第2話 『復活』
予想以上に早く書き終えたんで。今回は(も、かもしれない)所々読みづらいかもです。すんません。気が向いたら修正いれます。
「────っ、──!」
舞姫と子供をかばうように抱きかかえる。
────ああ、ダメだ。これ、死んだ。
諦めきって、目を瞑る。もうしょうがないだろうと諦めきったと同時、周りの音と光が消えた。
「…………あれ」
「…………えっ」
思わず二人して間抜けな声を上げた。なんてったって死んだと思ってたらなぜか死んでなくて、よくわからないことになってるんだから。
「………………」
「………………」
混乱しすぎて助かったことを喜ぶこともなく、二人で抱き合ったまま沈黙する。うーん、これは。
「……と、とりあえず帝?離れようか」
「お、おぉう。悪い」
舞姫から離れ、辺りを見回す。さっきの道路はどこかに行った────はたまた、俺たちがどこかへ行ってしまったのか。どちらかはわからないけど、何もない真っ黒な空間に俺たちはいた。地面を足で小突いてみると硬い、石のような感覚が返ってくる。足場はしっかりしているようだ。
あと特筆すべきなのは目を凝らすと辺りに何か飛んでいるくらいだろうか。なんだろこれ………
「ねえ、帝」
「なんだよ今忙しい」
「なんか紅茶の匂いがするんだけど」
「は??」
集中して目の前を飛んでいる何かを観察していたからか、舞姫の予想外の言葉に素っ頓狂な声を上げた。
「言われてみれば……確かに」
確かに、微かに香る紅茶の匂いが。
「よくわからないな……もうなんだよこれ、何なんだよこれ」
と、ボソッと呟いた瞬間。一本の道を挟んで照らすように、辺りにロウソクが現れ視界が急に明るくなった。
……明るくなった、筈なんだけど。辺りの暗闇は変わらない。これは暗いわけじゃなくて、黒く染められた部屋か何かなのか。
だがおかげで俺たち2人の周りを飛んでいるモノの正体が分かった。蝶だ。部屋と同じ、真っ黒に染まった蝶。それが2匹。
蝶2匹は俺たち2人の間を飛んだ後、ロウソクの光でできた道を辿るように、黒い部屋の奥へ進んでいってしまう。その姿は、まるで────
「……ねえ、これ着いてこいって言ってない?」
舞姫も同じものを感じたのか、不安そうに服の裾を掴んできた。服を掴む手は少し震えていて、近くで聞こえる呼吸も弱々しい。
「……………」
潤んだ舞姫の瞳を見て、思わず押し黙る。
ここが何処だかわからない。何が起きてるのかわからない。疑問は尽きず、一緒にいる舞姫は怯えていて。それならたとえ何が起こるかわからないとしても、行動を起こしていくしかないだろう。
「……よし、行くぞ舞姫。もう行くしか方法はないだろ」
黒い謎の蝶を追いかけるように、ロウソクで照らされた道をたどり、部屋の奥まで進んでいった。
◇◆◇
五分は歩いただろうか。代わり映えのない景色がずっと続くばかりで、時間の感覚が狂ってくる。ただ、数歩歩くたびに紅茶の匂いは段々強くなりつつあった。
ふと、ロウソクの道が途切れる。
「……あれ、行き止まりか?」
「なのかな」
手を伸ばすと、何か硬い感覚が返ってきた。
……壁。たぶん、壁だ。もうどこもかしこも真っ黒くて自信がないけど。たぶんこの紅茶の匂いは壁の向こうから来てるんだと思う、けど。入り口がどこかにあるんだろうか。
2人で思わず首を捻る。と、キィと乾いた音を立てて壁の一部が扉のように開いた。
「……これは、入れってことか」
「かな。たぶん」
戸惑いつつも扉を潜る。すると、紅茶の匂いが一層強くなった。
扉の先には同じような『黒』が広がっていた。が、今までとは作りが違う。6畳ほどの広さで、部屋の四隅には本棚がずっしりと立ち並び、天井からはおしゃれな照明が垂れ下がっている。
そして一番特筆すべきなのは部屋の中心に置かれた机だ。その上には紅茶の入ったティーカップが3つ置かれていて、淹れたてなのか暖かそうな湯気が匂いを俺たちのところへ運んできてくれる。
そして、椅子が机を囲うように3脚。
────そのうちの1脚には、不気味な仮面で目元を隠した燕尾服の男が座っていた。
「「……………」」
「…………………」
横たわる沈黙。仮面で隠されていてわからないけど、たぶん仮面の男の視線は俺たち2人に向けられている。
「そんなところに立っていないで座ったらどうです?紅茶も冷めてしまいますし」
言ったのは燕尾服の男だった。男にしては割と高めでよく通る声。
黙って立っていても仕方ないし、従って舞姫と隣同士に座る。椅子は柔らかい材質で出来ていて、座り心地はかなり良い。不覚にも落ち着くな、なんて思ってしまった。
……いやいや、違うだろ。落ち着いてる場合じゃない。
「なあ、アンタ。ここはいったい何処なんだ?何がなんなのかわからない。しっかり説明してくれ」
仮面の男を睨みつけながら問う。
男はのんきに紅茶を一口飲んだ後、口元に笑みを浮かべながら俺たちに問いかけた。
「問いに問いで返すようで悪いですが。キミたちがここに来る前、何がどうなったのかは覚えてます?」
「そりゃ………」
そんなの、忘れたくても忘れられない。
迫り来る死の恐怖。諦めきった舞姫の表情。辺りに響く悲鳴と、クラクションの耳障りな音。
俺たちはあの時、確かに────
「そうです。キミたちはあの瞬間、確かに死んだ」
仮面の男が俺の心を読んだかのように、楽しそうに笑う。
「ああ、そうだ。俺たちは死んだハズだ。なのに気がついたらこんな場所にいた。もうわけがわからない……何がどうなってる!俺たちが助けようとしたあの子供はどうなったんだ!!ここは何処なんだよ!!」
頭の中を渦巻いていた疑問が次々と吐き出される。もうわけがわからなかった。俺の頭じゃ処理できる容量なんてとっくに超えている。なのに次から次へとよくわからないことが続いて頭が追いつかない……。
思わず頭を抱えこみ、机に突っ伏す。ダメだ、頭が痛くなってきた。畜生。
「まあまあ、紅茶でも召し上がって。落ち着きますよ」
場違いな返事だとは思ったけど、言われて紅茶を一口飲む。もう落ち着けるなら何でも良かった。
「………取り乱した。質問ばかりして悪かった」
「いえいえ……今から全ての疑問にお応えしましょう。それが、私の仕事ですから」
言い終えて、仮面の男が立ち上がる。急に両腕を広げて、ミュージカルの役者のように、胡散臭く語り始めた。
「まずはキミたちが助けた子供がどうなったのか、と言う話から。キミたちが助けようとした子供はなんと!キミたちの犠牲によって一命を取り留めました!良かったですねぇ」
言い方には腹が立ったが、ひとまず安心だ。俺たちが命を張っても助けられなかった、何て言われたら笑い話にもできない。舞姫もティーカップを手に持ちながら安堵の息を吐いていた。
「次に、ここが何処かという話。まあキミたちが覚えているように、あの瞬間に2人揃って命を落とした。ですからまあ……言うなればここは生と死の境目ですね。何もなく、何も存在しない……寂しい寂しい場所です」
「生と死の境目……」
俺たちがいる場所はハッキリした。けど余計に意味がわからない。俺たちは死んだ────なら、何故俺たちはこんな場所にいるんだろう、と。
「そうですねぇ。キミたちが死んだ、と言うのなら天国か地獄へ向かう……それが人間の世界で決められたルールのようなものです」
「な………」
また、心を読まれた。なんでかは知らないけど、コイツには俺の心の中が筒抜けのようだ。
「そして、ここからが本題です。なんでもひとつ、願いを叶える権利をかけたゲーム。それに参加してみませんか?」
「……………」
思わず、沈黙。
願いを叶える権利。そんな美味い餌が、突然目の前にぶら下げられた。
正直言って怪しすぎる。第一、俺たちがそんなモノに参加できる理由がわからない。それじゃあまるで────
「ええ、そうです。この戦いへキミたちが参加できる理由は……悲惨な過去を、背負っているから」
「──────ッ」
背中に冷たいものが走った。
コイツは、俺たちの過去を知っている。俺たち自身だって忘れたくてたまらない、悲惨で憎たらしくて頭の底の所にこびりついて剥がれない過去を────!!
「その『願い』を使って悲惨な過去を塗り替えることもできますが。如何でしょう?」
「如何でしょう、じゃねえ。怪しすぎるっての……何で俺の心を読むだけじゃなく、俺たちの過去まで知ってやがる。お前はなんなんだよ」
「その質問にはお応えできません。キミたちがここで、ゲームへの参加を拒否する可能性があるので。参加すると言うのなら話はまた別ですが」
「またゲームかよ……」
俺の怒りがこもった視線を平然と受け止めて、楽しそうに笑う男。ダメだ。このままペースを掴まれたままじゃ、いけない。
「じゃあ、もうひとつ質問だ。ここで俺たちがそのゲームとやらの参加を拒否したら、どうなる?」
「死にます」
「…………はぁ?」
即答だった。さも当然だと言わんばかりに。
「だってそうでしょう。キミたちは死んだからここに居る。ここで私の提案に乗らなければそのまま死ぬ。当然です……まあ、ついでに。キミたちに死後の世界を見せてあげましょう。ここで断ればどういう場所に連れていかれるのか────それをよく理解した上で考えていただきたい」
仮面の男が指を鳴らす。
途端に、意識が吹き飛んだ。
そこにあるのは無。ただひたすらの無。
暗く暗くただただ暗く、上も下も左も右も、自分も他人もわからない。周りに誰かいるのかさえもわからない。怖い。怖い。こわい。コワイ。自分とはなんだったか。俺とはなんだったのか。考えれば考えるほど正気は崩れ、ゲシュタルト崩壊を起こし始める。
俺はなんだ。なんだった。名前すらもわからない。
過去に一度、自分が死ぬということを考えて怖くなったことがある。死とは何かと考えて、答えが出ずに眠れなくなったことがある。
死んでしまったらそこで『俺』という存在は終わってしまうのではないかと。その恐怖が今、自分の目の前に、めいいっぱい広がっていた。
「────、ぁ────」
意識が戻った。霞む視界の向こう側には楽しそうに口元を歪める仮面の男がいて、隣には怯えるように震える舞姫がいる。
俺は、瑞樹帝。大丈夫だ、元に戻った。
荒い息を整え、バクバクと早鐘を打つ心臓を押さえつける。それまでに死とは狂気に満ちていて、とても正気ではいられなかった。
隣の舞姫も同じものを見せられたのか、顔を真っ青にして震えている。にも関わらず仮面の男は淡々と、
「さて、考えていただけますか?これは取引です。キミたちにも拒否権はあります」
なんて言いやがる。
これは取引なんかじゃない。一方的な脅迫だ。
目の前に美味い餌を吊るされ……それに夢中になっていたら、気がついたら逃げ場が潰されていた。
全てはコイツの、思い通りだと言わんばかりに。
「答えを聞きましょう。どうします?」
「そんなの────」
舞姫に目を向ける。死ぬのは嫌だ、と首を横に振り、俺に怯えた視線を向けてくる。
ああ、もう。答えなんて決まってるだろう。
「────わかった、乗ってやる。ゲームとやらに参加してやるよ」
「その答えを待っていました」
待っていたって。その答え以外、許されなかったくせに。
「さあ、ルールは簡単です。これからキミたちには私の能力の一部を授けます。それがキミの心を読んでいたりしていたモノですね。そして現世に戻ったところからゲームスタート。他の能力者との戦いで勝ち残り、最後の一人になれば願いが叶えられる。勝つ方法はその能力を使用して、他の能力者を戦闘不能────気絶させる、または死亡させるだけ。簡単でしょう?」
「死亡って……殺し合いさせる気かよ」
「そりゃ勿論。願いをなんでも叶えられる権利ですよ?殺し合いをしてでも手に入れたいはずです」
でもそうか、気絶させるだけでもいい。なら誰も傷つけず、なおかつ自分も傷つかずに済むかもしれない────
「帝君、その考えは甘いですよ」
また脳内を覗き込まれた。……もうこの感じにも慣れつつある自分が怖い。
「自分の欲望の為に、人は他人を殺すものです。そんな欲望渦巻く人間の中でも────最後まで生き残れると、信じてるからな」
「え………?」
突然変わった声音と口調に戸惑う。が、男は何も答えずに俺と舞姫の手を握った。
「参加者はキミたちも含めて15人。最後の一人になった瞬間、ゲームは終了となります」
俺の右手の甲に、黒い蝶がとまる。
それは徐々に俺の肌に馴染んで行き、やがて刺青のようなモノに変わった。ローマ数字で15と書かれた、赤黒い蝶の刺青。チラッと横目で見てやると、舞姫の刺青には14と描かれていた。
「それがキミたちに割り振られた番号です。能力は────舞姫さんには『消滅の能力』を。帝君には、『力を力に変える能力』を。使い方は脳内に送り込んでおきます。詳しいことは色々試しながら覚えてください」
視界が霞む。足元が抜け落ちたように、感覚が薄れていく────
「では、2人とも健闘を祈っています」
嘘つけ、祈ってなんかないくせに……
なんて、悪態をついたのを最後に。俺たちは再び、現世に戻る。
今度はゲームの参加者だなんて、馬鹿げた肩書きをひっさげて。
◇◆◇
視界が戻る。途端、耳に入ったのはクラクションの音と女性の甲高い悲鳴だった。
「は、嘘だろ?!」
何故か死ぬ直前に戻されたらしい。畜生、変なところで不親切だなあの野郎は!
さっきまでの自分なら間違いなく死んでいた。けど、今の俺には助ける方法がある。
力を力にする能力────そんな馬鹿げた能力を起動する。
使い方は不思議とわかっていた。イメージするのは3本の回路。その回路の一本を強化させたい〝力〟に接続し、能力を流し込む────
「筋〝力〟!」
まず強化するのは筋力。舞姫と子供を抱え、落とさないように強化する。
そして回路をもうひとつ、別の力に接続し────
「跳躍〝力〟!!」
────跳ぶ。
見事に歩道に転がりこみ、背中を打つ。痛いけど知るもんか。死ぬことに比べたらなんてことない。
……いや、冷静ではいたけど内心ガクブルしてた。助かってホントよかった。もう。
公園から聞こえてくる歓声や、やかましい蝉の声をBGMに……厄介なことに首を突っ込んじまったなあ、と。青い青い空を見上げ、ため息をひとつ。
本当にしんどいのは、ここから先の話。
◆◇◆
帝が無事助かったのと同時刻。例の道路が見下ろせるビルに、仮面の男がいた。
「……良かった。無事助かったか」
先程との態度とは打って変わって、優しい目で帝達を見下ろす。
「お前達なら、この負の連鎖を終わらせてくれると信じて────」
言い終えて、何処かへ消えようとしたのと同時。
仮面の男の胸から、腕が生えた。
いや、生えたのではなく何者かに背後から腕を突き刺されたのだ。真っ赤に染まった手の甲には、赤黒い蝶の刺青。刻まれている数字は1。
腕を突き刺した張本人は楽しそうに笑うと、腕を勢いよく引き抜く。
「お疲れ様、征太郎くん。君の出番はもう終わりだ」
仮面の男は苦しげに地面に倒れると、足元から徐々に徐々に蝶となって飛んで行ってしまう。
「にしても何を考えてるんだろうな、こいつは。自分の息子をこんな戦いに巻き込んで……まあいい。彼はきっと、僕の期待に応えてくれるだろうから」
男の血だらけの手には、真っ赤な蝶が握られていた。蝶は逃げようともがくのだが、それは叶わない。
もがき苦しむ姿を見て、男は楽しそうに笑っていた────。
《残り参加者 15人》