやっと1歩を踏み出せる。


 怖い。だけど────なら、ここで。俺はコイツを乗り越えなくちゃいけない。


 振り絞る勇気。絞り出す負けん気。全部全部を注ぎ込んで、前へ、前へ。


「腕〝力〟────!!」

 回路3本を腕力につなぎ、一気に力を注ぎ込む。

 力が増す感覚を糧に、あの日のように、あの日を繰り返すように、顔面めがけて拳を振るう。だが、

「なんだよ瑞樹、ふざけてんのー?」

 拳は、容易く剣持の手中に収まった。

 能力は発動した……なのに返ってきた手応えは生身のソレで。

 鼓膜を揺さぶるのはパァン、という乾いた音。

 その絶望感すべてに、思わず目を見開いた。


 何でだ。俺は確かに能力を発動した。なのに力が抜けて、剣持の手に受け止められて……。剣持が能力を出した気配はなかった。なら剣持の能力ではない。どうして……!!


 恐怖と絶望感に回っていく思考。動揺と恐怖を読み取って、剣持は楽しげに口を歪めた。

「なぁ、知ってるか? この能力ってよ、自分の『出来る』って思ったことしかできないんだってさ。逆に言えば、信じないとこの能力は何にも生かせない────言ってしまえば、持ち主の心理状態が全てなんだ」

 言われて、恐怖に回り続けた思考は、ひとつの結果を叩き出す。


 俺は、剣持に勝てないと心の何処かで思っている。

「おまえは、心の何処かで勝てないと思ってんだよ」


 思考とかぶせるような声に寒気が走る。奥歯が噛み合わない。握られた拳が痛い。

 何もされていないのに体中に痛みが走る。

 蘇るトラウマ。それは心身を蹂躙し、俺の、思考を、加速させ、現実から、

「ああああああああああああああ!!」

 逸れる寸前で口の中を噛み切って自制。目を逸らすな。現実を見ろ。

 越えるべき記憶は、今目の前にいる!!

 強化した腕力をそのままに左の拳を顔面めがけて振────おうとして空いた手に叩き上げられた。

 勢いが足りない。なんで、なんで、なんで。なんで能力が働かないんだよ。

 奥歯を噛み締め睨みつける俺と対照的に、楽しそうに笑う剣持。

 まるで、あの日を繰り返すようで、嫌になる。

「じゃあ俺の能力、見せてやるよ」

 言った、瞬間。あたりが豹変した。


 ピリピリと肌を焼くような熱。鉄でできた地面に這う電流。

 それは足元から剣持の体に持ち上がり、吸い込まれていく。

 そして、


「が、ぁ、ああああああ、あああああ!!」


 俺の体に、痛みが走った。

 一瞬白く染まる視界。意識が手のひらから崩れ落ち、足から力が抜けそうになる。

 寸前で何とか意識を引き寄せ、頭を降り視界を晴らす。体が麻痺したように痺れて気持ちが悪い。

「電気、系かよ……クソッタレ」

「ご名、答!」

 腹部に走る痛み。ヤクザキックよろしく、剣持は俺の体を蹴り倒す。無様に背中が地面に打ち付けられて、肺から空気が飛び出した。

 そして、追い打ちをかけるような電撃。

 視界の隅に移った右腕は、肌が焼け焦げて元の色がわからない。

 その右腕の感覚だってほとんどないし、意識も手繰り寄せるので精一杯。

 立ち上がったって歩む元気はないし、心の何処かから、諦めろと冷たい声が何度も何度も聞こえてくる。

 ……ああ、ダメだ。敵いっこない。

 朦朧とした意識、霞む視界の中に迫る剣持。

 電気を放つ拳が目前を染め、体が虚しく吹き飛んだ。


「──────!!」


 もう耳も聞こえない。今の一撃で耳がやられたんだろうか。


「────ど!!」


 叫び声が聞こえる。その叫び声はやけに必死で、聞き覚えのあるもので。


「────帝!!」


 霞む視界に捉えたソイツは、涙を流していた。

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