なつのおわり
作・篠宮 ジャンル・恋愛
どもです、篠宮です。
楽しんで頂ければ幸いです^^
・なつやすみ。
夏休みも中盤、そろそろ課題に手をつけるかと行った図書館で見かけたサラサラ髪の彼女に、一目惚れした。
一緒にいた友人が心配するほど呆けていた俺が声を掛けようか掛けまいかうだうだ悩んでいた隙に、彼女はいつの間にか姿を消していた。
うん、カッコよく言ったけどただ単に帰っただけだと思う。
一緒にいた友人に呆れられるほど落ち込んだ。
+++++
・つながりを、持ちたくて。
それから、俺の図書館通いが始まった。
最初は付き合ってくれていた友人も、課題が終わると共にフェイドアウトした。
今は一人、彼女が座っていた近くの席を陣取って課題をやりつつ彼女が来ないかと期待してる。
友人曰く、「積極的なんだか消極的なんだかわからん。ストーカーにだけはなるなよ。洒落にならんから」
……それは、俺もなりたくはないな……。
そう思いつつ、二週間。
もしかして立派なストーカーに成り下がっているのかと気が付いた今日この頃。
課題が終わったら、諦めよう。
どうせもうすぐ、夏休みも終わってしまうし。
そう決めたと友人に話したら、「やっぱり積極的なのか消極的なのかわかんねーよ、お前」とため息をつかれてしまった。
+++++
・のこされた、記憶。
……彼女だ!
課題がもう終わる、その日。
待ちに待ってもう諦めかけていた彼女が、本棚を前にじっと立っているのを見つけた。
それは課題がもう終わろうというその時。
今日で終わりにしようと思っていた図書館通いに、光明が差した瞬間だった。
彼女に会えたら、もう一度会うことが出来たら。
課題をやりながらシミュレーションを重ねていたはずなのに、いざその時になったら体が動かない。
それでも頭を振って、俺は席を立った。
何でもいい。
何でもいいから、話すきっかけが欲しい。
読む本を選んでいるのか、じっと本棚を見上げる彼女にゆっくりと近づいていく。
心臓はバクバクするし、なんとなく体が震えてる気がするけど、ガンバレ俺!
ガンバレ俺!
が、がんば……が……
……
……
……
足を止める。
「通り過ぎてどーする!」
頭抱えて座り込んだのは、図書館のロビー。
周囲に誰もいないのをいいことに、思わず小声で自分突っ込み。
うるせぇよ、ヘタレだよ、なんか悪いかよ!!
はぁ、とため息をつく。
いや実はさ。
俺、高校ん時にさ。
告白みたいな事してさ。
返事を教室内で返されるっていう、いやーな思い出があってさ。
一応、俺、二人きりの時、見計らったのにさ。
お返事は、時間差で公開処刑のようでした。
と。ここまで一分。
俺は気合を入れる様に息を吐き出すと、がばっと立ち上がる。
せめて。
せめて、何か声を……!
歩いてきた道を辿るように本棚の間をすり抜けて、彼女の元へ向かう。
……いた!
まだ同じ場所にいた彼女の……
「あ」
隣には、見知らぬ男の姿。
お礼を言っている彼女に本を渡しているところを見ると、どうやら本を取ってあげた模様。
――さっき彼女が本棚を見上げていたのは、本を選んでるんじゃなくて取れなくて困っていたわけ……ですか。
俺は一つ横の通路を通って、席に戻った。
――チャンスを掴むどころか、気付きもしませんでした。
撃沈。
+++++
・おわった過去に、振り回される。
――ホントごめんね。私、そんな風に見れないんだ
その瞬間の、教室中の同情の視線が忘れられない。
「うがぁっ」
ばっ、と目を開けて体を起こす。
途端横の壁が、ドカリと叩かれた。
「うっせーぞ」
くぐもって聞こえてきたのは、隣の部屋で寝ている兄の声。
それに軽く壁を叩くことで答えると、ベッドに上体を戻した。
昼間思い出したことで、嫌な夢見た。
一応俺もね、最初っからここまでへたれじゃなかった……と思いたい。
好きな子に、告白する勇気、一応あったしね。
でも、ワザとしか思えない衆人環視の元で返された答えと周囲の反応が、ヘタレな俺を作り上げた。
後からあの子はそういう子だったと慰められたけど、そんなことどうでもいい。
無意識に委縮してしまうのは、もう自分でもどうしようもなかった。
+++++
・わかさ、ゆえに。
思い通りにならない自分が、阿呆すぎて仕方がなかった。
「お前、課題終わるまでとか言ってなかったっけ」
「たまたま……」
「……くるわけけねぇだろ、お前が。図書館なんか今まで近寄る事もなかったじゃねーか」
久しぶりに見た友人の呆れ顔に、視線をうろつかせながら顔を伏せる。
「いや、もう、彼女のことはいいとして。自分を変えたいとか、そっちの意味での行動といいますか……」
「あー、もーお前うぜぇ、ウザすぎる。さっさと声かけて、珈琲でも飲みに行きゃいいじゃねーかよ。駄目なら拒否られて終わりだっての」
「終わりとか言うな!」
「あー、はいはい」
面倒くさそうにだらりとした手をふった友人は、大きく息を吐き出してロビーのベンチまで俺を連れてきた。
「もうさ、いい加減忘れろって」
ベンチに腰かけた途端言われた言葉に、どくりと鼓動が大きくなる。
目をまん丸にした俺を見て、友人は目を伏せた。
「お前のそのへたれの始まりって、あれだろ? 高校の時の、あの女の所為だろ?」
「……ばればれ?」
バレバレ、そう肯定されてがくりと肩を落とす。
やっぱバレバレかー。
しかもしっかりこいつの思い出の一ページに、刻まれてんじゃねーか。
俺は膝についていた手を斜め後ろについて、天井を見上げた。
「いや分かってんだけどさ。分かってんだけど、無意識に委縮するんだよね。相手が違うんだから、同じことが起きるはずないのにさ」
馬鹿だよな、そう笑えば、前を向いたまま視線だけこちらに向けて、友人は小さく頷いた。
「まぁ失礼だよな。あそこにいるの彼女に」
――あそこにいる彼女?
その言葉に思わず顔を前に向けると、あの彼女が自動ドアの向こうからこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
「……う、うわっ」
「なんで驚く。会うために来てんだろーがてめぇは」
……口が悪くなってましてよ。
阿呆な脳内突込みをしつつ、視線は彼女に固定。
「……ん?」
あれ? あ、あれ?
自動ドアから館内に入った彼女が伏せていた顔をこちらに向けた途端、少し驚いたように目を見開いて……綻ぶように目の端に笑みを浮かべた。
「久しぶりだね!」
「は?」
「よー、おひさ」
「へ?」
by 彼女→俺→友人→俺 の順番
彼女はまっすぐに友人の前に立つと、ホント久しぶりと再び口にして笑顔を浮かべた。
それはとても可愛くて……
ぼーっとし始めた俺の目の前で、友人がベンチから立ち上がった。
「中学以来か? よく俺が分かったなー」
「何よ、私は変わってないから分かりやすいって言いたいの?」
「よく分かってるじゃないか。大体、ここ何日か結構ニアミスしてんのに、お前気付かなかったし」
「え、そうなのー? 声かけてくれればよかったのに」
……うん、話が見えないよ!
そんな俺に気付いたのか、それとも確信犯か、友人は俺の方に視線を向けた。
「倉橋、こいつ俺の高校ん時からの友人」
倉橋さんと呼ばれた彼女は笑みをのせたままの顔を俺に向けて、小さく頭を下げた。
「倉橋です、初めまして」
「あっ、はっ、はい! 初めまして……っ」
慌ててベンチから立ち上がった俺は、どもりまくりながら頭を下げた。
「声、でけーよお前」
「わっ、すっすみませ……っ」
「動揺しすぎ、挙動不審者」
友人の言葉にぐっさりと刺された俺は、言葉の暴力だ……っ、と恨めしそうな顔を向けた。
何でもっと早く言ってくれなかったんだ!
知り合いとか、最重要情報だろ!!!
そんな恨みを込めた視線を友人は鼻で笑い飛ばし、倉橋さんに向き直った。
「倉橋、今時間ある?」
突然聞かれて、倉橋さんは首を傾げながらそれを肯定する。
「少しなら。本読んだら、バイト行くんだ」
「そりゃ上々。俺ちょっと用事できちまってさ。こいつ一人で寂しいらしいから、戻るまで一緒にいてやってくんない?」
「はぁっ?」
誰が寂しいって?
目をまん丸にあけて友人を見た俺と、不思議そうに俺を見る倉橋さん。
「図書館に来なれない奴だから、一人は寂しいんだって。寂しすぎると死んじまうから」
「うさぎさんのような人なんだねぇ」
「いや、そこ信じるところじゃないでしょ」
思わず倉橋さんにツッコミを入れると、面白そうに微笑んでベンチに腰かけた。
「いいよ、すぐ戻るの?」
友人は倉橋さんの言葉に頷いて、十分、と付け加えた。
「十分で戻るから、よろしくな」
最後、俺を見てにやりと笑うと、さっさと自動ドアから出て行ってしまった。
+++++
・りくつじゃない。
取り残されたように立ち尽くす俺と、ベンチに座る彼女。
呆然としている俺に、彼女は明るく声を掛けてきた。
「座らないの?」
「へ? あ、うん」
そろそろと、少し離れた所に腰を下ろす。
何か、なんか喋んないと……。
「あー、その。悪い、ね。つき合せちゃって」
がーっ!
気のきいた言葉が出てこねぇっ!!
倉橋さんは鞄からペットボトルを取り出すと、キャップを開けて口元に寄せた。
こくりと一口飲んで、それを両手で持つ。
「気にしないで」
応えてくれた倉橋さんに、思わず喰い気味で話を続けた。
「あのっ、俺、別に寂しがり屋というわけでは……」
ここは否定したい!
俺の必死さが通じたのかはたまた若干引いたのか、倉橋さんはわかってるよーと笑いながら俺の言葉を否定する様に手をふった。
「彼の照れ隠しでしょ? 用事出来ていかなきゃならないけど、一人で待たせるのも悪い……みたいな。気遣いの塊だったからねー、委員長」
うん、友人がすげーいい奴認定されてるのが気になるけど、それ以上に気になる呼び名に眉を顰めた。
「委員長?」
信じられない言葉に、同じ言葉を思わず口にする。
あいつが委員長?
お腹真っ黒の癖に委員長?
倉橋さんは笑いながら頷くと、ペットボトルのキャップをしめた。
「面倒見いいんだよ、彼。高校では、委員長してなかったの?」
「……してなかった」
ふーん、とどこか納得した様に呟く倉橋さんを見ながら、内心俺は同じように妙に納得していた。
口悪く意見してくるのも、人を煽るのも、よく考えれば面倒見がいいという言葉に括られるのか!
確かにこの状況、俺にチャンスを与える為の行動に他ならないわけで。
俺はぎゅっと拳を握ると、倉橋さんの名前を呼んだ。
「ん?」
ペットボトルを手の内で転がしていた倉橋さんが、顔を上げる。
……くっそ可愛い。
思わず呆けそうになって、いやいやと頭を振った。
友人にお膳立てしてもらったんだ!
ここで頑張らなきゃ、男じゃない!
理屈じゃない無意識の逃げを、いっちょここらで消してみようじゃないか!
俺はぐりんっと擬音が浮かびそうになるくらいの勢いで、顔を倉橋さんへと向けた。
「倉橋さん!」
「はい?」
じっとこちらを見る、倉橋さん。
あー、可愛い。
「あのさ」
「うん」
いうんだ、ひとめぼれしましたって……!!
「あの」
不思議そうに見上げてくる顔に、俺の口から出た言葉は。
「……本、好きなんですか?」
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今、ヘタレだって思ったよな!
俺も思うよ、こんちくしょーめ!
だけどさ。
だけど。
倉橋さんは、ぱちぱちと二度瞬きをすると、嬉しそうに頷いた。
「好きです、本」
それから倉橋さんは、楽しそうに自分の好きな本の話を始めた。
その表情は、本当に本が好きなんだなって頷けるもので。
俺はその話を、友人が帰ってくるまで聞いていた。
暫くして帰ってきた友人とバトンタッチする様に図書館の書架コーナーに歩いていく倉橋さんを見送った後、何があったかはかされて。
そして、再び呆れられた。
「お前、俺が気を遣ってやったというのに」
俺はその言葉に、苦笑いしながらありがととお礼を口にする。
「でもさ、向こうにとっちゃ俺初めての人間だしさ。いきなり言ったらびっくりするかなって」
友人は、器用に片眉をあげた。
「何、前向き?」
「うん、前向き」
友人はそっか……と笑うと、ベンチにどかりと腰かけた。
「ならいいわ。俺の出る幕じゃねーし」
「いや、ありがとーよ、委員長」
委員長と呼ばれた友人は、眉間に皺を寄せて聞いたのかと呟いた。
「聞いたー。で、納得」
「うるせーよ、納得すんなよ」
そう言って立ち上がった奴の耳は赤かった。
愛い奴め。
口の悪い照れ屋な友人がくれたチャンスを、無駄にしない様に、とりあえずの目標は友達になる事だな。
高校の嫌な思い出のあの時からずっとわだかまっていた気持ちが、なんだかすっと軽くなった気がする。
友人は前を向いたままちらりと視線だけ寄越した。
「もう夏休み終わるけど、のんびり友達からとか言ってていいのかー」
「いいんだよ。だって夏が終わるだけだろ」
「まぁ、せいぜい頑張んな」
口悪い友人の応援を、俺は苦笑で受け取った。
感情なんて、理屈じゃないから。
どうなるかわからないけど、とりあえず前向きに突き進もうと一歩踏み出した、なつのおわり。
お読み下さり、ありがとうございました^^
次話、 尖角さんです。
よろしくお願いします(*´∇`*)