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「くっそ! なんでまた冷たいの出てくんだよー!」

 俺はそう言うと、自動販売機から缶コーヒーを取り出す。

『あたたか~い』のボタンを押したはずが、冷たいやつが出る。

「まあ、よくあることだけどさ」

 そう言ってプルタブを引く。

 プシュ、という乾いた音が静かな廊下に響いた。

 俺はすぐ隣にあるベンチに腰掛けてコーヒーを一口飲む。

 自動販売機が一台、飲料メーカーのロゴがでかでかと入った安っぽいベンチが一つ、その隣にはプラスチック製のゴミ箱。

 買って、飲んで、捨てる、がコンパクトにまとまっているこの場所が好きだ。

 ちびちびとコーヒーを飲んでいると、こちらに向かって歩いて来る女子が見えた。

 彼女は俺を見つけてにっこりと微笑む。

四田(しだ)君、やっぱりここにいたんだね」 

 その女子――七原梢(ななはらこずえ)はそう言うと、自動販売機に小銭を入れ、鼻歌混じりにボタンを押す。

 機械のルーレットが回り、気の抜けた電子音が響く。

「当たりかあ。んじゃこれ」

 七原はそう呟き、さっき押したのとは別のボタンを押した。

 自動販売機の当たりなんて、俺はこの十五年間、一度もお目にかかったことはない。

「おかわりいる?」

 七原はそう言うと缶コーヒーをこちらに差し出してくる。俺が飲んでいるやつと同じのだ。

「それ、七原のじゃん」

「まー、そうなんだけど。じゃあね、これあげるから――」

 七原はそこで言葉を切り、とびきりの笑顔でこう言う。

「私と付き合ってよ」

「どこに?」

「うーん。そう返すかなあ……」

 七原はそう言うと少しだけ躊躇してから、今度は照れくさそうにこう言う。

「私の彼氏になってくれたら、これあげるよ!」

「痛ってぇ!」

 缶コーヒーでおでこを叩かれた。      

 痛い。……ということは、これは夢じゃないのか。

 カレシ、枯れ死、いや、彼氏だよな。

「拒否権、あるよ?」

 七原が潤んだ瞳でそう尋ねてきた。

「めめめめめめ、めっそうもございません! 俺で良ければ彼氏にしてください」

 俺の言葉に七原は安心したような表情を浮かべる。

 そして、アタリでゲットした缶コーヒーをベンチに置くと、くるりとこちらに背を向けた。

「じゃあ、今週末デートねー。今夜またメッセージ送るから」

 それだけ言うと走り去って行った。

 七原の姿が見えなくなっても、俺は誰もいない廊下を眺めていた。

 彼女がくれた缶コーヒーに触れてみる。

 まだ熱い。


     

 あの告白は、俺の悪友である田辺や木下あたりが仕掛けたイタズラかと思った。

 だって七原が俺のことを好きとかあり得ないしなあ。

「そんなイタズラ仕掛ける暇があるならゲームでもしてるよな」

 俺はそう呟きながら、精一杯のオシャレをする。

 今日は土曜日。七原とのデート当日だ。

 何があるか分からないので、待ち合わせの十時より一時間早く家を出る。


 空を見上げれば雲一つない青い空が広がっていた。

「こりゃあ雨は絶対に降らないな」

 俺はそう呟いてから、歩き出した。

 すると、十分もしないうちに鼠色の雲が空をおおい、鼻の頭にぽつりときたと思ったら本格的に雨が降り出す。

「やっぱりそうか」

 俺はそう言ってカバンの中から、折り畳み傘を出した。

 あれ? 傘が開かない? 壊れた?

 何度やっても開かない。

 なんでこんな時に壊れるかなあ……。


「……コンビニ行くか」

 そう呟いて、走って近くのコンビニに行く。

 店内に入った直後、雨が止んだ。

 念のためにビニール傘を購入して外に出たら、空はすでに快晴。さっきまで雨が降っていたとは思えない。

 いつものことだ。

 俺はとにかく運が悪い。これはもう物心ついた頃からずっとそうで、あまりにも運が悪いもんだから苗字の四田から『死んだ』とあだ名をつけられ、今では『デッド』で定着しているほど。

 そんなわけで、この不幸体質には慣れてはいる。

 だけど、中学からひそかに憧れていた七原に告白された上に、デートに誘われるなんて、こんな幸運は俺の人生じゃないみたいだ。

「それとも俺、明日死ぬのかな……」

 そう言ってから「なーに考えてんだか」と呟き、苦笑いをした。

  

「お待たせー!」

 待ち合わせ場所である駅前の噴水広場に、七原は待ち合わせ時間の三十分前に現れた。

 真っ白なコートからのぞく桜色のニットと膝丈の紺色のスカートが彼女によく似合っている。

 整った顔立ちだが、高校一年生とは思えない幼さがまだ残っている。それなのにスタイルは抜群というギャップもすばらしい!

 ああ、すげーかわいい。これが俺の彼女?! やっぱ俺、近いうちに死ぬんじゃね? しかも無残な死に方で。


「じゃあ、行こっか」

 七原がそう言って俺の隣を歩く。

 肩まで伸びた綺麗な髪の毛からはシャンプーの香り。ずっと嗅いでいたい!

「そういえば、通り雨すごかったな」

 俺が七原にそう言うと、彼女は首を傾げる。

「ん? そうだった?」

「あれ? 二回くらいあったよね。俺、てっきり七原、濡れたのかと……」

「ううん。私が外にいる時は雨は降らなかったよ」

 七原の言葉に俺は思う。

 彼女は俺と正反対、つまり運が良いのだ。彼女の幸運体質も周囲では有名。だが、本人に自覚がないところを見ると、子供の頃からそんな環境だったのだと推測できる。羨ましいな。

  

 俺達が向かったのはこの辺では大きなアウトレットモールで、敷地内には映画館もある。

 今日の一番の目的は映画だ。今から見る映画は、世界中にファンの多い作品でそれの待望の三作目。俺も観たいと思ってたんだよなあ。

「これ、私すごく楽しみにしてたの!」

 無邪気に言う七原に俺は納得する。

 だから、最後の二席をゲットできたのか。七原様様だなあ。

 映画、ものすごく楽しみだ。しかも彼女と見られるなんて、リア充過ぎだろ俺!


 3D眼鏡をかけて観るのは初めてで、ワクワクしていたら映画が始まった。

 俺の前の席はアフロ頭で、彼は興奮しているのかやたらと頭が動いている。

 そのせいでスクリーンで繰り広げられる戦闘シーンとか、影で悪の組織を操っていた真のボスの顔とか、主人公が『俺の最終平気だ』と言ったアイテムも、全部アフロで隠された。なんだよこの悪意のあるモザイク頭!

 しかも、俺もモザイクに負けじとひたすら首を動かし続けたせいで、3D酔いをしてしまった。

 

「大丈夫?」

 映画館を出た後、ベンチに腰かけた俺の隣に七原が座る。

「うん。ちょっとその、酔っちゃって」

「3D酔いしちゃったんだね。顔、真っ青だよ」

「うん。大丈夫」

 大丈夫ではなかった。吐きそうとかそういうことではない。

 なんてゆーか情けないよね、こんな姿。

 映画もモザイク頭のせいでよく観えなかったし……。

 ちら、と隣を見ると心配そうな表情でこちらを見る七原の姿があった。

 ダメだ! 落ち込んでる場合じゃない! 女の子を退屈させちゃいかん!

 俺はそう思って立ち上がる。

「よし、飯だ、飯!」

「そうだね。そこにファミレスあったから入ろうか」

「え? ファミレスでいいの? もっとこう、イタリアンとかそういうのは……」

 お年玉貯金を下ろしたので財布はぽっかぽか。だから遠慮しなくていいのだけど。

「『サイゼリアン』だってイタリアンだよー」

 七原はそう言って笑うと、跳ねるように歩き出した。

 地上に舞い降りた天使のようだ。


「先に食べていいよ」

 俺は七原にそう言って、先に食べるように促した。

 ファミレスで二人同時に同じ物を注文したのだけど、俺のだけが来ない。

「ドリア、冷めちゃうよ」

 俺の言葉に「じゃあ、お言葉に甘えて……」と七原は言い、食べ始めた。

 やばい、すげー気を使わせてる! 俺のドリアが来ないせいで彼女が食べづらそうじゃないか! 早く来い!


 十五分経過しても、一向にドリアが来る気配はなく、店はどんどん混雑してくる。

 慌ただしそうな店員に声をかけるのも、躊躇してしまう。

 俺は何か楽しい話題でもふってみようと知恵をしぼる。

 すると、七原が口を開いた。

「『イドストーリー3』おもしろかったねー。でも、私はやっぱり一作目が好きだなあ」

 俺が3D酔いしてちゃんと観られなかったと推測して、わざとさっき観た三作目ではなく、一作目の話題をしてくれているのか。

「七原は……優しいな」

「えっ?! なに急に?」

「いや、なんとなく……」

 俺はそう言ってから照れくさくなった。

「しょうがないなあ。褒めても何もでないよ? あ、ドリアの海老食べる?」

 七原はそう言うと、イタズラを企む子どものような笑みを浮かべながら、海老を刺したフォークをこちらに差し出す。

 これは伝説の『あーん』じゃないか! 

 俺がごくり、と唾を飲み込んで幸せの中にダイブしようとした瞬間。

「大変おまたせいたしました!」

 その声に驚いた七原がコントロールをミスって、俺の口ではなく鼻の頭に海老をぶつけてしまった。

 ようやく俺のドリア来たよ! しかもタイミング悪っ!

 伝説の『あーん』を堪能することはできなかった。

「まあいいか」

 俺はそう言うと、ドリアをフォークですくう。

 すると、そこには髪の毛が一本。

 皿の中のドリアに視線を落とすと、もう一本、髪の毛。しかもなんだか妙に縮れてるんだが……。

  

 ファミレスを出る前にトイレに寄った。

 洗面所で手を洗っているとさえない男が鏡の中にいる。

 キモイ外見ではないが、イケメンじゃない。普通レベル……だといいな。

 そんなコンプレックスの塊の俺に、容姿端麗、頭脳明晰、そして性格は良い上に幸運体質の七原がなぜ告白してきたんだろう。

 七原って男の趣味、かなり変わってるのかもしれない。

 

 昼飯を終えると、七原の希望でゲーセンに行った。

 よし、良いところを見せるぞ!

 俺は張り切って店内に入った。

 UFOキャッチャーの機械がずらりと並ぶ中、俺は彼女に尋ねる。

「なにかぬいぐるみ、取ろうか?」

「じゃあ、ブーさんがいいな」

 七原そう言うとブーさんのぬいぐるみのUFOキャッチャーの前で立ち止まる。

「よし!」

 俺は張り切って機械に小銭を入れた。


「うわあ! すごい!」

 ブーさんを二回でゲットできたのは、七原が望んだ物だからだろう。また彼女の幸運が発動したんだな。

 そもそも俺は二回目で欲しいものゲットできたことないし……。

 ぬいぐるみを七原に渡すと彼女は目をキラキラと輝かせる。

「大事にするね!」

 俺だと思って毎日、抱きしめて眠ってくれ!


 その後は二人プレイのゲームをした。

 太鼓をたたくゲームでは、俺はなぜか一部だけ機械が反応してくれなくて史上最悪の点数を叩き出し、かと思えば七原は『初めて』と言っていたわりにはかなりの高得点だった。

 背後で『男の方、だっせ!』と聞こえてきた。うるせえ! 中学生は帰って寝てろ!

 それからヒゲおやじがメインキャラクターのカーレースゲームもやった。

 七原や別のキャラクターから飛んでくるアイテムが、必ず俺に命中し、結果、最下位。七原は優勝。

 背後で『男の方、ださい通り越してなんかかわいそう』という声が。まだ見てたのかよ中学生! やめてくれ、哀れむな!


「楽しかったー!」

 ゲーセンを出ると、七原はうれしそうに言った。

 彼女が楽しいのならそれが一番だ。

「じゃあ、次はどうする? 買い物とかは?」

 俺の提案に、七原は少しだけ考えて答える。

「いいね。行こうか」

 そう言って彼女は俺の右手をとった。

 手をつないでいる! しかもあの恋人つなぎとかいうやつだ! 街ではよく見かけることはあってもまさか自分がやる側になるなんて!

 俺、今周囲からさぞかし『いいなあ。リア充だなあ』って思われてるんだろーなあ。

 いいだろう! 俺の彼女、かわいいだろー!

「四田君!」

 その言葉にハッと我に返ったと同時にこめかみに強い衝撃と痛みが走る。

 自動ドアに挟まれたのだ。

「大丈夫?」

 七原にそう尋ねられ、俺は頷く。

 目の前で星がチカチカと瞬いているよ……綺麗だなあ……。

 

「四田君はさあ、素材はいいんだからもっとオシャレにしたらいいのよ」

 七原がそう言いながら、手にとった服を俺に当てる。

「素材……いいか?」

「うん。私はそう思うよ」

 七原はそう言って別の服を探し始めた。

 彼女は続ける。

「もっと自信持ちなよ」

「蓼食う虫も好き好きってやつじゃないの?」

 俺が笑いながら言うと、七原は頬をふくらませる。

「ちょっと! それ私に失礼だし、私の彼氏の四田君にも失礼だよ!」

「ごめんなさい」

 俺がそう言うと七原は笑い出した。

『私の彼氏』だって! 今の録音したかったああ! 


 目の前ではツボにはまったらしく、まだ肩を震わせて笑う彼女。

 こういう時間、いいなあ。

 こんな良い思いするんなら、俺、今日から不幸体質じゃないのかもしれないな。もしかして『デッド』を卒業?! それならいいのになあ。


「ちょっと休もっか」

 服屋から出ると、七原がそう言った。

「じゃあ、カフェで休憩しよう」

 俺の言葉に七原が頷く。

 そんなわけで、アウトレットモール内にあるコーヒーチェーン店でお茶をすることにした。

 

 天気も良いので、外のテーブル席に座る。

 上にクリームがたっぷり乗ったなんたらチーノとかいうオシャレなコーヒーを飲んでいると、まるでこっちもオシャレになったような気分。

「せっかくアウトレットモールに来てるんだし、おそろいの物とか欲しいね」

 七原の言葉に俺は耳を疑う。

 そ、それってあれだよな? ペアリングとかいうやつだよな! 伝説の剣よりもレアだという指輪だ! 想像したら鼻血でそう。

「カバンにつけるキーホルダーとかいいかもね」

 七原はそう言って無邪気に笑う。

「いや……やっぱペアリングじゃね?」

「えっ?! ペアリング?!」

 七原はそう言うと驚いたような顔をしてから、頬を赤くした。

 そして口を開く。

「な、なんかまだ早くない?! そういうのはほら、付き合って一年経った記念とか、そういう時に買うものじゃない?」

「そうなの?!」

「ごめん……漫画で読んだだけ」

 七原はそれだけ言うと恥ずかしそうに俯いた。

 ああ、もうなにこれ最強に萌える! 

 七原はカフェラテを一口飲んでから続けた。

「アクセサリーじゃなくても、何でもいいから四田君とおそろいの物が欲しいな」

「それならやっぱりアクセサリーがいいって!」 

 俺はそれだけ言うと、コーヒーを飲もうとして手を止める。

 水面にはぷかぷかと浮かぶ虫の死体。

 店員が運んできた時にはいなかったから、さっき入ったんだなあ……。外はやめておくべきだったかな。

 

 カフェを出ると、早速、アクセサリーショップに向かう。

 七原は『ペアリングじゃなくてもいいんだよ』と言っていたが、今日の記念に欲しい!

 カップルだという証になる物が早く欲しい! それに、せっかくお年玉貯金をおろしたんだから有意義に使おうではないか!


 アクセサリーショップに入ると、ショーケースに様々なデザインのぺアリングが並んでいた。

 指輪だけではなく、ペアネックレスやペアブレスレットなんてのもある。

 生活指導に見つからないようにするには、ネックレスの方がいいかなあ。

 そんなことを思いつつ、値段を見る。

「高っ!」

 思わず声に出てしまった。

 け、結構するなあ……。しかも二人分だと倍かかるのか。

 すると七原が口を挟む。

「ねぇ。さっきも言ったけどアクセサリーじゃなくてもいいよ」

「でも」

「いいからいいから」

 彼女はそう言うと、俺の手を引いてアクセサリーショップを出た。


「七原、痛いよ。爪が食い込んでる」

 俺がそう言って苦笑いをすると、彼女はぴたりと足を止める。

「四田君、あのね、私ね」

 七原はこちらに背を向けたままで続けた。

「言わなきゃないけないことがあるの……」

 な、なんだ?! 

『やっぱり四田君と付き合うの無理』とか?! それとも『クラスメイトに戻ろう』とか?!

 なんか嫌な予感がする。

 ごくり、と唾を飲み込む。

「私、もうすぐ転校するの」

 沈黙を破ったのは、七原だった。

「えっ?! 転校?!」

「お父さんが転勤になるんだって……」

「どこに?!」

 黙りこむ七原に俺は無理に明るく振る舞う。

「だーいじょうぶだって! 県外でも会いに行くし、北海道だろーが沖縄だろーが関係ない」

「アラスカ」

「え?」  

「アラスカ支社に転勤になるんだって」

 まさかの国外! そしてアラスカって! 遠いなんてもんじゃねえ!

 俺が黙りこむと、七原はこちらを見る。

 その表情はとても悲しそうだった。

「だから、転校する前に四田君に告白して、一度くらいデートして、それでおそろいの物を持ってアラスカに行こうって思ってた」

「そんな……」

「だけどね、四田君といると楽しくて幸せで、離れたくないって気持ちばっかり強くなっちゃうの」

「俺も離れたくないよ……」

「私も行きたくないよ! ずっと一緒にいたいよ!」

 七原はそう言って俺の手をぎゅっと握る。

 彼女の白い頬を一筋の涙が伝う。

 俺は少し迷ったが、思い切って七原の頭にそっと触れた。

「七原のこと、待ってるから」

「いつ帰れるか分からないんだよ?」

「うん。平気」

「もう会えないかもしれないよ」

「一生、会えないわけじゃない」

 俺の言葉に七原は顔を上げ、真っ赤な目でこちらを見上げる。

「じゃあ、会えるのが十年後だとしたら?」

「それなら……」

 俺は勇気を出してこう言う。

「迎えに行くよ。ダイヤの指輪と花束持って」

 七原が黙りこんだ。

 やべぇ! ちょっと調子に乗った! いや、本音だったんだけどね? でもこれじゃあ……。

「プロポーズみたい」

 そう言って七原が笑った。涙を流しながら。

「プロポーズだよ!」   

 思わず飛び出た言葉に自分が一番、驚いた。

 

 結局、七原の提案でおそろいのキーホルダーを買った。

「大事にするね」

 そう言って彼女はニッコリ微笑んだ。

 オレンジ色の夕焼けが俺達を包む。

 このままずっと七原の手を握っていたい。

 彼女の手をひいて、どこか遠くへ逃げてしまえばアラスカに行かなくて済むのだろうか。

 だけど、俺にはそんな勇気はない。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 七原はそう言って、手を離そうとした。

 だけど、俺はその手を強く握る。

 そしてこう言う。

「さっきの本気だから!」

「さっきのって?」

「あ、いや、その……」

「だーいじょうぶ。分かってるよ。プロポーズのことだよね」

 七原はそう言って意地悪な笑みを浮かべた。

 それから彼女はすぐに俯き、手で目をこすってから顔を上げる。     

「じゃあ、元気でね。連絡するからね。手紙も書くよ」

「うん。俺も毎日、連絡する」 

「待ってるよ」

 七原はそう言うと、こちらに手を振ってから歩き出した。

 俺はその場から動けず、彼女の背中を見送る。

 七原はしばらく歩いてからこちらを振り返り、再び手を振ってきた。

 俺も手を振り返す。 


 ……なんてツイてないんだろう。

 憧れの女の子と付き合えたと思ったら、アラスカに転校するなんて。

 俺らしいと言えば俺らしいのかもしれない。

「だけど俺は不幸じゃない! 幸せの女神を迎えに行くんだ!」

 そう言うと、空を見上げた。

 一番星がきらりと光っていた。



 そして、火曜日の朝。

「四田君、聞いて聞いて!」

 七原がご機嫌で教室に入ってきた。

「どうした?」

「あのね、転勤なくなったの!」

「えっ? マジで?!」

「うん! お父さんから聞いたんだけど、アラスカ支社、なくなっちゃったんだってー!」

「おお……」

 さすが超ラッキーガールだ。会社も潰すなんて……恐ろしい子! 

 でも、良かった。これで七原はどこにも行かない。

 ラブラブカップルの恋の冒険はこれからも続く!

「だけど、あのプロポーズはなくならないよー」

 七原はそう言うと満面の笑みを見せた。

 そして俺の恥ずかしい思い出は一生、語り継がれそうだ!

  


<おわり>

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読みました。 結構、ラストに近くなっても忘れることなく四田君に訪れる小さな不幸に笑ってしまいました。 転勤先のアラスカも吹き出してしまいました。他の話もちょこちょこ読ませていただいてい…
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