第12話 『ドキドキ☆私服披露大会』
「なあ、今日はどんなことしてやる?」
「リンチはこの前したからなあ。もう飽きただろ」
「なんか別の探すか〜」
「別のオモチャ探すとかどうよ? 例えばお前とかさ」
「え、やだよ……なんで俺が虐められなきゃいけないんだよ。前田のほうがよっぽど気持ち悪いじゃんか」
……違う。おまえらのほうが、よっぽど、
「それもそうか。お前虐めたってつまらなそうだしなー」
「はぁ、そんな理由かよ。つらいんだけど」
誰かを蹴落として、踏みつけて、馬鹿にして、唾を引っ掛けて。自分の〝下〟を作らないと生きていけないお前らのほうがよっぽど気持ちが悪い。
薄っぺらい笑顔を貼り付けて、教師に媚び売って、いい顔して。虐めなんてありませんよーとか言っといて他人を踏みつけて、のし上がって、高みから見下ろしていいツラしやがって。
集団を作ればすぐこれだ。だから俺は気に入らない。
そんな連中とは一緒に見られたくない。だから俺は、他人の願いも一緒に背負って、歩いていけるような────
◇◆◇
「ほら帝、起きて。起きなさいよ」
「ゔぇぇ……まだ日が高いじゃんかなんで起きなきゃいけないのさ……」
ここ二日に比べれば比較的平和な朝だった。
ゆさゆさ、と優しく揺すられ意識が浮上する。思いっきり開け放たれた窓から差し込む日差しと蝉の大合唱が鬱陶しい。これ家の目の前の電柱にとまってやがるな……ミンミンミンミン鳴きよってからに。
「あと1時間……」
「長い。却下。ほら、起きた起きた!」
俺の提案は叶わず、ゆする手がだんだん大きくなり始めた。おうおう、揺れる揺れる。マグネチュードうんぬんかんぬん。
「起きな、さいッ!」
気合の入った声と同時に振り下ろされる拳。ソレは見事に俺の鳩尾に「ごふっ!?」……今一瞬目の前が白く染まったぞ。意識飛びかけなかったか。
「比較的平和な朝とはなんだったのか……」
「帝がスッと起きてくれればこんな強行手段取らなかったんだけどどうよ?」
「無理だとわかった」
だいたい低血圧の俺に朝スッキリ起きろという方が無理なのだ。しかも夏の蒸し暑い日に、である。無理に決まってる。無理無理。
朝とは解り合えない仲なんでね。向こうが俺と友好的にやろうとしてくれない限り、絶対に仲良くなんかできない。おい夏、武器なんて捨ててかかってこい。
「……目、覚めた?」
「覚めました。舞姫の拳のおかげで」
まあ、せいでとも言うけど。
しっかり頭も回り出したことだし(くだらないことしか考えてないのはスルーで行く)、体を起こして軽く伸ばしてやる。背中から小気味のいい音が響き、思わず声が漏れた。
「……で、帝。起きたところでなんか感想は?」
「感想?いい拳だったな」
「じゃなくて、ん!」
ん、と言いながらそんなない胸を張られても。ホントに無いなぁとしか感想は出てこないんだけども。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「そんなことはないっす」
さて、真面目に考え始めないとそろそろまた拳が飛んでくる。
きっと胸を張ったってことは服装のことだろう。今日の舞姫はいつもの制服じゃなく私服姿だった。
長い青みがかった黒髪は後ろでひとつにまとめられていて涼しげ。確かポニーテールって上のところでまとめてないと呼ばれないんだっけ。これはポニーテールで正しいんだろうか。
あとは白のポロシャツに膝くらいの丈の青いスカート。と、裸足。たぶんサンダルか何か履いてきたんだろう。
何度となく見てきた舞姫の私服だが、まあ、なんだ。良いんじゃないですか。
……とは口から出てくるわけはなく。
「うん、その顔見たらなんとなくわかったから良しとします」
「人の心を読むのはやめろよな……」
なんか照れくさいから、と思わず頰を指先でかく。
まぁ私服を見せつけてくれたおかげで、芋づる方式で早起きさせられた理由まで出てきた。そうだ、今日はみんなで出かけるんだっけ。
「照れてなくていいから早く着替えてよね。もうそろそろみんな来るよ」
「おぉう、俺の知らないところで予定が組まれている……」
つっても俺に相談されたら「嫌だ」の一点張りだろうし、相談しなかったのは正解と言える。流石小学6年からの付き合い……こっちに来てから一番長い付き合いだしな。
「……まあ着替えるから、先外出てろ。お前のことだからウチの前集合にしてるんだろ?」
「いずざくとりー。じゃあ先行ってるから、早く出てきてね」
「あいあい、了解」
なんて、やけにご機嫌に部屋を出て行く舞姫。そんなにみんなで出かけるのが嬉しいのか、と思わず苦笑する。
「さて、じゃあ俺もとっとと着替えちまいますかねえ」
なんて呟きながら、何着て行こうか久しぶりに悩む俺であった。
◇◆◇
悩んだ結果いつも通りに落ち着くのはよくあることだと思う。
ユニクロで買った黒い半袖のTシャツに、これまたユニクロ産の赤い半袖のパーカー。裏地が黒色で若干オサレだなぁとか思ってたりするんだがそんなことは無いと婆ちゃんに否定されて若干凹んでる。
あとはいつものジーパン、と。おしゃれに興味のない男子中学生なんてこんなものだろう。
なんて考えながら玄関を出ると、
「……ああ、うん。帝らしい」
と舞姫の一言。これは褒めてると前向きに捉えておく。意外とこのビターな世の中を生きていくにはポジティブシンキングは大切なのだ。砂糖を持ち歩かないと世の中やっていけない。と、甘々ホワイトチョコレートデイズの引きこもりは語る。
「帝セーンパイ♪ 今日も帝センパイらしいですね!」
舞姫と同じようなことを言いながら、舞姫の陰から飛び出してきたのはギンギラギンに全くさりげなくない日差しを反射する金髪頭。中村だった。
「おー中村。もう来てたのか」
言いながら感想を求められた時のために格好を見ておく。
中村はショートデニムに白いブラウス。舞姫を見てからだとまた白か、だとか思わないこともないがまた別の印象を受けた。なおいつものカチューシャは健在で、広いデコがよく見える。
「どうですかセンパイ、瑠璃の私服は」
「うん、いいんじゃね」
「おざなりだけど褒めてもらったんで良しとします」
そのポジティブ思想はやめたほうがいいぜ、こんな世の中じゃやっていけないよ。と手のひらを返してみる。
中村がいるんなら、と辺りを見回してみるとやはり健人の姿。まあ二人は家隣同士だし、一緒に来るのは当たり前なのだが。
健人は黒い半袖Tシャツにジーパンといった格好。思わず固い握手を交わしたくなった。そう、一般的な男子中学生なんてこんなもんなんだよ。
「……と、じゃあ後は来てないのは織だけか」
健人と謎のサムズアップを交わしながら問いかける。と、舞姫がポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認しながら頷いた。
「もう少しでくると思うよ。さっき家出たってラインきたから」
「ああ、そう。お前ら仲良いのね……」
なんだか少しだけおじさん置いてかれた気分だよ。女の子二人って基本こんなもんなんだろうか。
……にしても織の私服ってどんな感じなんだろうか。一切想像できないんだが。毎回会ってる時は制服姿だったし、初日なんて制服の上にジャージ、なんて特徴的な格好をしていたわけで。
なんて考えてると、
「ごめーん、わたし一番最後だよね。遅れちゃった」
聞き覚えのある声が近寄ってきた。
「いやいや、いいよ。別にたいして待ってねえし」
苦笑しながら手を振ってやる。ずっと走ってきたのか織は息を切らし、俺たちの目の前で止まると膝に手をつきながら袖で額の汗を拭き始めた。
……さて、織の格好なんだが。ダボっとしたジーパンにこれまたダボっとした長袖の黒いパーカー。中のTシャツは白だろうか。それが汗で濡れてまだら模様を作っている。
なんというか、なんだ。女性陣二人に比べて野暮ったいというか。適切な表現が見つからない。
「……うん、織らしいんじゃない?」
「え、何が?」
戸惑う織に無言で親指を立てる。舞姫と中村も同じ心境なのか、同じような複雑な表情をしていた。
まあ、なんだ。個性は大事だよな。わかる。
「さて、全員揃ったことだし出発しますか」
織の息も整って、楽しげに言ったのは舞姫だった。今日は織のご褒美だったはずなんだが、一番楽しそうなのがコイツという不思議。
……ま、そんなことは良いか。長い長い1日が、始まった。もう帰りたい。
女性の服なんかわからないから必死こいて書きました。ダサいとかそういう心に刺さる感想はやめてください死んでしまいます。