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REMAKE  作者: 悠夕
第三章 『歩み寄り駆け寄る話』
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第11話 『踏み出した、一歩目』

 気がつけば夕方。あんなにうるさかったアブラゼミやらミンミンゼミなんかは静まり、比較的鳴き声が綺麗なヒグラシが鳴いている。まぁ俺ヒグラシにいい思い出ないんだけどな、アニメ的な意味で。

 そんな俺のオタク知識はさておき、そりゃあもう織と舞姫とで色々なことを話した。

 中学三年生らしい進路の話だとか、色気の『い』の字も知らない俺と織に、舞姫がクラス委員長の情報網を駆使して手に入れたクラスの恋愛事情を教えてくれたりだとか。

 部屋にあるオススメの漫画やラノベ、読んでてめちゃくちゃ笑ったスレの話。

 あの瞬間は三人とも、ゲームだとか能力のことは綺麗さっぱり忘れてたと思う。やっぱり俺たちは年相応の中学生なんだなぁ、とかジジくさいことを考えてたり。年相応とは何処に行ったのか。


「ねぇやっぱり行かなきゃダメかな踏み込まなきゃダメかな」

「何今更逃げ腰になってんですか」


 知らない道。織の家に向かう途中の道路で、電柱の陰に隠れた織を俺と舞姫とで半目で睨みつけていた。

 織の表情は浮かない。漫画で表現するのなら背後にどよーん、と文字が浮かび、額には青い線が走っている感じ。

 打って変わって俺たち二人は奇妙な立ち方をしながら背後にゴゴゴゴ……とこれは作品が違うんでやめておこう。

「だって怖いんだもんやだよぉ踏み込むの……」

「もう未緒李ちゃん、さっきまでの威勢はどうしたの……」

「いざラスボスの前まで来たらセーブしたものの怖くて挑めない感覚というかなんというかそんな感じ」

 まくし立てるように舞姫にすがる織の言葉に思わず頷く。わかる、わかるぞその気持ち。手持ちのポーションとか不安になるよな。

 そんな頷く俺にジト目をくれてから、舞姫は顎に指を添えて「そうねえ」だなんて唸り始めた。

「なら、明日みんなで出かけようか。確か瑠璃ちゃんも健人くんも部活休みって言ってたしさ。気持ちいい気分で出かけられるように、今日は頑張ろう?」

「ぅ……うん、わかった。頑張る」

 なんというか、さすがクラス委員長。誰かをその気にさせるのが上手い。

「ね、帝もどうせ明日暇でしょう?」

「あれれー、そのみんなってのには俺もカウントされてたのかおかしいな……」

 暇だって断定されてるところも含めておかしいよね。俺だって忙しいのに……とは舞姫の刺すような視線を受けながら応えるほどの度胸はないので押し黙る。どうせ家にいてもネットサーフィンやらゲームくらいしかやることはないし。

 舞姫に上手く乗せられた織がなんとか立ち上がり、家の方向と思われる方に歩みを進めていく。

「……よし、じゃあ頑張ってみようかな。とか」

「ん、よろしい。行こっか」

 隣に歩み寄って、織の手を取る舞姫。

 歩きながらも励ます舞姫と、恐怖を『楽しい』だとか『嬉しい』だとか、前向きな感情で誤魔化す織。

 二人の笑顔はほんの少しだけ、眩しく見えた。


 ◇◆◇


 ひんやりとした感覚を返してくる扉。そこから先はわたしにとって地獄が広がっている。

 扉はまるでわたしが人間関係に引いた線のよう。私と両親の間をすっぱり(へだ)て、鍵が侵入することを拒んでいる。

 わたしの手にあるのはその扉を開ける鍵。そう、全部はわたし次第なんだ。

「頑張れ、織」

「うん。ファイトだよ、未緒李ちゃん」

 応援してくれる二人の声に頷いて、鍵を差し込み回す。

 ゆっくり、ゆっくりと重いドアを引き開いて。中に足を踏み入れた。

 後ろ手に扉を閉めながら息を飲む。いたって普通のマンションの一室────その玄関。にも関わらずわたしは恐れ、今すぐここを出たいと感じている。

 両親の怒号は聞こえない。それが逆に恐怖を駆り立てていく。

 背筋に走る寒気。それをこらえながら廊下を一歩、一歩────。

「ただい、ま……」

 言いながら、リビングの扉を開く。久しぶりに口から出たその言葉に思わず苦笑を浮かべる。当たり前の言葉が久々だなんて馬鹿みたいだ。


 ……だがその苦笑も、向き合う二人と、その間にある机の上の紙を見て、凍りついた。


 その紙には緑色の線が枠として引かれ、同じく緑色の文字で一際大きく、『離婚届』と書かれている。

 離婚届……?離婚届って、ねえ、そういうことだよね。なんで?

 声が出ない。嗚咽が漏れる。何かが引っかかってわたしの言葉を邪魔している。

 邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。いくら念じてもそのつっかえは取れてくれない。

「ああ、未緒李か。おかえり」

 戸惑うわたしに声をかけたのはお父さんだった。

「お父さん達な、未緒李のためを思って(、、、、、、、、、、)離婚することにした」

「────ッ!!」

 まただ。またそれだ。わたしのことを思ってって。

 何がわたしのためを思って、だよ。


 ……違う。ここでイラっとするのは筋違いだ。これは全部わたしが何も言わなかったせいだ。全部わたしのせい。


 なら、自分で始末しないと。わたしが歩み寄れ────いや、今までサボってた分、足踏みしてた分、引きこもってた分、全部全部取り返すつもりで駆け寄れ!!


 何かまだわたしに言っているお父さんを無視して机に歩み寄り、机の上の離婚届を引っ掴む。そして────

「お、おい未緒李!なにして……!」


 ────思いっきり、力一杯引き裂いた。

 ビリビリ、と部屋に響く音。それが引き金になって、わたしの喉につっかえていたものが取れたかのように言葉が溢れ出す。

「……ねえ、嫌だよ。わたし」

 たぶんこの15年近く生きてきて初めての反抗。ソレに二人とも思いっきり目を見開いた。

「わたし、二人が喧嘩してるのは嫌だ。だからって離婚するのも嫌だ。わたしのためにわたしのためにって喧嘩してたけど、わたしは二人が喧嘩してるのが一番……嫌だよ」

 相手に反論する隙なんて与えない。それくらいにわたしは燻ってたんだ。言いたいことなんてまだまだ沢山ある。

 握りしめた拳が痛い。ぎゅ、と離婚届の残骸が乾いた音を立てる。

 二人の視線は、わたしの拳に突き刺さっていた。

「そうするしかないとか言わないでよ。ソレ以外の方法探そうよ。なんならわたしだって手伝うよ……いくらでも。わたし、ね。決めたんだ」


「もう迷わない。怖がらない。怖がってちゃ何も始まらないから。だから、わたし────ちゃんと立ち向かおうって」


 言えた。わたしがずっと言いたかったこと。

 胸がスッと軽くなる感覚。ああ、こんなに楽になった。なんだ、簡単なことだったのに。

「未緒李、おまえ……」

「未緒李……」

 信じられないものを見た、みたいな目を向けられてる。それだけ意外だったんだ、わたしの行動。……ちょっと悔しい。

 視界が霞む。なんだ、わたし。泣いてるのか。

 でもこれはたぶん悔し涙じゃない。やっと言えた、っていう嬉し涙だ。

「だいたい、さぁ……っ、なんで二人、喧嘩してたのさ……」

 涙を堪えながら問いかける。解決策を探すならそこからだ。

 でも二人から出た原因は、もうそれはそれはくだらないもので。

「未緒李が学校でいじめにあってるんじゃないか、って……だから引っ越して転校させた方が良いんじゃない?ってお母さんは提案したのよ?そしたら……」

「ばか、だからそう簡単に引っ越せるわけないだろう。お金も必要だし、今の会社だって……」

 そう、それはそれはもう。馬鹿馬鹿しいもので。

 本当に、くだらないものだった。わたしが踏み込んでいないから、両親にですら一線を引いていたから。

「なんだよ、もう。二人とも……」

 それが全部、勘違いを引き起こしていたんだ。

「わたしそもそも、イジメなんて受けてないよ……ばか……」

 ポロポロと涙を流しながらも、バカバカしくて思わず声を上げながら笑う。

 始まりはひとつの勘違い。こんなにバカバカしいことがあるだろうか。

「だからね、引っ越す必要なんてないから……喧嘩だってしなくていいんだよ……ばか……」

 つられて、二人まで笑い始める。

 もう数ヶ月も聞くことのなかった両親の笑い声が、リビングに響く。

 ああ、帝くんの言う通りだった。身を削ってまで叶える願いじゃなかった。

 しっかり、感謝しないと。


 ◇◆◇


 窓から漏れる笑い声を背に、舞姫と二人でつられて笑う。

「なんだ、一件落着だな。よかったよかった」

「帝のお節介もたまには役に立つみたいだね」

「おうおう、たまにはとはなんだ。たまにはとは」

 ばかなやり取りをしながらも、織家の部屋から離れていく。

「じゃあまあ、帰りますか。積もる話もあるだろうし……俺たちは明日の約束もあるから。聞きたいことがありゃ明日にでも聞きゃいい」

「そうだね。私LINEも交換しちゃったんだから」

 ぶい、とスマートフォンを見せつけてくる舞姫。最近の若者はスマートフォンスマートフォンってすーぐこれだ。

「瑞樹帝はクールに去るぜ……ってな」

「またパクリ……オリジナリティが足りませんな」

「うるさいよ、ばか」

 楽しそうな家族の笑い声につられて、思わず二人で声を上げて笑う。

 今日の一番星は、一段と綺麗だった。

前回ここまで書く予定だったんです。次から新章……。

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